出会い─②
雑木林から聞こえる
袖の隙間から入り込む夕方の冷めた空気が汗で湿った身体を冷やす。
俺はマッピや楽譜の入ったトートバッグを左肩に移し替えた。それと同時に、俺のすぐ右側を元気な子どもが走り抜けてゆく。間もなく、後ろの方から母親らしき人の声がした。
『蒼汰』──
お母さんとお父さんの声は今でも鮮明に思い出せる。
俺の目の前で交通事故に遭ったふたり。横断歩道の向こう側で嬉しそうに笑うふたりの笑顔があの時からずっと目の裏に焼きついていた。
枯れた空気に響き渡る急ブレーキ音、
灰色の地面に広がるどす黒い赤、
遠くからだんだん近づいてくるサイレン。
──それだけが俺の記憶に残っている。気がつけば俺は黒い服を着た大人たちに囲まれていた。辺りは悲しみに溢れていて、涙の音があちこちで聞こえる。
墓石の前に立っても俺は両親が死んだということが理解できずにいた。十歳になったばかりの俺には重すぎる出来事だった。
その後は親戚の家を転々とし、高校に上がるタイミングで親戚からも見放されてしまった。
お金はやるから出ていけ、義務教育は終わったんだからもういいだろ──……
真摯に俺の今後を話し合う彼らの顔から、そんな声が聞こえたような気がした。
そんな人たちはこっちから願い下げだ。俺はお金も貰わずに最後の親戚の家から出て行った。幸い、その頃の俺の貯金はかなりの額になっていて、今のこの地域への移住は困ることにならなかった。
ため息を大きく吐き、足元にあった手頃なサイズの石を蹴り飛ばす。
親戚のみんなに感謝していないわけではない。ご飯も食べさせてもらったし、学校にも通わせてもらったのだ。しかし、親の死のショックから立ち直れずにいた俺の目には彼らが俺を厄介者扱いしているようにしか見えなかった。
五年も
咳払いをし、もう一度息を吐き出す。
まあ、あの人たちがいたから今の出会いがあるわけだし、過去を恨んでもどうにもならないか──
石の行き先に目をやると、目の端に異質な陰を見つけた。
何故かそれが生き物であることを直感する。
その瞬間、日暮の声も人の声もすべての音が途切れたような気がした。
あまりの静けさに時間が止まってしまったかと錯覚した。
ゆっくりと近づいてその正体をしっかりと見つめる。いつもよりも速いテンポで心臓が波打つ。
それは、小さな生き物だった。
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