仁、夜遊び①
「……坊ちゃま、お気は確かでございますか」
隣でシリアがため息をつく。
時刻は、深夜。良い子は眠る丑三つ時のちょっと手前くらい。
僕とシリアは屋敷を抜け出して、夜の繁華街に来ていた。
「僕は到って本気だよ」
「確かに、不安になるくらい冗談を仰ってるようには見えませんね」
「冗談じゃないからね。手始めに僕は、この街を網羅するんだ」
「夜遊び一つロクにしたことない人が何を仰います? そもそもこの時間帯に営業している店があるのかすらご存知無かったですよね。坊ちゃまもう一度お尋ねしますよ。お気は確かでございますか」
やれやれと言った具合で肩を竦めるシリアだけど……。
いやいや、何を言っているんだろうか。だって、今日成人したんだよ? 夜遊びは、成人しないと出来なくない?
どうやら、今のシリアはそんな当たり前のことにすらも気づけないくらいに動揺してしまっているらしい。
まあ、気持ちは分かる。今まで真面目だった人間が急に夜遊びがしたいと言い出したら、困惑するよね。
だけれど。
「いいかい、シリア。誰にだって、初めてはあるものだよ。そのことにいつまでも物怖じしていたら、何もできないまま生涯を終えてしまうじゃないか」
そうだ。真面目にやって、バカを見て……もう二度と、あんな人生は送りたくない。
そして経験談で自然と説得力も増したのか、これにはシリアも少しばかり唸る。
「確かに一理ありますが……今の状況はまた別ではありませんか? それにこういうのは坊ちゃまには少し早いような気がしてなりませんが」
「そんなことはないよ。夜遊びも立派な嗜みさ。それに成人の日まで待ったんだ、誰も僕に文句は言えないよ」
「それはまあそうなのでしょうが……」
とは言ったものの……。
チカチカと妖しく照らされる街灯。一杯飲んだのか、気持ちよく鼻歌を歌う飲んだくれ。店の前で客引きをする胸の大きな女性。
す、すごい……実際のところ前世じゃこういう場所に行ったことなかったから分からなかったけれど、昼間の商店街とかとはまた違った活気がある。
「……これは少しばかり骨が折れそうだね」
本当にどこから手を付けるのが正解なんだ? ぱぁっとやろうにも選択肢があり過ぎて困る。
僕がどう遊ぶかを決めあぐねていると、またしても傍らからシリアのため息が降りかかってきた。
「迷われている様では、ですよ。坊ちゃま、悪いことは申しません。やはりここは潔く諦めて帰りましょう」
クソ、このままじゃまずいぞ……。さっきはあんだけ恰好の良いことを言っておいてこの体たらくでは、シリアに計画性のないダメな坊ちゃまだと思われてしまう。
そしていずれ、父さんたちの耳にも入って「判断能力無し」の能無しの息子のレッテルを貼られてしまう。
そうなれば、僕の十五年間に渡って築き上げてきた破滅への道が完全に破滅してしまうじゃないかっ……!
それはダメだ。そういう破滅は求めていない! 僕が求めているのは、もっと盛大に取返しのつかないようなレベルの破滅なんだ!
この窮地を脱する方法は、何かないのか! なにか!!!
僕が血眼になって脳内をフル回転させていると。
「――はいはい、そこの御二方! 少しお時間よろしいですかっ!?」
そんな溌溂とした声と共にクイクイと袖を引っ張られた。
反射的に、振り向いて見るとそこに立っていたのはブロンドヘアの女の子だった。
手には木で出来た看板を持っており何処にでもいるような客引きかキャッチみたいだ。
ある一点を除いては。
「お召しになっている衣服や装飾品。見るからに、懐暖かそうな御二方ですねぇ~! どうです、どうです? たまにはこういう刺激とか悪くないと思うんですけど?」
キャッチは、必要以上に看板のとある文字をアピールしてくる。
その姿は、身体の線を強調するような黒の肩出しレオタード。お尻の辺りには、白いボンボンのようなものが付いており、フリフリと誘ってくるかのような吸引力。
そう、彼女の姿はいわゆるバニーガールさんだ。
そしてバニーガールと言えば、あそこしかない。
「CASINO。
なるほど、悪くない!! むしろ、破滅にはすごく良いと思う!!
「坊ちゃま、差し出がましいかもしれませんが忠告を。絶対に止めておいた方がいいと思います。取り返しのつかないことになるかと」
「でしょでしょ? シリアもそう思うでしょ? だからこそ良いと思うんだよね僕は!」
「何を仰っているんですか、この坊ちゃまは……」
理解不能といった感じで、表情を渋くさせるシリア。
いいね、シリアからのお墨付きも貰ったことだし。これはもう決まりでしょ!
そうと決まれば、行動は早い。今すぐにでもバニーさんに案内してもらいたいところだけど……浮き足立っていると思われては癪なのでここはあえてトーンは低めで行く。
「バニーさん、大丈夫? 今の僕、夜遊びに関してはちょっとうるさいけど」
「勿論、勿論! 当カジノの設備は一級品です。必ずお客さんには満足頂けると自負しておりますよ!」
「へえ、自信あるわけだ?」
「ええ、あります! それに本当に愉しめるかどうかは、お客さんのココ次第じゃないですかね~?」
バニーさんは強調するようにポンポンと僕の右腕を叩いた。
んんんんん~! なんて僕の琴線を刺激するやり取りなんだ……!
「一体これはなんという茶番ですか、坊ちゃま」
隣の約一名は……うん、まあ気にしたら負けだろう。
「じゃあ、宜しく頼もうかな。バニーさん」
「ふふっ、それでは決まりと言うことで! はーい、二名様ご案内ですぅ~!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるバニーさんの後ろを僕はスキップ感覚で着いていく。
さあ続け、破滅への第一歩が僕を待っている!
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