第九章 名探偵vs魔法少女

「私が……私が犯人って……そんな、ひどいです……」

 それが殺人事件の犯人として告発された翠の第一声だった。声こそ完璧にうろたえている風であるが、その目は厳しい表情で榊原を睨みつけている。さすがはプロの声優である。一筋縄ではいきそうにないと、榊原も覚悟を決めてこの犯人との直接対決に挑みかかった。

「残念ながら、先程私が証明した密室が使用されたと仮定した場合、消去法からあなたが犯人としか考えられない。何か反論は?」

「反論も何も……北町さんが殺害されたっていうのはあなたの勝手な思い込みじゃないですか! 警察の言うように、本当に自殺だったのかもしれない。それなのに私が疑われるなんて……あんまりです」

 翠は涙ながらに反論する。が、榊原は全く動じなかった。

「私は何も感情論で彼女が自殺じゃなかったなどと言っているわけじゃない。私が彼女の死を殺人と断定したのにはちゃんと理由がある」

「そんな理由、あるわけが……」

「『恋のロケットランチャー』」

 思わぬ言葉に、その場の誰もが呆気にとられる。

「何ですか? それ」

「彼女が事件当日、帰宅する前に購入した文庫本だ。発売日はまさに事件当日。そして、彼女の部屋からはその文庫本に挟まれていた懸賞応募用のアンケート葉書が見つかった。内容をすべて記入した状態でな。これから死のうという人間が、そんなものを書くと思うか? 犯人もそういう矛盾を招く物がないか部屋のチェックはしたんだろうが、甘かったようだな」

「でも、それだけで自殺じゃないなんて言い切れないじゃないですか」

 翠は必至に抵抗する。

「まぁ、確かにこれだけでは少し弱いかもしれない。だが、さっきから何度も言っているように彼女は事件前に三上友代に電話をかけていて、その内容はストーカーの正体がわかるかもしれないというものだった。そんな人間が直後に自殺するというのもおかしな話だ。こういう話は単独では偶然かもしれないが、二つ重なればそれはもはや偶然じゃない」

「言い掛かりです! そんなの、何の証拠にもなっていません。もっとちゃんとした物的証拠はないんですか」

「じゃあ、この『恋のロケットランチャー』がどこにあったのか、というのはどうだ?」

 その言葉に、翠が不安そうな表情を浮かべる。

「どこなんですか?」

「例の寝室の窓の真下……ちょうど例の目撃された『幽霊』が立っていた場所の近くにある排水溝の中だ。検査した結果、本からは被害者の指紋が検出されている。言った通り、この本は事件当日に発売されたもの。よって、彼女の指紋が付いたこの本が排水溝に落ちるのは、事件当日でしかありえない。では、なぜこの本は排水溝にあったのか? 自殺だとするなら、彼女が自分で本を窓の外に投げ捨てた事になる。何しろ、表向き彼女は帰宅してから一度もマンションの外に出ていない事になっているからな。どう考えても自殺する人間がする行動とは思えない」

「じゃあ、あなたはどう考えているの?」

 香穂子が翠に変わって真剣な表情で尋ねる。

「可能性は一つしかない。彼女が例の罠にかかった時、あの本も一緒に持っていたという事だ。おそらく、読書している途中で急に連絡が来て窓の外を覗いたんだろう。そこで罠にかかり、そのはずみで本が地面に落下した。しかも落ちたのが排水溝だったため、暗闇で犯人も見つける事ができなかった。というより、そんな本の存在自体が頭になかった可能性さえある。こう考えた方が本に関してはすっきりすると思わないか」

「そんなの……詭弁です。大体、あなたの言ったトリックには無理があります」

 翠は振り絞るような声で言った。

「無理、というと?」

「さっきの話が本当なら、犯人が罠を発動させるタイミングはかなりシビアなものになります。少なくとも北町さんが窓から首を出した瞬間を見計らって屋上から相当な力で紐を引っ張らなければならない。でも、屋上にいる犯人がそのタイミングを正確に測る事ができるでしょうか? 人一人を引っ張り上げるのですからかなりの力がいるはずです。屋上から直接見下ろしながら引っ張り上げるなんて芸当ではとても無理で、綱引きのように全身を使って引っ張り上げる必要があるでしょう。でも、そうなると引っ張り上げる瞬間にどうしても罠から視線が外れてしまう。発動のタイミングがつかめないわけで、かなりリスクが高いと思いますけど」

 翠の言葉は意外に筋が通っていた。だが、榊原はひるまなかった。

「当然、それも犯人にとっては計算ずくだったと考えるべきだ。だから、犯人は事前にある細工をしている」

「そんな都合のいい細工なんて……」

「例えば、被害者の寝室にあったノートパソコンだ」

 翠がすべて言い終える前に榊原が言葉をかぶせた。

「警察にもう一度調べてもらった。結果、彼女の寝室にあったノートパソコンからは遠隔操作用のコンピューターウィルスが検出された。どうやら、密かに感染していたらしい」

「ウィルス?」

 思わぬ話に、他の声優たちがざわめく。

「それがどうしたんですか? ノートパソコンを遠隔操作できたからと言って、何も解決しないじゃないですか?」

「ところが、そうはいかない。なぜなら、そのノートパソコンにはTVチャットや動画サイトなどで利用される小型カメラが内蔵されているからだ。当然、遠隔操作でこのカメラも操作できる」

 その言葉に、誰もがハッとする。

「それってまさか……」

「ノートパソコンの小型カメラは通常使用者が映るようにスクリーンの上に設置されている。そして、問題のノートパソコンが設置されていたのは窓の反対側の机で、カメラの視界には問題の寝室の窓もはっきり入っている。私が何を言いたいのか、これでわかるはずだ」

「まさか、遠隔操作されたノートパソコンの映像で寝室の様子を見ていたって事?」

 哀が声を震わせながら気持ち悪そうに言う。

「そもそも、問題の罠を発動させるためには、彼女が寝室にいる事が絶対不可欠だ。例えばリビングにいるところで彼女に窓から外を見るように促しても、彼女はベランダに出てしまうからな。だから、あの殺害方法を成立させるにあたっては、寝室内の様子を観察できる何かが必要なのは明白だった。そして、ノートパソコンの映像で寝室の中を見ていたとすれば、別に屋上から直接下を見なくとも、彼女が窓の外を見るタイミングがはっきりつかめるはずだ」

 自信があった反論をあっさり答えられて。翠は小さく呻く。

「ちなみに、このようなコンピューターウィルスの感染源は、通常ネットサイトか電子メールが代表的だ。が、ネットサイトの場合は犯人が特定個人を狙ってウィルスを感染させるのはかなり難しい。あれはそもそも不特定多数にウィルスを感染させるための手法だからな。特定個人を標的にする場合、やはり電子メールへの添付が一般的だろう。そして、パソコンのメールを調べてみた結果、送られてきているのは事務所か友人……すなわちあなたたちだけだった。ネットセキュリティがしっかりしている事務所からのメールにウィルスが入っている可能性が限りなく低い以上、この段階で少なくとも悪意のあるウィルスを彼女のパソコンに送り込んだ何者かがこの中にいるのは疑いようのない事実になる」

「……黙って聞いていれば……」

 と、翠が少し苛立ったような声を出した。

「そこまで言うんだったら、その警備員さんに誰がその『友人』だったのか判別してもらいましょう。その人、窓越しとはいえ犯人の顔を見ているんですよね。そうすれば誰が犯人かすぐにじゃないですか」

「それは、確かにそうよね」

 哀が納得したように言う。だが、榊原は黙って首を振った。

「やりたいと言うなら別にやってもかまわないが……おそらく、やるだけ無駄だろう。多分、その面通しをやった際に警備員が指し示すのは、夕凪さん、あなたであるはずだからな」

「え、えぇ! 私、ってどういう事?」

 哀が目を白黒させて言う。

「言ったように、犯人は来客記帳ノートに『鈴川由美』と書くなど、明らかに夕凪哀に罪を着せるような行動をとっている。おそらく、夕凪哀と石渡美津子が友人だった事を知っていたからこその行動だろうが、そこまで周到な犯人がこの工作をノートへの記帳程度で終わらせているとは思えない。推測ではあるが、髪形や服装なども夕凪哀に似せているはずだし、何より犯人は声優。だとするなら……」

「まさか、『石渡美津子』だけじゃなくて、私の……『夕凪哀』の声も真似ていたって言いたいんですか?」

 哀はすっかり顔を青ざめさせて尋ねる。

「その可能性は高い。つまり、犯人は二種類の声を演じ分けていたという事になる」

 だが、そこに当の翠が割り込んだ。

「いい加減にしてください。あなたは知らないかもしれませんけど、他人の声を演じるのは大変な事なんですよ。それをいとも簡単に……」

「少なくとも、あんたにはできるだろう。確か、前の収録で『ジャンヌ・スカーレットの身代わりとして演技をしているジャンヌ・バイオレット』の演技をしていたはずだ。こう言っては何だが、ジャンヌ・スカーレット本人そっくりの声だと感心したものだ。つまり、少なくともあんたは夕凪哀の声を完璧に演じられるだけの実力があった事になる。問題の収録された音声がその証拠だ」

