出会いー①
痺れる唇をほぐしながら脳内で連符部分を繰り返し再生する。今日はタンギングがうまくいかず、先生に指摘されてしまった。
「チューバのタンギングは難しいよなー」
ユーフォニアム担当の佐川先輩が横で俺を励ます。俺は蛇口を静かに締め、ずっしりと重いマッピを軽く振って水を切った。
「トゥ、じゃなくてドゥ、だもんな。俺はそこができなくてユーフォにしたんだ」
佐川先輩は金管楽器も木管楽器も打楽器もできる、いわばオールマイティ奏者だ。先輩の言う『できない』は俺にとっての『やっとできた』レベル、先輩の『できた』は俺の『絶対にできない』で、先輩とは悩みの格が違う。
「ユーフォも、低音の時はドゥ、じゃないですか。先輩いつも綺麗にできててすごいです」
俺はそう言って俯く。なんでも難なくやりこなす先輩が羨ましい。
「いやそりゃあ、やってきた年月が違うからな。俺は中学からやってきてるんだぜ。蒼汰の方こそ、高校から始めて二年でその成果はすげえよ」
先輩は俺の頭を掻き撫でた。俺はむっとして崩れた髪の毛を整える。
俺は中学生の頃はパーカスだった。それで高校で入部した時もパーカスを希望したのに、俺の意志関係なくチューバ担当にされてしまった。チューバは自分で望んだ楽器じゃないのだ。吹部でドラムを叩けないのなら、軽音にでも入っていればよかった。
「うんうん、蒼汰くんの上達スピードはほんとにすごいよ」
いつの間に背後に立っていたチューバの先輩、田中先輩が何度も頷いて肯定する。
「あ、田中! お前来てたのかよ!」
田中先輩は部活をさぼりがちだ。
「今さっき来たの。合奏が嫌すぎてさあ」
「合奏があってもなくてもお前は来ないだろ」
「次は絶対行くからっ」
「ちゃんと来ないとコンクールメンバーから外されるぞ?」
「えー、それはやだなあ」
仲良く喋る先輩たちに居心地が悪くなり、俺は口をつぐんでマッピをタオルに包んだ。
「よし、明日は田中が来るらしいから、パートで合わせような」
佐川先輩が意地悪っぽく笑う。田中先輩は嫌だと佐川先輩を睨みつけるが、まんざらでもなさそうだ。
「その時にタンギングの練習を完璧になるまでやろう」
佐川先輩はそう言ってもう一度俺の頭をぽんぽんと撫でる。
佐川先輩は俺より十五センチほど高くて、顔もイケメンで、性格も良くて、成績も優秀だ。そんな先輩が羨ましくて、妬ましく思うけど、その気持ちを上回るほど尊敬もしていた。
「まだ時間はある」
先輩がいつもよりも低い声で俺を励ます。
「はい、頑張ります……!」
勢いよく顔を上げて言うと、佐川先輩は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに力強く頷き、俺の背中を優しく叩いた。
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