幕間 密談の電話
その日の夜……品川裏町の古びた三階建てビルの二階にある榊原探偵事務所。その部屋のデスクで、この部屋の主である榊原恵一は何かを読んでいた。
今、榊原の目の前には一冊のファイルが置かれている。それは、榊原が刑事だった時代に担当したある殺人事件の捜査記録をまとめたファイルだった。そのファイルの表紙にはこんな事件名が記されている。
『西新宿食品会社社員強盗殺人事件 一九九七年六月十三日発生』
ファイルをめくると、その事件の詳細が飛び込んできた。
・場所:新宿区西新宿××番地の路上
・被害者:
・被疑者:
・概要:一九九七年六月十三日正午頃、苅田東次郎は金銭目的で西新宿の路上を歩いていた金木知治を襲撃しナイフで殺害。金木が所持していた味木食品の経理資金五十万円が入ったアタッシュケースを奪おうとするも、周囲の歩行者に騒がれたため何も奪わずに逃亡。警察の捜索の結果、一週間後に近くの廃工場内で自殺している苅田が発見され、被疑者死亡のまま書類送検となった。
・備考:被疑者の苅田は一年前に香川県坂出市で発生した喫茶店強盗殺人事件で従業員二名を殺害した罪に問われていたが、裁判の結果、高松地裁は証拠不十分により無罪判決を出し、検察が控訴しなかった事から無罪が確定。その一年後に今回の事件を起こした。今回の事件を受け、香川県警からは改めて苅田と一年前の坂出市の殺人事件の関与を疑う声も出ているが、すでに無罪判決が出ていた事もあり、結論が出ないまま終わっている。
……やがて、そのファイルを一通り読むと、榊原はデスクの電話の受話器を取り、どこかに電話をかけ始めた。しばらくして相手が出ると、相手は穏やかながらもしっかりとした口調で榊原に話しかけてきた。
『君から電話があるなんて、何年ぶりの話だね』
「さぁ、どうでしたかね。柳村警部こそ元気そうで」
そう言われて相手……香川県警刑事部捜査一課の柳村琳太郎警部は小さく笑った。
『君が刑事を辞めてもう十年か。早いものだ。最後に刑事として一緒に捜査したのは十一年前だったかな』
「えぇ、十一年前に西新宿で起こった食品会社社員殺しの時以来です」
榊原はチラリと手元のファイルを見ながら言った。
『そうだったね。被疑者が以前、香川で起こった事件の関係者だったという事で、県警から私が派遣されて、そっちの捜査担当者だった君と一緒に奴の行方を追ったんだったね。残念ながら、最後は犯人の自殺という形で終わってしまったが』
そう言って一度言葉を切ると、柳村はこう続けた。
『さて……昔話はそれくらいにして、私に何か用かね?』
そう言われて、榊原も声のトーンを低くして応じた。
「先日、蒲田で起こった岸辺和則による強盗事件、ご存知ですね? 聞いた話では県警代表であなたが上京したそうですが」
『……あぁ。岸辺の事件は五年前に発生して以来ずっと私が担当していたからね。まさかこんな結末になるとは思わなかったが……』
「その事件について詳しく教えてもらう事はできませんか?」
しばし、柳村が無言になる。
「駄目でしょうか?」
『そう言うわけではないが……なぜだね?』
「別にそちらの捜査にケチをつけるわけじゃありません。仕事で必要になっただけです」
『ふむ……』
「それともう一つ」
榊原はそう言って、再び手元のファイルをちらりと見やった。
「今話題に出ていた十一年前の苅田の事件……というよりも、その一年前に苅田が無罪になったという坂出市の事件についても、香川県警の立場から詳しく教えてほしいのです」
今度こそ、柳村の声に警戒するような響きが加わった。
『それこそなぜだね? まさか、五年前の岸辺の事件と十二年前の坂出の事件が関わっているとでもいうのかね?』
「さぁ、どうでしょうね。教えてもらえるならば、こちらも手札を明かしますが」
はぐらかすように言う榊原に対し、柳村は少し考え込んだが、やがてこう答えた。
『……いいだろう。他ならぬ君の頼みだ。それに……君がわざわざ情報を求めるという事は、何かあるという事だろうからね』
「感謝します」
榊原はそう言うと、そのまま柳村相手に話を続けたのだった……。
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