 翠の反論を榊原は簡単に打ち消す。後ろで控える瑞穂は、このスタジオを最初に訪れた際に見た収録風景を思い出していた。

 だが、翠はそれでも反論を続ける。

「でも、だとするならそれが本物の夕凪さんの可能性だってあるという事ですよね。誰かが化けたと考えるより、そっちの可能性の方が高いんじゃないんですか?」

「な、何を言い出すの!」

 翠の言葉に、哀が慌てた様子で言う。一方、榊原は冷静だった。

「彼女が犯人であり得ない事は、さっき証明したはずだ。またこの問題を蒸し返す気か?」

「さっきの話だと、夕凪さんが犯人と言えないのはあくまで心理的な理由からですよね。でも、実はそれも含めての行動だったと考えられないんですか? 自分に疑いが行かないように、あえて裏の裏を狙ったとか……」

「翠ちゃん、どうしてそんな……」

 いきなり自分を貶めるような発言を言われて、哀はかなり動揺している様子だった。だが、榊原はむしろそれで何か確信を抱いたようだった。

「どうやら、正義面したあんたの本性が出てきたようだな」

「正当な主張です。どうなんですか?」

 いつの間にか翠の様子は、先程の涙声混じりのものから、打って変わって静かで落ち着いた物腰へと変化していた。どうやら、向こうも体勢を立て直すと同時に、本格的に榊原との対決姿勢にシフトしたようである。

 もっとも、この表情でさえ演技である可能性が否定できないのが怖いところではある。これだけの犯罪をしでかす人間だ。裏にどんな狂気が潜んでいるかわかったものではない。瑞穂はその得体の知れなさに、一種の不気味ささえも感じ取っていた。

 だが、榊原はそんな事を気にする様子もなく彼女との対決を続行する。

「さっきは心理面からのみ彼女の無実を立証したが、実際のところは時間的にも難しいところがある。さっきも言ったように、石渡美津子は午前二時半まで居酒屋で飲んでいるが、その時一緒に飲んでいたのがここにいる夕凪哀だった。それについてはさっき彼女自身も認めている。つまり、午前二時半までは彼女にもアリバイが存在するという事だ。要するに、理屈は石渡美津子と同じだ。石渡美津子が時間的猶予で犯行が不可能だったように、夕凪哀も午前三時までにマンションに駆けつけて犯行を行うのには無理がある」

「でも、その石渡美津子は行方不明なんですよね。だったら、肝心の石渡美津子が証人になっているそんなアリバイなんて意味がないはずです」

「残念だが、飲んでいたのは彼女二人だけじゃない。その他に友人三人、合計五人で飲んでいた。この三人も午前二時半まで彼女たちが飲んでいるのを確認している。夕凪哀が二時半まで飲んでいたのは疑いようのない事実なんだ。いずれにせよ、彼女に北町奈々子を殺害するのは物理的にも不可能だという事がこれでわかるはずだ。それはすなわち、四時半に出現した『友人』が夕凪哀でないことの証明にもなる。北町奈々子殺害の犯人と『友人』が同一人物なのは、先程証明したばかりだからな」

「待ってください」

 と、翠が異議を唱えた。

「いいでしょう。確かに夕凪さんに北町さんを殺す事はできなかったみたいです。それは認めます。でも、肝心の四時半における夕凪さんのアリバイが存在しないという事も事実です。だったら、話が大きく変わらないでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「つまり、北町さんの死と四時半の件に関係がなかった可能性があるという事です。四時半にマンションを訪れた『友人』は本物の夕凪哀さんだった。この推測が正しければ、あなたの言う密室トリックは不成立になってしまうという事になりませんか」

 その言葉に瑞穂は戦慄した。要するに、『友人』が夕凪哀だったとする事で北町奈々子殺害と四時半の訪問者という二つの概念を切り離し、榊原の論理を切り崩そうという戦術である。

「言ったはずだ。北町奈々子殺害犯と『友人』は同一人物だと」

「それはあなたの推理が正しい事を前提にした話ですよね。先程挙げたという根拠もすべて状況証拠ですし、あなたの言うトリックが使われたという直接的な証拠はありますか?」

 榊原は答えなかった。それで、翠は勢いをつける。

「ないみたいですね。だったら、私のこの主張も正当なものになるはずです。どうでしょうか? 何か反論は?」

 いつの間にか攻守が逆転していた。瑞穂はハラハラしながら、榊原を見やる。

 だが、榊原はここまで言われても諦めていない様子だった。

「……当の夕凪哀に聞こう。あんたは、問題の午前四時半にマンションを訪れたのか?」

「え、そ、それは……」

 なぜか夕凪哀が言葉に詰まる。それを見て、なぜか榊原は会心の表情を浮かべた。

「わかった。それで充分だ」

 そう言うと、今度は榊原の反撃が始まる。

「この論戦、つまるところは『午前四時半にマンションを訪れた「友人」は果たして誰なのか』という一点に集約される。それが夕凪哀なら問題の密室トリックは成立せず私の推理が間違っていたという事になる。一方、それが夕凪哀でなかったとするなら、逆に今度は私の主張するトリックが実行された大きな証拠になる。あの密室トリックが使用されない限り、そんな事がなされる意味合いがないからだ。ここまでの論理は理解できるか?」

「できますけど、それが何なんですか? 負け惜しみですか?」

「違うな。論点を整理しただけだ。つまり、先程の密室トリックが実行されたか否かを証明するには、『四時半の「友人」が夕凪哀か否なのか』を証明すればいい、という事になる。改めて礼を言うよ。私は、話がこの論点に行きつく事を狙っていたものでね」

「……どういう事ですか?」

 何やら先行きが怪しくなってきたのを感じたのか、翠が警戒気味に尋ねる。

「要するに、午前四時半に夕凪哀がマンションを訪れるのが不可能だった事を今から証明しようというわけだ。そして、それができればあの密室トリックが使用されたという、動かしがたい決定的な証拠の一つになるというわけだ。そうなれば君の犯行を立証するのは簡単だ。何しろ、さっきも証明したように、あのトリックを実行できるのはこの中では君だけなんだからな」

「……まさか……罠……」

 不意に、翠がそう呟いた。その瞬間、瑞穂は榊原がわざと推理に穴をあけて、相手を意図的にこの論争に誘い込んだと実感した。恐ろしく高度な騙し合いである。演技の達人である翠に対し、榊原は探偵のやり方で相手を罠にかけたのだ。

 そして、その探偵特有の論理の罠が今まさに牙をむこうとしていた。

「ポイントは、さっきの質問に対する夕凪哀の態度だ。なぜか彼女は、私の『マンションを訪れたのか』という問いに対し、ひどく曖昧な答えをした。おかしいと思わないか? 普通なら戸惑う場面じゃない。私の推論が正しいなら『行っていない』、あんたの反論が正しいなら『行った』と言えばいいだけの話だ。別に難しい話じゃない。にもかかわらず、彼女はそのどちらでもなく曖昧な答えをした。なぜか。それは、彼女が実際の行動とは反対の答えを言おうかどうか一瞬ためらったからだと考えられる」

「何を言っているんですか……」

 翠も、さらには当の哀でさえその論理に全く追いつけていないようだった。

「要するに、本当はマンションに行っているのに『行っていない』と答えようとした。もしくは逆に、本当はマンションに行っていないのに『行った』と答えようとした。このいずれかという事だ」

「なら、どう考えても前者ですね。行ってもいない人間が『行った』と言うなんて考えられませんし」

 翠が体勢を立て直して勝ち誇ったように言う。が、榊原は首を振った。

「ところが、それがあり得る話なんだ。例えば、その時刻にマンションにいたという事にした方が、夕凪哀にとって都合のいい事があった、という場合だ」

 そう言うと、榊原は再び哀に向き直る。

「ここで夕凪哀が今まで主張している彼女自身の事件当夜の行動をもう一度おさらいしておこう。この日の収録終了後、彼女は午前二時半まで石渡美津子ら友人数名と居酒屋で飲み会をしており、その後一足先に石渡美津子と一緒に退席。直後に最寄りの駅前で別れた後は、そのままタクシーで自宅まで帰宅したという事になっている。今までの話ではそうだったな?」

「は、はい……」

 哀はおずおずと頷く。

「つまり、今までの主張では夕凪哀は『マンションには行っていない』という立場だったわけだ。ところが、彼女は先程の私の質問で詰まった。もし仮に、本当はマンションに行っているのに『行っていない』と言おうとしたなら、ここで詰まるのは不自然だろう。今までの主張で『行っていない』と言っていた以上、仮に本当はマンションに行っていたのだとすれば彼女は今までの主張ですでに嘘をついていた事になる。なら、先程の私の質問に対しても、今まで同じことを言い続けばいいだけの話だ。そこに答えに詰まるような要素はない。にもかかわらず詰まったという事は、今までの『マンションに行っていない』という主張を翻そうか一瞬考えた結果だと考えられる。要するに、先程の問答から彼女はこの段階で実際に行動した『マンションに行っていない』という主張を、『マンションに行った』と虚偽の主張に覆す事を一瞬でも考えたという事がはっきりするんだ」

 あまりの理論に誰もが絶句している。まさか、あの程度の問答でここまで詳細な心理分析をされるとは、当事者である哀自身も思っていなかったのであろう。まるでどこかの嘘発見器かプロファイリングそのものである。

「いい加減にしてください。そんな小難しい論理を振り回しても納得できません。あなたは一体何が言いたいんですか。行ってもいないマンションに行っていたという事に何のメリットがあるというんですか。それを説明してくれるまでは……」

「アリバイだよ」

 翠の言葉を遮るように榊原は断言した。

「アリ……バイ?」

「従来通りの主張なら、夕凪哀に午前四時半前後のアリバイは存在しない。だが、もし四時半の人物が夕凪哀だとすれば、夕凪哀にはこの時間帯にアリバイが存在する事になる。もし、夕凪哀がこの時間にアリバイを必要としていたら……」

