壊れたオルゴール

立談百景

壊れたオルゴール


 世界中のオルゴールが壊れた。

 ピンは抜け、ゼンマイは空回り、不協和音が鳴り響く。


 職人たちはその度に新しいものをこしらえたが、何度も奏でることなくそれらは壊れてしまう。

 この国にとってオルゴールは唯一の音楽的娯楽だったため、皆は一様にオルゴールが失われることを恐れた。


「こんにちは、職人さん。またオルゴールが壊れてしまったわ。修理してくださる?」


 田舎の村の片隅で修理技師をしている私の元へも、沢山の仕事が舞い込んだ。

 とりわけ、毎日のように訪れてくれるお客さんがいた。


 ――村外れの森の奥に住む、大魔法使いの弟子だ。

 オルゴールの修理は師匠に頼まれたのだと言う。


「いつも悪いわね、職人さん」


 私は引き受けたオルゴールを手際よく修理する。

 その間、弟子は店の待合椅子にかけて、毎度のように私に世間話を求める。


「きょうは暑いわね、職人さん」「今年のお祭りは流行の屋台がくるそうよ」「お師匠様ったら怖くていけないわ、魔法に性格が出ているもの」「職人さんは村の出なの?」「街では想いを伝えるのにオルゴールを添えるのが流行りなんですって。素敵よね」


 他愛もない世間話だ。私も退屈しないですむし、彼女と話すのは嫌いじゃない。


「オルゴールを直してくださる?」

 ある日、私の工房を訪れたのは、弟子ではなく大魔法使いそのひとだった。

「いつもお弟子さんには、お世話になっています」

 帰り際にそう声を掛けると、大魔法使いは「あらそう――こちらこそ、いつもありがとうございます」とだけ言って、オルゴールを受け取り、帰って行った。


 そしてその日から、ぱたりと仕事が減った。

 どうやら国中のオルゴールは壊れなくなったらしい。

 彼女も訪れなくなり、また退屈な日々が続く。


「ごめんなさい、職人さん……」

 何日も経って、しょぼくれた顔で弟子はやってきた。

 なんとオルゴールが壊れていた原因は、彼女が魔法を使ったせいだった。


「あの、私……あなたとお話がしたくて」


 彼女は恥ずかしそうにそう言った。

 ――私は少し、嬉しかった。私も同じように思っていたからだ。


「これを君にあげるよ」と、私は一つの古いオルゴールを差し出した。「古くて少し壊れやすいから、また修理にきてくれるといい。点検だけだって、かまわないよ」


 魔法使いの弟子はそれからも、足繁く店に通ってくれている。

 次は壊れにくいオルゴールを渡せたら、なんてことを私は考えている。

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