任務─③

 ドアを開けると、四十雀はぼうっと空を見上げていた。緑がかったその背中がどこか寂しそうに見える。

 この小さな身体で、今までどんな日々を送ってきたのだろう。


 俺が声を掛けられずにいると、俺の気配に気づいた四十雀は羽を広げてこちらへ寄ってきた。


「ひどい顔だな」


四十雀の真っ黒な瞳に歪んだ俺が写り込む。俺は顔を逸らした。


「きみには関係ない」


俺が突き放すように言うと、四十雀は面倒臭そうに溜息をつく。


「ああ、そうだな」


 間髪入れずに言い返しを食らうかと覚悟したのに、四十雀は意外にも食い下がらなかった。身構え損だ。


 四十雀は俺に背を向け、また窓辺に羽ばたいて行った。俺は煙い感情を抱えたままその場に立ち尽くす。


「……おばあちゃんにとって、俺は必要なのかな……」


喉をから締め出すように声を吐いた。四十雀はこちらを振り向きもしない。


「おばあちゃんも、みんなと同じように……」


喉が苦しくなった。


 おばあちゃんも、あの親戚たちと同じように俺を見捨てるのだろうか。


 俺は邪魔な存在なのだろうか。


 喉の奥から何かが漏れ出しそうになる。


 四十雀は晴天の夜空を見上げ続けていた。俺の話に興味などないようだった。


「……きみはいいよな。俺みたいに苦しむことなんてないんだから」


 本当は分かっている。便利な人工物に守られて過ごす俺らよりも、天敵や食料と闘う彼らの方がよっぽど苦労しているはずだ。


「……なぜ人間はいつも自分が中心なのだ」


四十雀の呟く声が聞こえる。俺はぐっと下唇を噛み締めた。


「どうしてお前たちは自分が苦しいと思いたがる? どうしてそれを他人に押し付ける?」


俺に話しているのかいないのか、四十雀は俺に背を向けたまま声を吐き出す。その声の中にやるせない怒りを感じた。


 俺が黙ったままでいると、四十雀が不意に振り返る。俺を見つめる黒色には、何の感情も浮かんでいなかった。


 何か言おうと口を開けるが、唇が震えてまともに声を出せない。小さな羽音がそれを遮った。


「泣いてないのか……?」


俺の目の前でホバリングする四十雀は、不思議そうに俺の顔を覗き込む。


「は……?」


眉をひそめて聞き返した。しかし、四十雀は今の会話をなかったことにするように元の場所に戻ってしまう。


「……まあ、あまり気にすることないんじゃないか? そういう心配事はどうせ当たらん」


そう言ってまた嘴を身体にうずめる。俺を気にかけているのかいないのかよく分からない奴だ。思わず苦笑した。

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