「ま、待てよ。なんでそんな時間帯にアリバイなんか……」

 そう言いながら香穂子が哀を見る。が、その哀の表情がこれまでにないほど青ざめ、歪み切っているのを、その場の全員がはっきりと目撃した。そんな中、榊原は淡々と言葉を紡ぐ。

「話を少し戻す。代議士秘書の石渡美津子がシャルル・アベール商会のミシェルを通じた麻薬売買にかかわっていたのは間違いない。だが、実はさらにこの先が存在する。警視庁は、シャルル・アベール商会から日本に輸入された麻薬が、現在芸能界で蔓延している麻薬汚染の根幹となっていると睨んでいる。この麻薬汚染については知っているか?」

「そ、そんな話があるのは聞いていますけど……」

 和歌美がおずおずと言う。話がどこへ飛んでいくのかわからず困惑気味のようだ。

「一連の芸能界の麻薬汚染の中核にいたとされているのは野安アリスという女優だ。彼女が麻薬供給の大本とされている。だが、ミシェルのルートから麻薬を供給するには必ず石渡美津子とパイプがなければならないのだが、石渡と野安の間に直接的なつながりは一切確認されていない。また、ミシェルの麻薬を扱っていたとされる芸能事務所を隠れ蓑とした新興暴力団と石渡とのつながりも同様だ。つまり、ミシェルから麻薬を受け取った石渡美津子と、それを実際に配布する野安や芸能絡みの新興暴力団の間に、もう一人仲立ち人が存在する事になる。この人物の条件は、石渡美津子と野安アリス、少なくともこの二名の共通の知り合いであるという点だ」

「ちょ、待ってよ、それじゃあ……」

 香穂子がそう言って哀を見やる。

「夕凪哀。あんたが石渡美津子と野安アリスや芸能絡みの新興暴力団を繋ぐ麻薬の仲立ち人だと私は疑っているのだが、反論はあるかな?」

 哀は答えなかった。


 ネット上は大騒ぎだった。

『何がどうなっているんだ?』

『野鹿翠が殺人者で、夕凪哀が麻薬売人って……』

『これ、ジョークか何か?』

『魔法少女が犯罪者って、洒落にならねぇよ』

 普段は独特の言葉が飛び交う掲示板上でも、この時ばかりは一種のパニック状態だった。ラジオから刻一刻と流れる情報に、誰もが聞き耳を立てていた。

 あの日、あのマンションで幽霊を目撃した木村有希も、ネットの掲示板を見ながらラジオを必死に聞き続けていた。ラジオからは、前に自分に話しかけた探偵が野鹿翠を糾弾する様子が流れ続けている。誰もが話しているのは中木だと思っているが、あのアニメの大ファンである有希にはその声の微妙な差がわかっていた。

「あの日見たのは……本物の北町奈々子さんだったんだ……」

 榊原の手によって有希の見た幽霊の正体は白日の下に晒されていた。今、榊原は北町奈々子を殺した張本人との論理の死闘を演じ続けている。普段見ているアニメの戦闘場面など足元にも及ばない極限の『一騎打ち』に、有希は思わず手を握りしめていた。

「お願い……北町さんの敵を取って……」

 その言葉と同時に、ラジオから『死闘』の様子が再び響き渡った。


「夕凪哀、あんたは石渡美津子とは大学の同窓で、かつて声優だったという野安アリスとは元は同じ事務所の所属だ。仲立ち人になる資格はある。しかも、あんたが石渡美津子と麻薬の受け渡しをしていたと思しき証拠もある。事件の数日前、問題の北町奈々子の部屋に声優が集まった時、あんたは携帯がかかってきたと言って一度部屋を出ているな。だが、その直後に帰宅した私……中木悠介は廊下であんたを見ていない。マンションから出ていないとすればどこかの部屋に入っていた事になるが、その可能性があるのは同じ階の五一二号室のミシェルの部屋のみ。そして、ミシェルがいない部屋を開けられるのは、上の六一二号室からベランダ越しに侵入できる石渡美津子だけだ。つまり、あの夜あんたと石渡美津子は麻薬が大量に保管されているミシェルの部屋で謎の密会をしていた事になる」

 哀は答えない。いや、答えられない。反論する隙もなく、ただ顔を真っ青にしているだけだ。

「さて、そんなあんたが事件当夜の午前四時半のアリバイをほしがった。だとするなら、この時あんたは何をしていたのか。彼女が犯していた犯罪と、その直前に石渡美津子と飲み会をしていた事を考えれば、こんなものは即座に予想がつく」

「まさか……」

 あまりに恐ろしい予想に、誰もが……殺人犯として告発されていた翠でさえが絶句する。

「石渡美津子から受け取った麻薬の実際の売人への受け渡し、だろうな。相手は新興暴力団か野安アリスか……どちらにせよ、あんたは居酒屋を出て石渡美津子と別れる直前に彼女から麻薬を受け取り、その後で取引相手と会って麻薬を引き渡していたと考えるべきだ。その時間が午前四時半だとすれば、アリバイを欲したのも当然だろう」

「そんな……証拠は……」

 哀がようやく反論するが、榊原は厳しい表情で畳みかけた。

「今はない。が、警察をなめるんじゃない。先日の大摘発であんたやシャルル・アベール社が麻薬を受け渡していたであろう新興暴力団は根こそぎ逮捕された。その中にはさっき言った芸能会社を隠れ蓑にしていた新興暴力団も含まれている。今、警視庁の組織犯罪対策部がこの新興暴力団に対する徹底捜査をしているはずだ。そこには取引時の帳簿があるはずで、その中に取引の日時や誰と取引していたかも書かれている。聞いた話では、すでに警察はあんたと思しき名前を名簿からピックアップして、これに対する捜査を実施しているらしい。つまり、あんたがこれにかかわっていたとするなら、すべてが明るみに出るのも時間の問題だという事だ」

 その瞬間、哀は口に手を当ててガタガタと震え始めた。どうやら翠と比べるとそこまで覚悟があったわけではないらしく、もはや榊原の言葉が正しいと全身でお知らせしている状態である。その様子に、その場に重苦しい空気が漂う。

「そういうわけだ。という事で野鹿翠、あんたの反論が意味をなさないのはこれで証明できたはずだ。夕凪哀が事件当夜の午前四時半にあのマンションに訪れるのは不可能だ。なぜなら、彼女は麻薬取引の真っ最中だったわけだからな」

 これには翠も唇を噛んだ。翠としては石渡美津子が麻薬売買に絡んでいる事はわかっていても、まさかスケープゴートにするはずだった夕凪哀がその麻薬売買に手を染めていて、その犯罪の存在が彼女のアリバイを作る事になろうとは完全に予想外だったのだろう。

「さて、そうなると問題の午前四時半にマンションに現れた人物は夕凪哀でなかった事になり、その事実は例のトリックが使用されたという何よりの証拠になる。そして、例のトリックが使用された以上、それが実行できるのは野鹿翠、あんただけという事はすでに証明済みだ。まだ言い訳があるなら聞こう」

 翠は顔を引きつらせながらも、なおも反抗する構えを見せている。もう、他の誰もがこの二人の一騎打ちに口を挟めないでいた。

「……証拠はあるんですか? 私が、北町奈々子さんを殺したっていう直接的な物的証拠。そんなものがどこにあるんですか?」

 翠はどこか平坦な声でそう尋ねた。その何の感情もない声に、瑞穂はぞっとするものを感じた。何とも言えないが、どこか人間とはかけ離れた何かを感じたのだ。

「細々した理論や論理はもうたくさんです。私が彼女を殺した物的証拠をちゃんと示してください。それがなければ、いつまでやっても同じです。私は絶対に認めません」

 淡々としたその言葉に、榊原は黙って翠を睨みつけた。いよいよ、本格的に彼女の本性が見えてきたようである。

「あくまでも認めないか?」

「認めるわけがないじゃないですか。本当はそんな証拠なんてないんでしょう? だからあんなよくわからない論理戦に持ち込んだ。そうじゃないんですか? そうだったら、この茶番はとんだお笑い種ですね」

「さぁ……それはどうだろうな」

 そう言うと、榊原はいよいよ仕上げにかかった。

「あんたのトリックは完璧に近かった。周到に練り上げた密室殺人計画。なるほど、これを叩き潰すのは至難の業だ。しかし、どんな犯罪でも完璧というものはあり得ない。人間である以上、完全などあり得ない。この一連の犯罪計画のどこかに、必ず大きな穴が存在するはずだ」

「だから、それを示せと言っているんです。あるはずないじゃないですか。私が北町奈々子さんを殺した証拠なんて。そんなものがあれば、警察がとっくに動いているはずですし」

「……確かに、北町奈々子殺害を示す直接的な証拠を示すのは難しいかもしれない。不可能ではないだろうが、現段階では難しいのは確かだ」

「だったら……」

「ただし」

 榊原はここぞとばかりに切り込んだ。

「それ以外の話なら、あんたにも付け入る隙があるかもしれない。そして、それがこの状況の突破口になる」

「……どういう意味ですか?」

 この時、榊原はなぜか小さく笑った。

「今回の事件であんたがやったのは大きく分けて二つ。一つはメインとなる北町奈々子殺害。もう一つは、その北町奈々子殺害トリックのための石渡美津子殺害。前者の証拠を示すのは確かに難しいかもしれない。しかし、石渡美津子殺しに関してはどうだろう。メインの殺人に集中しているあんたが、果たしてこちらの殺人まで完璧に仕上げる気力を残していただろうか。私が考える隙は、この石渡美津子殺害にあると考える」

「馬鹿馬鹿しいですね。そもそも、石渡美津子が殺害されたというのもすべてあなたの憶測じゃないですか。死体も出ていないのにそんな妄想……」

「死体なら、とっくに見つかっている」

 その言葉に、翠は思わず押し黙った。

「……どういう事ですか?」

「先日の事だ。お台場の海浜公園にトランク詰めになった女性の白骨死体が発見された。トランクに詰められて海に沈められたものの、重しが外れて流れ着いたようだな」

 瑞穂は、斎藤警部が担当していたあの死体遺棄事件の事を思い出していた。

「この事件は現在警視庁が捜査本部を設置しているが、身元特定にかなり手間取っているようだ。死亡推定時刻は約一ヶ月前で死因は絞殺。さて、今なぜ私がこんな話をしているのか、あんたならわかると思うが」

「わかるわけ……」

 そう言いながらも、翠の顔に初めて動揺のようなものが浮かんだ。

「このスーツケースには衣服を含めほとんどの遺留品がなかったという事だ。だが、私はここから逆に犯人に衣服を剥ぎ取るだけの何らかの事情が存在したと考えた。例えば、その衣服が職業を特定してしまうものだったとか、あるいは個人そのものを特定してしまうものだったという場合だ。実際、私もこの話を聞いた当初はそんな仮説を立て、特にこの事件に注意を向けるような事はなかった」

 そこで榊原の声が険しくなる。

「だが、北町奈々子殺害のトリックが明らかになるにつれて、不意にこの事件の話……衣服を剥ぎ取られた死後一ヶ月の白骨死体の事が頭をよぎった。白骨死体は女性で、なおかつ死亡推定時刻は一ヶ月前。ちょうど北町奈々子殺害の日時に重なる。また、遺体を東京湾に沈めた事からも、犯行現場は東京二十三区内と考えるのが自然だろう。犯行現場となったマンションは世田谷で、これも対象内だ。そして遺体の衣服が剥ぎ取られたという観点から、私の頭にはトリックの過程で殺害されたであろう石渡美津子の事が思い浮かんだ」

「つまり、その白骨死体とやらが石渡美津子だと? 面白い妄想ですね。根拠も何もないただのはったりです。大体、衣服がない事がどうして石渡美津子につながるんですか?」

「単純だ。一連のトリックが使用されたとするなら、犯人は石渡美津子の衣服を剥ぎ取らざるを得ないからだ」

 翠の切り返しに対し、榊原は簡単に答えた。

「一連のトリックにおいて、犯人は北町奈々子の遺体を石渡美津子として警備員の前を通過している。が、この警備員は石渡美津子が出勤する時も彼女を見ているはずで、そうなると服装が変わっているというのは致命的になる。また、遺体をより石渡美津子本人に見せかけるために、遺体が石渡美津子の服を着ているというのは一つのプラス要素にもなる。となると、犯人は殺害した石渡美津子から衣服を剥ぎ取り、それを北町奈々子の遺体に着せていた可能性が高い」

「でも発見された北町さんの遺体は元々の服を着ていたはずですけど」

「そんなものは部屋で着替えさせればいい話だ。服だけならトリックでマンションに出入りする際に荷物に紛れて持ち込みや持ち出しは可能だからな」

 榊原は即座に答える。が、翠もこの反応は想定内だったようだ。

「それでは、仮にそうだったとしても、犯人は用済みになった石渡美津子の衣服を元の石渡美津子の遺体に着せて破棄する事もできたはずです。むしろ、そうした方が遺体と衣服の処分を一度にできて無駄がない。私はその可能性の方が高いと思いますけどね」

「いや、犯人は絶対にそんな事は出来なかったはずだ」

「なぜ?」

「衣服を北町奈々子の遺体に着せる以上、どれだけ注意してもその衣服には北町奈々子の痕跡が残ってしまう。体液や毛、それに皮膚片などだ。そんなものが付着した衣服を再度石渡美津子の遺体に着せて処分し、もしその遺体が発見されでもしたら、全く関係のない遺体から北町奈々子の痕跡が発見されるという事態になってしまいかねない。そこからその遺体と北町奈々子の事件がつながっていると警察に判断されてしまえば、北町奈々子の自殺そのものが怪しまれる危険性が生まれてしまう。犯人としては、石渡美津子の遺体と衣服は別々に処理せざるを得なかったんだ。だからこそこのトリックが使われた場合、石渡美津子の遺体は必ず衣服が剥ぎ取られた状態でなければならないという事になる。それが、私があの衣服のない白骨死体が石渡美津子ではないかと疑った大きな理由だ」

 果てしなく続く論戦に、瑞穂は息を飲んだ。確かに一つ一つは弱いが、死亡推定時刻、犯行現場、そして衣服の有無という三つの要素が問題の白骨死体と今回のトリックを結び付けている以上、すべてを偶然と片付けるのはかなり難しい話である。

「……それを裏付ける証拠でも?」

「現段階ではない。が、この話を警察が聞いたら、藁にも縋る思いで問題の白骨と石渡美津子のDNA鑑定をするだろう。言っておくが、白骨からでもDNA鑑定は可能だぞ。何年か前、北朝鮮から返還された『火葬された拉致被害者の遺骨』を、DNA鑑定で本人のものではないと判断したのは記憶に新しいはずだ。もしこれが一致したら、石渡美津子が殺害されていたという事実が浮き彫りになる」

 そして、榊原は更なる切り札を叩き込みにかかった。

「さて、この白骨死体だが、警察の話では遺体の手の部分に髪の毛と思しき毛が握られていたそうだ。警察はこの髪の毛を被害者の物としてDNA鑑定したが、警察のデータに該当者はいなかった。だが、ここで疑問が一つ。この髪の毛、本当に被害者のものなのだろうか?」

「……どういう意味ですか?」

「被害者の死因は絞殺。普通に考えて、絞め殺されそうになっている人間がわざわざ自分の髪を掴むなんて事はない。掴むとすれば……抵抗した際に掴むであろう犯人の髪だ」

「っ!」

 そこで、翠の顔色が初めて大きく変わった。その瞬間を逃さず、榊原は一気に言葉をつなげていく。

「つまり、この髪の毛は犯人のものである可能性が高いという事だ。犯人も時間を気にして焦っていた上に、おそらくは暗闇での作業。一本の髪の毛を見逃したとしても不思議はない話だ。言っておくが、本人の物でないかどうかは、白骨のDNA鑑定をした際についでに調べれば容易に判明するぞ。その上で、だ。問題の毛髪のDNAに該当するデータは警視庁にはなかった。警視庁のデータというのは主に失踪者や前科者、犯罪者、警察関係者などが収められている。身元を特定するために失踪者データのあるこのデータを調べたのは当然だが、もしこの髪の毛が犯人のものなら、そんな場所にデータがあるわけがない」

 そして、榊原はとどめを刺しにかかる。

「野鹿翠。この際だ。すべてをはっきりさせるために警察にDNAを提供するというのはどうだ。私の予想が正しいなら、問題の白骨死体が握っていた髪の毛のDNAとあんたのDNAは一致するはずだ。やましい事がなければできるはずだな。そして、万が一この両者が一致したとするなら、少なくともあんたが石渡美津子の殺害に関与しているのは、科学的にも立証できる。これだけの証拠があれば裁判所も逮捕令状を出す。つまり、警察は石渡美津子殺害容疑であんたを逮捕できるという事なんだ」

 翠は反論しない。否、反論できない。

「そして、あんたが石渡美津子を殺害する動機は、北町奈々子殺害のトリックを完成させるというもの以外にはありえない。まさかとは思うが、あんたの自宅とは遠くかけ離れた場所で何の動機もなく通り魔的にたまたま通りかかった石渡美津子を殺し、それをスーツケースに入れて東京湾に沈めたなどという馬鹿げた主張をするつもりじゃないだろうな」

 答えはない。さすがの翠も、厳しい表情で榊原を見つめるしかないようだった。

「いずれにせよ、石渡美津子を殺害した犯人が北町奈々子を殺害した犯人と同一犯である事は明白だ。でなければ、石渡美津子のマンションからの失踪に説明がつかないからな。つまり、石渡美津子を殺害した犯人があんたと確定した段階で、北町奈々子を殺害した犯人があんたであり、例のトリックが使用されたという事も確定するというわけだ。……もう、これ以上の論証は必要ないと考えるが、何か反論はあるか?」

 誰もが翠に注目していた。ある者は信じられないという視線を送り、ある者は思わず彼女から距離を取る。すべてが終わったかのようにも思えた。

 だが、この状況にもかかわらず、翠はまだ諦めていなかった。

「……それじゃあ、最後まで説明してください。私がなぜ北町さんを殺さないといけないんですか? 私が北町さんを殺した、その動機は何なんですか?」

 その場の空気が再び張り詰める。この異常な対決は、まだ終わっていない。

「私と北町さんに直接的なつながりはほとんどないはずです。事務所も違うし、共演した作品もそう多くはありません。にもかかわらず、何でここまで手の込んだトリックを使って、あまつさえ関係のない人間の命を奪ってまで彼女を殺さないといけないんですか。私を倒そうというなら、そこまで明らかにしてほしいですね」

 それは、翠という魔法少女の皮をかぶった殺人鬼から、名探偵・榊原恵一に対する最後の挑戦状だった。そして、榊原はこれを真正面から受けて立った。

「……いいだろう。最後まで付き合おうじゃないか」

 二人の視線の間に火花が散るのを、瑞穂は感じ取っていた。


「あんたの言うように、表向きは北町奈々子と野鹿翠の間につながりらしいものはない。しかし、今回のトリックには明確に北町奈々子本人に対する殺意が存在し、それ相応の動機があるのは間違いない。では、その動機とは何なのか。例えば今回のアニメの配役をめぐってはいくつか問題があったようだが、この問題において、あんたは特に異を唱えていない。もっと深い部分での動機が存在するはずだ」

「そんなものあるわけが……」

「ところで、一つ明らかにしていない事があったな」

 急に榊原は話題を変換した。

「何ですか?」

「問題のストーカーの話だ。彼女を罠にかけるために犯人がストーカーの話を餌につかったのは間違いない。ストーカー被害そのものが例のトリックの一部に組み込まれていた以上、このストーカー騒動が犯人自身の自作自演なのは先程証明した通りだ」

 だが、と榊原は続けた。

「ここで少しおかしな話になる。事件直前に北町奈々子が三上友代にかけた電話の中では、彼女自身はこのストーカーがかつて『戦国女子高生』というアニメに出演した時に自身に付きまとっていたストーカーと同じと認識しているようだった。北町奈々子はこのストーカーから身を隠すために福島恵梨香と相談して現在のマンションに引っ越したわけだが、だとすると今回のストーカーとかつてのストーカーは同一人物という事になってしまう。つまり、今回のストーカー騒動には、確かにトリックの一部分と言う側面もあっただろうが、それ以前にかつてのストーカーの続きという側面もあったという事になる。この事件の犯人は被害者に対するストーカーでもあったという事だ」

「……つまり、あなたはこう言いたいわけですか? 私が……同じ声優でしかも女性である私が、北町さんのストーカーだったと」

 翠の挑発的な言葉に対し、榊原は小さく頷いた。

「別におかしな話じゃないだろう。女性が女性のストーカーになる事もないとは言い切れない。ストーカーというと男性のイメージが強いが、女性のストーカーが存在するのも確かだ。それに、あんたはこのストーカーの条件に合致する。問題の『戦国女子高生』にはあんたも出演していたし、それでいながら北町奈々子が住所を変更した後、ストーカーはばったり止まっている。自分で言ったように、あんたと北町奈々子は事務所が違う。同じ事務所の人間ならともかく、違う事務所の人間に住所を教える事はない。だからこそ、そのストーカーはストーカー行為を続ける事ができなくなってしまった」

 榊原はさらに言葉を紡ぐ。

「それが最近復活したのは、このアニメであんたたち二人が再び共演し、その中で北町奈々子が声優陣を自宅に案内したからだ。彼女としてはまさかその中にストーカーがいるとは思っていなかったのだろうが、そこでストーカーに住所がばれてしまった。だからこそ、最近になってストーカーが再発したという事だ。今回の事件、私はこのストーカー行為の行き過ぎによる殺人だと考えている。これが荒唐無稽な話でないという事は、芸能人である君たちなら重々理解していると思うが」

 その言葉に、翠以外の全員が重い表情で頷いた。ストーカーによる殺人は近年クローズアップされるようになってきており、これが絵空事でない事はこの中の誰もが知っている事であった。

 ただ一人、当の翠だけはそれを認めようとしなかった。

「いい加減な事を言わないでください。大体、私がストーカーだなんて、そんな馬鹿げた話認められるわけが……」

「そんな事はないだろう。何しろ、少なくともあんたは、北町奈々子がまだ高校三年生だった頃から彼女のストーカーだったはずなんだからな。正真正銘、立派なストーカーだよ」

 その言葉に、翠は言葉を失った。それは、他の声優たちも同じだった。

「え、北町さんが高校時代からって……」

「三上さん、あなたの話では、北町奈々子は三年前の高校三年生の時に演劇部に所属し、ある劇で主演を任されていた。そうだね?」

 急に声をかけれて、友代は慌てて頷く。

「は、はい。私はまだ中学生でしたけど……」

「私は君からその時北町奈々子が演じた劇の台本を預かっている。公演中に監督をしていた演劇部の副部長が部室で病死し、そのために公演中止になった幻の演劇の台本だ」

 そう言うと、榊原は問題の台本を取り出し、その配役一覧のところを見せた。


『「暁の恋人たち」配役一覧

 演出……木霊山子

 監督……羽牟レッド

 助監督……市川団十郎

 照明責任……梶李ドミノ

 道具責任……シェイク槍

 

 主演……北町奈々子

 助演……玉木カローナ

 助演……諫早ハンス』


「この配役だが、北町奈々子以外は全員芸名を名乗っている。例えば病死した演劇部副部長……羽川赤広は監督の『羽牟レッド』だ。ちなみに海端香穂子さん、この羽川赤広はあなたの義弟だな」

「え?」

 思わぬ話に全員の視線が香穂子に向く。が、香穂子は表立って動揺はしていないようだった。

「確かにそうだけど、ほとんど交流はなかったわよ。この時私はすでに一人暮らしだったし。それが何か?」

「いや、ただの確認だ。まぁ、そんな風に、部員たちはそれぞれが個性的な芸名を名乗っていた。だが、そんな配役の中に一人気になる名前の人間がいる」

 そう言って榊原はある部分を指さした。

『照明責任……梶李ドミノ』

「こういう偽名を考える際、全く白紙から考えるというのは意外に難しい。で、この『梶李ドミノ』なる人物の名の由来は何だろうと思った時、もしやアナグラム……本名の文字の入れ替えではないかと考えた。そこで試しにやってみたら、随分とおもしろい結果が出た」

 そう言うと、榊原は瑞穂からスケッチブックを受け取って、そのアナグラムを書く。


『梶李ドミノ=かじりどみの』

『かじりどみの→のじかみどり』

『のじかみどり=野鹿翠』


「あっ!」

 誰もがそのアナグラムに絶句した。

「そう、『梶李ドミノ』という芸名は、並び替えると『野鹿翠』になるんだ。つまり、野鹿翠、あんたも北町奈々子と同じ桜森学園演劇部の同期生だった可能性が浮上する」

「そんな……」

 友代が思わず翠を見やった。が、翠は無表情にそれを聞いている。

「言い訳しても無駄だ。このアナグラムに気付いて、私はすぐに桜森学園に確認を取った。いくら部内で芸名を名乗っていても、卒業生名簿には本名が記載されているだろうからな。予想通り、当時の卒業生の中にあんたの名前があったよ。それで、ついでに色々と調べさせてもらった」

 実際に名簿の確認をし、その色々を調べた瑞穂は、固唾を飲んで榊原の話を聞いている。自分が桜森学園で調べた事がこの相手にどう通用するのか、瑞穂にとっても正念場であった。

「三上さんに見覚えがないのも無理はない。野鹿翠は照明担当だから、表舞台には出ていなかったはずだ。同じ学年ながら片や裏方の照明係、片や主演。随分差があるものだが……ここからが本題だ」

 榊原の表情が真剣なものになった。

「さっき言及した病死した副部長の羽川赤広だが、調べた結果、彼は北町奈々子の恋人だったという可能性が浮上している。そして彼が死んだ際、北町奈々子が殺したのではないかという不穏な噂が流れ、卒業まで数ヶ月を残して北町奈々子は転校した。問題となるのはこの羽川赤広の病死だ。この一件、本当に病死だったんだろうか」

 その言葉に、場の緊張が一気に高まる。特に、羽川と義理の姉弟に当たる香穂子は思わぬ話に顔を引きつらせていた。ほとんど交流はなかったとはいえ、やはり気になるのだろう。

「……まさかとは思いますが、羽川君の病死まで私のせいにするつもりですか? 彼の病死は公式に認定された事です。それを今さら……」

「公式に認定、ね。それが本当ならいいんだが」

 意味ありげな言葉に、誰もが眉をひそめる。

「どういう事ですか?」

「羽川赤広の父親は、当時桜森学園の経営母体である桜森大学付属病院の内科部長だった。事件は変死だったから、この時監察医制度による行政解剖が行われているが、その行政解剖を行った医師に対し、この羽川の父親が圧力をかけて死因を改竄し、その後その監察医を桜森大学付属病院に引き抜いた疑いがある。ちなみに、その監察医の名前は、才原泰助という」

「さ、才原って……」

 今度はその視線が和歌美の方に向く。が、当の和歌美は顔を真っ青にして首を必死に振っている。

「し、知りません! 確かに才原泰助は私の父ですし、父が三年前に桜森学園附属病院に復帰したのも事実ですけど、そんな話、父から聞いた事も……。大体、父は家族に仕事の話はしませんし……」

「別にあなたを疑っているわけじゃない。だが、一つ聞いておきたい。三年前、そのような圧力があった場合、娘のあなたから見てあなたの父親はそれを受け入れるような状況にあったか?」

「それは……」

 和歌美は黙り込んでしまった。全国放送されているこの場で軽々しくいえる話ではないだろう。だが、その反応を見れば答えは一目瞭然である。榊原もそれはわかっているので、この場でそれ以上聞く事はなかった。

「とにかく、このような事情が介在している以上、公式に病死とされていても羽川赤広の死因に関して疑問の余地が残っているのもまた事実だ。このような捏造工作を学校が行ったとすれば、その動機は学園のイメージ悪化を避けるためという事になるだろう。生徒が自殺、若しくは殺害されたともなれば、学校側がそれによるダメージを恐れるのは当然だ。それを回避するために、同じ大学に勤務する羽川の父親を巻き込み、死因を病死にして警察の介入を拒んだ……。そう考えれば色々と納得がいく。そう……本来簡単にばれるはずだった殺人が、犯人とは関係のない学校側の動きのせいでなかった事になってしまった。そして、この事実が犯人の心に大きな変化をもたらしたのは容易に想像できる」

 その言葉を聞いて、今まで黙っていた翠が小さく笑いながら言った。

「いいんですか、確たる証拠もなく学校側をそんなに批判して。間違っていたらあなたもただではすみませんよ」

 だが、この反撃に対し榊原も小さく笑った。

「気にしてもらわなくても結構だ。この件に関しては、すでに桜森学園側に了承をもらっているからな」

「え……」

「言っただろう。学校を徹底的に調べたと。実際に調べてくれたのは私の協力者だが、彼女はなかなかに優秀でね。それを踏まえた上で、ここに来る直前に私が桜森大学の理事長に直談判した。学校側もこの隠蔽が原因で更なる殺人を誘発していたとなれば、これ以上ダメージが広まる前にすべてを公開する選択を考える。しかも今の理事長は実際に隠蔽を指示した三年前から交代しているからな。最終的に理事長も納得してくれたよ。彼も覚悟してこの放送を聞いているはずだ」

 まさか、学園側がこの段階でそんな行動に出るとは思わなかったのだろう。同時に、榊原が周到に準備をしてこの場に立っているのが証明された形だ。この事態に、翠の表情が大きく歪みつつあった。

「そんな……まさか……」

「事実だ。その証拠に、桜森大学側は今まで秘匿していた二つのデータを開示した。一つは事件当日、化学室から劇薬が一部紛失していたという記録。もう一つは、監察医による解剖が行われる前、事件発生直後、まだ学校側による隠蔽が決定される前に現場に駆け付けた羽川の父が行った被害者の内診記録だ。この記録は明日、某新聞のスクープとして世に出る事になるだろうが、両者の記録は羽川赤広の死因が明らかに劇薬によるものである事を指し示している。事がここに至れば、行政解剖をした才原泰助も娘である才原和歌美のために事実を告白してくれるだろう」

 この発言に、瑞穂は榊原がこのような状況で推理を強行した理由の一つに気付いた。要するに、娘の放送を聞いているであろう才原泰助に娘である和歌美が事件に関係しているかもしれない事を悟らせ、事実を語るように仕向けているのだ。大学の理事長側からの要請とこの放送があれば、未だに顔を見た事もない才原泰助が事実を語るのも時間の問題だろう。

「さて、話を戻すが、羽川の死が実は劇薬を用いた殺人なのだとすれば、犯人は誰なのだろうか。校内では北町奈々子が犯人だという憶測も流れていたが、私はこの噂は間違いだと思う。演劇部にすべてを賭けていた彼女が、自分が疑われる可能性が高い状況でこんな犯行を起こすとは思えない。実際、この事件のせいで彼女は転校に追い込まれているわけだからな。とはいえ、彼が部室で毒殺されている以上、部室に出入りできる親しい人間が犯人といえる。例えばそう、あんたのようにね」

 だが、翠は無表情を崩さないまま反撃に打って出た。

「ちょっと待ってください。羽川君の死が殺人かもしれないという点については……まぁ、とりあえず頷いてもいいです。どうやら証拠はしっかりそろっているみたいですし。でも、だからと言ってそれだけで私が犯人だなんて、いくらなんでも強引すぎます。大体、北町さんが犯人でないという論理も、具体的証拠のない抽象論でしかないじゃないですか」

「しかし、心理的に彼女が犯人と思えないのも事実だ」

「心理的どうのなんて確率の問題じゃないですか。そもそも、当時校内に流れていた噂だと、二人はこの時仲が悪くなっていたんです。殺害する動機は充分あると思います」

「だが、仲が悪くなっていたというなら相手に毒を飲ませるなど不可能だ。仲が悪くなっている相手に毒を飲ませる方法などない」

「そんなの、羽川君の飲み物に劇薬を入れておけばいい話じゃないですか。実際、そんな噂も流れていたみたいですし……」

「部室の床に何かのシミがあったという噂だな。私もその話は聞いているが、しかしそれもあくまで噂の域を出ない。実際にそんなシミが確認されたわけじゃないし、部室も事件後に改装されていて今から確認するのは不可能だ。そちらこそ証拠も何もない憶測じゃないのかね?」

「違う! たとえ床が改装されていたとしても、その飲み物に北町さんが毒薬を入れるチャンスがあった事が証明できれば、それで彼女の犯行は立証できるはずです」

「どうやってだ? 殺害方法が毒殺である以上、仮に飲み物に毒物が混入されていたとしても、アリバイはあまり意味がない。要するに羽川が飲み物を買ってから実際に飲むまでの間に毒を混入できればいいんだから、毒物の混入そのものはいつでも構わない事になる。そんな状況で毒物混入のチャンスがあったかどうかなんて、あまり意味がない話だ」

「そんな事ありません! 毒物を缶の中に入れるのは中身を飲む直前じゃないと毒で缶が溶けるじゃないですか! だから、羽川君が死ぬ直前に出会っていた人を調べれば……」

「毒を入れたからといって缶が溶けるとは限らないだろう」

「何を言っているんですか! アルカリ性の液体をアルミ缶に入れたら溶けるのは当たり前じゃないですか! それに潮解性も高いはずだからすぐ飲ませないと意味がない。だから犯人が毒を入れたのは飲ませる直前……」

 そこまで言って、翠はハッとしたような表情をした。同時に、榊原の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

「……ようやく、罠にかかってくれたな。思った以上にガードが堅かったんで、こっちは冷や汗ものだったがな」

 翠の顔に戦慄が浮かぶ。

「まさか……すべて計算ずくで……わざと穴のある推理を……」

「あんたは確かに演技の天才なのかもしれない。だが、私の仕事はその演技を暴く事だ。この技術で私は長年あんたたちの言う『演技者』を追い詰め続けてきた。その過程においては、私は演技者に負ける事は絶対に許されていない。そんな道を長年歩き続けてきた人間相手に、その白々しい嘘がいつまでも通じると本気で思っていたのかね?」

 おそらく、このセリフは榊原を中木だと思ってラジオを聞いている誰も理解できなかっただろう。だが、瑞穂はそこに犯人の嘘をどんな手段を使っても暴き立てる探偵としての矜持のようなものを感じ取っていた。

 そして、榊原は静かにとどめを刺しにかかる。

「確かに、今日になって学校側から提供された事件前に紛失した劇薬記録には、紛失した劇薬がアルカリ性の薬品である『水酸化ナトリウム』である事が書かれていた。水酸化ナトリウムは君の言うように潮解性が非常に高く、乾燥した容器に入れておかないとすぐにでも溶け出してしまう危険な代物だ。だが、この事実は先程も言ったように今日になって私が理事長を説得するまでは完全に秘匿され、学内を巡った噂でも『劇薬』としか言われていないはず。そこでだ、問題は、なぜあんたが紛失した劇薬がアルカリ性で、しかも潮解性の高い『水酸化ナトリウム』だったという事実を知っていたのかという事だ」

「それは……」

 翠は反論しようとしたが、言葉に詰まってしまう。反論したくてもできない。もうそんなところにまでいつの間にか追い詰められてしまっていた。

「冷静に考えてみよう。この事実を知っているのは事件を隠蔽した学園関係者か、実際に直接劇薬を使って羽川を殺害した犯人だけだ。だが、事件当時高校生だったあんたが隠蔽側の人間だったというのはナンセンスだ。となれば、結論は一つしかないだろう。あんたが劇薬の正体を知っていた理由……それは、あんた自身が問題の飲物に実際に劇薬を入れた犯人に他ならないからという事だ。もしそうでないというのなら、あんたがこの事実を知っていた理由を今ここで説明してもらおうか」

 榊原の厳しい追及に、翠は何も言えない。

「それと、あんたはもう一つ知るはずのない事を知っていたな。あんたは羽川が飲んだのが『アルミの缶に入った飲み物』だと言っていた。なぜそれを知っていた?」

「それは……羽川君は普段から缶コーヒーをよく飲んでいたから、仮に飲んだのならそれかと思って……」

「私も確かにそう聞いている。だが、甘かったな。アルミ缶の缶コーヒーなどというものはこの世に存在しない」

「……え?」

「圧力だか何だかの関係なんだそうだが、缶コーヒーはすべてスチール缶で作られているそうだ。したがってアルミ缶の缶コーヒーなどというものはこの世のどこにも存在しない。にもかかわらず、あんたはなぜか羽川が飲んだのがアルミ缶の飲物である事を前提に話していた。これは缶コーヒーの事を考えていたのなら浮かんでこない発想だ」

 瑞穂は慌てて自分の記憶を思い返していた。確かに、言われてみれば缶コーヒーはすべてがスチール缶で作られている。だが、そんな雑学めいた事実を一瞬で頭の片隅から引っ張り出してくる榊原の頭の回転の速さも尋常ではない。

「つまり、あんたは羽川が死んだ時に飲んだ飲み物が普段飲んでいた缶コーヒーではなかった事を知っていたわけだ。おそらく校内の自動販売機で売っているジュースでも使ったんだろうが、これは実際に目の前でその毒入りのアルミ缶の飲物を羽川が飲むのを見ていた人間しかわからない情報だ。何しろ、そんな情報自体が今まで出てきていなかったからな。これがわかるのはこの世の中でただ一人……問題の飲み物に実際に毒を盛った犯人だけだと思うがね」

 もはや翠は黙って榊原の推理に耐えるしかないところまで追い詰められていた。が、榊原はなおも容赦なく畳みかける。

「ちなみに、さっきのは言い間違いだったとか、私的な発言だけでは法的な証拠にはならない、とかいう言い訳はなしだ。そのためにわざわざこの状況を用意した。あんたの発言はこの放送を通じて全国の人々が聞いているし、向こうの部屋では音声の録音もされている。つまり通常の場合と違って、今回に限ってはこういう秘密の暴露を使った犯人の発言ミスによる追及も、立派な証拠として法廷で採用されるという事だ。もう逃げ場はないぞ」

 榊原の推理も、いよいよクライマックスに差し掛かろうとしていた。

「君は劇薬を投じて羽川赤広を殺害した。動機はストーカー相手であった北町奈々子の恋人だった羽川を邪魔だと感じたからだ。おそらくこれで北町奈々子を独占できると考えたんだろうが、事件は隠蔽されて北町奈々子に対する疑惑が残り、彼女は転校してしまった。あんたが声優になったのは、この当時から将来声優になると言って声優学校に通っていた北町奈々子を追いかけるためだったんじゃないか?」

「……」

 翠は何も語らない。ただ、無表情に榊原の言葉を聞いている。

「あんたの目論見は当たり、『戦国女子高生』収録の際にあんたと北町奈々子は共演して、再びストーカーが始まった。だが、この時は北町奈々子が福島さんに相談して住所を変えてしまい、結果的にストーカーは中断してしまっている。そして今回、再びあんたたちは共演した。正直なところ、私にはこのストーカー行為がどのような経緯で殺意に変わったのかまでは詳しくわからない。だが、いずれにせよあんたは北町奈々子の殺害を決意し、そして今回の犯行に及んだ。……これで、あんたのやった事はすべて証明できたと考えるがどうだろう。あとは警察が君に絞って調べれば、もっとしっかりした証拠が出てくるだろう」

 そして、榊原は告げる。

「いずれにせよこれで詰みだと考えるが……まだ続けるかね?」

 翠はしばらく何も答えなかった。虚ろな視線で俯き気味に榊原を睨みながら、何か小さな声でブツブツ呟いているようにも見える。他の声優たちは、そんな翠から距離を取って、茫然とした表情で彼女の事を見つめていた。

「野鹿、お前、本当に……」

 香穂子が理解できないと言った様子で翠を見やる。香穂子だけではない。他の人間も、どうしていいかわからずその場にたたずむしかない。重い沈黙がしばらくその場を支配した。

 と、その時だった。

「あは……」

 不意に、翠の口から不穏な笑い声が漏れ出た。他の声優たちがギョッとする中、突然翠はバッと顔を上げると、今までののんびりした表情はどこへやら、どう考えてもこの場にそぐわない嬉々とした表情を浮かべて甲高い声で狂笑した。

「あは、あは……あははははははははははっ! あはははっはっははっはあははっははっははあはははっはははははっはあははあああははあははあっはああっはははっ!」

 スタジオに響き渡るまるで意味をなさない狂った高笑い。それを発する翠の目には、今までに誰も見た事がないようなあからさまな狂気の色が浮かんでいた。その瞬間、後ろでこの様子を見守っていた瑞穂は、これこそが表向き温厚そうに見えた野鹿翠という女の本性なのだと直感していた。

「み、翠さん?」

 あまりの豹変ぶりに和歌美が絶句し、他の声優たちもどうする事もできずにその狂気の笑いを見守るしかない。一方、榊原はこの豹変にも驚く様子を見せず、努めて厳しい表情で翠に声をかける。

「教えてくれるか? あんたが北町奈々子を殺害した、その動機を」

「ふふっ、あははっ、そんなの簡単じゃないの。それは、私が魔法少女だからよ」

「は?」

 とんでもない事を言い始めた翠に対し、香穂子が思わずそんな声を出す。が、翠は気にする様子もなく続けた。

「あははっ、魔法少女が敵を倒すのは普通の事でしょ? ふふっ、私は、正義の魔法少女として、あはっ、私の敵を倒しただけなのよ? ははっ、それのどこが悪いのよ。あなた、頭がおかしいんじゃないの? 悪を倒した正義を糾弾するなんて、どうかしてるわよ」

「どうかしてるのは、あんたの方だろ……」

 もはや香穂子は化け物を見るような視線を翠に向けていた。誰もが彼女の正体、そしてそのとんでもない発言を理解できずにいた。しかし、これだけの状況を前にしながらも、榊原は毅然とした態度で翠に対峙している。

「お得意の演技……というわけではないようだな。正直、私には全く理解できないが……聞こうじゃないか。あんたがこれだけの犯罪を起こしたその理由、私も興味がある」

「あははっ、あの子はねぇ、私の愛を裏切ったのよ! 正義の味方として、裏切り者を倒すのは当然よね? 私もねぇ、仲間を倒すのは心苦しかったわ。でも、正義のために、私は勇気を持ってやってやったのよ! 感謝される事はあっても、批判される覚えはないわ!」

「何を言ってるの……」

 友代がイヤイヤと首を振りながら言う。一方夕凪哀も、自分とはレベルの違う翠のその犯罪者っぷりに、茫然とする他ない様子だった。

「北町奈々子をストーカーしていた事を認めるんだな?」

「あの子と最初に会ったのは高校に入ってすぐだった。一目惚れだったわ。演劇部に入ったのだって、少しでもあの子に近づくためだったのよ。私はただ、あの子の傍にいてあの子を見つめているだけでよかった。それをあの男は……あいつは私からあの子を奪ったのよ!」

「羽川赤広だな」

 あくまで冷静な榊原に対し、翠は先程までの温厚な様子をかなぐり捨てて、狂気に満ちた口調で語り続ける。

「かわいいあの子によくない虫がついたら、その虫を退治するのが正義の味方として当然の役割でしょ? だから、私はあいつを退治してやった。それだけよ。非難されるいわれは微塵もないわ」

「本気でそう思っているのか?」

「もちろんよ。毒入りコーヒーを飲んで苦しみながら死んでいったあいつの顔、あの子にも見せてあげたかったわ。あの醜い顔を見れば、あの子だって自分が間違っていた事くらいわかったはずなのにね」

 翠はどこかうっとりとした表情で堂々とそんな事を言う。もはや誰も翠の考えについて行けない状況だった。義弟を殺された香穂子は思わず顔をそむける。

「だが、結果的にこの事件が原因で北町奈々子は転校に追い込まれた。これはあんたにとっても計算外だったはずだ」

「えぇ、そうよ! 馬鹿な同級生たちの馬鹿な噂のせいで、あの子は私の前から消えてしまったのよ! ふざけないでよ! こんな事、あっていいはずがないわ」

「ふざけているのはあんただろう。そもそもあんたが殺人なんかしなければ、北町奈々子が転校する事もなかったはずだ」

 榊原は正論を述べるが、翠は聞く耳を持つ様子もない。完全に自分の世界に入り込んでしまっているようだ。

「私はあの子に会うために声優になった。大変だったけど、あの子に会うためだったら苦労でもなんでもなかったわ。そして、ついにあの子とまた会う事ができた」

「『戦国女子高生』の話だな。そして、あんたは再びストーカー行為に走り、今度は見ているのみならず具体的な行動まで起こした」

「散々苦労したのよ! もう見ているだけなんて耐えられなかった。でも、あの子はそんな私を拒絶した! 私に黙って、また私の目の前から消えてしまった! 少し会わない間に、あの子は変わってしまったのよ! あははっ、許せるわけがないでしょ!」

 その歪んだ思考に、誰もが口を挟めずにいる。こんな狂気に満ちた人間がすぐそばにいて、しかもそれに気付けなかった事に、誰もが背筋を凍らせていた。それほど彼女の『演技』は完璧だったのだ。

「そして今回、あんたは再びこの番組で北町奈々子と共演した。しかし、すでに彼女には恋人がいた」

「私、気付いたのよ。いくら周りを飛び回る虫どもを消しても意味がない。だったら、何度私が手助けしても私を裏切り続けるあの子の方を矯正した方が早いって、ね。そうよ、私の気持ちを裏切ったあの子は、正義の名において退治しなきゃならない。あははっ、だって、私はそれが許される人間……正真正銘の魔法少女なんだから」

「狂ってる……あんた狂ってるよ……」

 香穂子の呟きも、もはや翠には届かないようだった。

「それで、あんたは自分がしていたストーカー行為を利用して罠を仕込み、今回の犯行に及んだ」

「ストーカーを捕まえたって言ったらあっさり信じてあの窓から外を覗いてくれたわ。あとはあなたの言った通り。私は何も悪くないわよ。ただ、魔法少女として裏切った仲間を楽にしてあげただけ。あの子も私に感謝してくれているはずよ」

「ふ、ふざけないで! あなた、奈々子ちゃんを何だと……」

 恵梨香が珍しく声を荒げる。が、榊原は感情を押し殺しながら話を続けた。

「だが、石渡美津子を殺す必要はなかったはずだ」

「トリックのために必要だったし、どうせあいつも悪人だったわ。悪い人間を正義の味方である私が倒して、何か問題でもあるの? 私は、世にはびこる悪を一人倒しただけ。魔法少女が毎週やっている事だわ。それが一人増えたくらいで、何を騒ぐことがあるの?」

 翠は本当にそれがわからないと言わんばかりに首を傾げて言った。

「……なぜ、石渡美津子が麻薬密売をしていると知った?」

「あの子のマンションを見張っているときに、あの女が自分の部屋から下の部屋にベランダ伝いに入っていくのを見たの。私は正義の味方なのよ。調べたら麻薬の密売をしているみたいだったし、それに奥村議員の汚職にもかかわったいるみたいだったから、この際一緒に退治しちゃおうかって思って。まさか、あの子の他にももう一人魔法少女の裏切り者がいたなんて予想外だったけど……。夕凪さん、命拾いしたわね?」

「ヒッ!」

 殺意のこもった顔でにっこり微笑まれて、哀が思わず後ずさる。もし麻薬を密売していた事がばれていたら彼女に本気で殺されていたかもしれない。その事実に、哀はもはや泣きそうになっていた。

「後の事は話す必要はないわ。一から十まで全部あなたの推理した通り。あははっ、あのトリックを解くなんてあなた凄いわねぇ」

「あんたに言われたくないし、誇るべき事でもない」

 榊原は淡泊だった。

「とにかく、これでわかったでしょう? 私のやった事は犯罪でもなんでもない。『魔法少女』として正義のために行動し、そして見事に正義を成し遂げただけ。あなたは、正義のために敵を討ち果たした魔法少女を糾弾する事ができるの? そんな事をしたら、物語が成立しないじゃない。誰も納得しない、そんな結末にする事が、あなたにはできるというの? あははっ、ぜひとも感想を聞かせてほしいわね、名探偵さん!」

 あからさまな翠の得意げな挑発に対し、誰もが榊原の方を見た。この場の翠以外の全員が、この狂人の理論に榊原がどう対抗していくのか固唾を飲んで見守っていた。

 だが、それに対する榊原の言葉は短かった。


「くだらないな」


 それが榊原の発した言葉だった。それを聞いて、翠の顔色が変わる。

「……何ですって?」

「くだらない、と言ったんだ。魔法少女が正義? 本気でそう思っているならおめでたい話だ。正直、こんな馬鹿馬鹿しい話で殺された三人が哀れでならない」

 榊原は何の感情も交えずに淡々と話す。

「この際はっきり言っておくが、私は君たちがやっているような勧善懲悪ものの物語が大嫌いでね。理由は、すべての人にとって等しく正義であるものなどというものは、この世のどこにも存在しないからだ。魔法少女が正義というのは、あくまで魔法少女の側から見た主観に過ぎない。正義なんてものは、見る人間が変われば簡単にその姿を邪悪なものに変えてしまうという事だ」

「もしかして、魔王の立場からすれば魔法少女は悪だ、とでも言いたいの? でもそれは……」

「違うな。私が言いたいのは、もっと簡単な話でね。例えば魔法少女が怪人を倒したとしようか。なるほど、魔法少女の側から見れば正義にのっとって敵を倒しただけかもしれない。だがね、これは見る人間が見れば魔法少女が怪人を殺害したという話だろう。少なくとも、もしその場に警察がいたとすれば、その警察にとっての悪は間違いなく魔法少女の側だ。断言してもいいが、万が一君たち魔法少女の世界に警察組織があったとすれば、魔法少女は正義の味方どころか単なる犯罪者だ。魔法少女にとっての正義の行為は、警察にとっては極悪犯罪という事だ。一方、自分を正義の味方と信じる魔法少女の側からしてみれば、自分を捕まえようとする警察は悪だ。ゆえに警察組織のある世界における魔法少女にとって最大の敵は、悪の組織ではなくむしろ警察という事になってしまう。だが、世間一般の観点からすれば、どう考えても正義は警察側にあるだろう。正直、キリがない」

 榊原は無感情に続ける。

「要するに、正義なんてものはその人物の主観に過ぎないものであって、何が正義なのかは人それぞれ違うという事だ。完全潔白の正義なんて存在しない。正義には必ず悪の側面がある。もっとも、それだと曖昧で社会が成立しないから現代の世界では『法律』という一応の基準を設けているわけだがな。私だって、私のやっている事がすべての人間にとって正義だなんて思い上がった事は考えていない。私の仕事は『正義を追及する事』でなくてあくまで『真相を明らかにする事』だからだ。私の行為で救われる人間もいれば傷つく人間も必ずいる。その事実を背負う覚悟を持って、私はこの仕事を続けているつもりだ。だから、正義と言っておけばすべてが許されると考えているあんたはどうしようもなくくだらない。あんたの言っている事は、そういう覚悟を放棄したただの甘えで、自分自身に対する言い訳で、覚悟を持って自分なりの『正義』を追及している人間に対する冒涜だ。そんなあんたに、正義なんてものを語る資格はないと私は思うがな」

「黙れ……」

 不意に、翠はそんな声を出した。だが、榊原は止まらない。

「そもそも、なぜ魔法少女に限らない勧善懲悪ものが人気だと思うかね。私は、これは単純な話だと思っている。人は現実に存在しないものに大きく惹かれる。そして彼らは『現実には存在しない絶対的な正義』を体現する勧善懲悪ものに熱中しているに過ぎないと考える。つまり、君の言う正義は現実には絶対に存在しないという事だ。それもわからず現実には存在しない『絶対正義』の象徴でもある魔法少女を名乗り、あまつさえそれを犯罪の動機にしてしまうなど……あまりにもくだらないとしか言いようがない」

「黙れぇ!」

 翠はそう絶叫すると、そのまま榊原と自分を隔てるガラスを拳で叩き始めた。

「取り消せ! 取り消しなさい! 私がやったのは正義よ! 悪いのはみんなあの子たちなの! 正義が悪を倒すのは当然の事! 間違っているのはあなたよ!」

「だったら、何であんなトリックを使ってまで犯行を隠そうとした?」

 榊原は目の前で叫ばれた絶叫に、もはや恐ろしいほどの冷静さで切り返す。ここまでくると冷静さも一種の武器である。対照的に、翠はますます狂乱めいた叫び声を上げた。

「何の事よ! 意味がわからないわ! あなた、私を騙す気ね!」

「そんなつもりもないし、これ以上簡単な話もない。いいか、あんたのやった事が本当に正義だというのなら、あんな自殺に見せかける犯罪工作なんて一切必要ない。本当にあんたが自分のやった事を心の底から正しいと思っていたのなら、自分のやったことをむしろ堂々と誇るはずだ。堂々と正面からマンションに侵入して彼女を殺し、人々が唖然としている中で堂々と現場を後にする程度の事はやってもおかしくないだろう。だが、あんたは自分のやった事をむしろ隠し、あまつさえ自殺に見せかける工作をした。これはあんたの主張と大きく矛盾する」

「やめて……それ以上言わないで!」

 何を言われるのかわかったのか翠はさらに激しくガラスを叩くが、榊原は容赦なくとどめの一撃を叩き込んだ。

「ようするに、正義だ魔法少女だと言いながら、一番自分の行為を『正義』だと思っていなかったのはあんた自身だったという事だ。あんた……それでも自分のやった行為が『正義』だと、今この場で全国のリスナー相手に堂々と主張できるのか!」

「やめてぇぇぇぇぇっ!」

 翠は今までで最大級の絶叫を上げると、拳を物凄い勢いでガラスに叩き付けはじめた。結果、衝撃に強いはずの防音ガラスに細かいひびが入り、彼女の手からの出血でガラスが薄汚れる。その剣幕に眉ひとつ動かさない榊原と違って、中木と瑞穂は思わず後ずさった。

 が、その直後だった。スタジオのドアが開き、スーツを着た男性が飛び込んできた。誰もが唖然とする中、男はそのまま翠に飛びかかるとその血まみれの手をねじ上げる。翠は抵抗するが拘束は一切ゆるむ気配はない。その男の正体に、瑞穂は思わず声を上げていた。

「さ、斎藤警部!」

 そこに立っていたのは、お台場の事件を担当していた警視庁捜査一課の斎藤孝二警部だった。皆が呆然としている中、斎藤はなおももがき続ける翠に対し努めて冷徹な声色で容赦なく告げる。

「警視庁捜査一課の斎藤だ。野鹿翠、お台場のスーツケース遺体遺棄事件に関してお前に逮捕状が出ている。また、北町奈々子殺害に関しても再捜査が実施される運びとなった。このまま捜査本部まで同行してもらうぞ」

「……あははっ……」

 翠は怒りと笑いが入り混じったような歪んだ表情で最後にそう笑うと、そのままがっくりとうなだれてしまった。乱入してきた斎藤は榊原の方に小さく頭を下げると、そのまま翠を引っ立てて行っていく。あっという間の出来事だった。

 どうやら、榊原の要請で最初から刑事たちがスタジオのどこかに待機していたらしい。現にそれと入れ替わりに、今度は組織犯罪対策部の草原警部が無表情のままスタジオに入ってきて、すっかり放心状態の夕凪哀の前に立った。

「失礼、警視庁組織犯罪対策部の草原と言います。夕凪哀さん、あなたには麻薬密売の件に関してお話を伺いたい。よろしいですね?」

「……はい」

 有無を言わせぬ口調に、哀は素直にそう応じると、そのまま顔を伏せて部屋から出て行った。どうやら自分を超える犯罪者だった翠の剣幕に圧倒されたようで、こちらの方も早々に決着がつきそうである。が、それはもう榊原の仕事ではない。後は警察の頑張り次第であろう。

 そして、榊原はそれを見送ると、残された声優たちに対して告げる。

「……以上で私の話は終わりだ。あとは、お任せする」

 それが、この名探偵対魔法少女という前代未聞の対決の終幕を告げる合図となった。誰もが何も言えずにいる中、榊原は静かに一礼し、そのまま瑞穂と共にスタジオを出たのだった。

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