第3話 エージェントは風間

 電気カミソリが甲高く唸る

俺はそり残しを見逃さない


 担当エリアには ”政府”から秘密裏にリストアップされいる人物が数人いる

”政府”と言ったが、おそらく”政府”だと思っているだけで、本当ははっきりしていない

それをはっきりさせようとも思っていない


有事に私はターゲットを見張る義務があるということだけは確かで

そういった活動をしていること自体に満足を感じている


 今回、ターゲットの彼女はどうやら一線を超えてしまったようだ

 上から指示があった。指令は”B1022” 簡単に言うと心理的にへこませることを示している。活動を躊躇させろということだ。

しかも、こちらの正体を匂わせても良いというカテゴリーの指令

"組織の力の印象も威圧に使え"

そんな意思が感じられる


彼女に過激派の背景は無い

彼女の情報は掴んでいるが、単なる経済犯でしかない、しかも警察もギリギリ動けない程度のグレー

情報の改ざん、デマの流布、妙な通販サイト、そんなことをやっているようだ

俺達が動く程のものかという疑問はある。社会への影響が大きいとはとても思えない


かわいいものだ、ちょろいミッション

だが、俺は”できる”エージェント。

簡単に思える仕事ほど難しいことは分かっている

今回のケースで言えば、”やり過ぎ”に気を付けないといけない

心理的に追い込んで廃人にしろというのなら、定型のやり方はある

しかし”へこませろ”という微妙なサジ加減。


そんな曖昧な指令でも俺は着々とこなす

できるエージェントとはそういうものだ


 髪をとかした俺は今日も決まっている。

数分の隙もないこのきまった俺のままで人生が終わっても、それはそれで惜しくない。

そんな男だ


そもそも、産業機器メーカーの技術営業職の俺が、なぜこんな裏の顔を持っているのか?

それはスカウトされたからだ。いかにも俺らしい

溢れる才能というものは視覚化されてしまう。これには気を付けなければならない


 俺がこの役割を受けた経緯での特筆されるべき点は、厭世観を持つ若者がピックアップされていたらしいということ。

どうやって調べたんだろうと思う。

機密費で旅行して酒ばっかり飲んでるかと思えば、変なところをちゃんとやってるんだなと感じざるを得ない



 今日会う対象の名は赤池葉奈子という細身の可愛い子。

しかし、俺のクオリティーと比較してどうかと言うとそれはかわいそうだ


某国産車のプロボックスに一人乗る

定番の地味な商用車

全くもって地味な営業職かと言えば、そうでもなく、うちの会社のトライデンスは世に通った高給の会社で、ハードワークの営業が有名だ

高効率・高性能な機器を技術系の企業に売り込んでいる。それが俺の表の顔


ターゲットが勤めている会社の駐車場に着いた

80年前、ここはは日本海軍に付属する飛行場

その跡地に建てた正面玄関ホールは立派で荘厳、見栄えはする

受付のレディーに目線をサービスすると、C棟に促された

C棟は玄関ホールと比べるとかなり落ちて、綺麗な掘っ建て小屋というところか


俺はコロコロで機材を運びながら改めて見回した

こんな掘っ建て小屋だと俺が見立ち過ぎる

今日は仕掛け無し、口先三寸だけでミッションを完遂するとしよう

指定されたミーティングルームの机に行きあたると、中東戦士がカラシニコフを組み立てるより速く、小型のレーザースキャンを組んで準備した

ターゲットの部署に内線電話をかける


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「赤池さん宛てにトライデンスさんがミーティングルームからです」

お局の岩屋女史が電話をまわしてきた

 

「もしもし、本日、猪瀬は体調不良で休みなので、私だけで向かいます。よろしくお願いします」

電話を置くと、葉菜子はしばし考え込んだ----今日は私だけで少し不安---


そんな顔を見て、岩屋は笑いを殺している

「いいじゃないの、トライデンスの風間さんでしょ。超絶イケメンじゃないの」

「まあ、それが救いですかね」

「座敷童みたいな猪瀬さんが居てもぐずぐずしているだけで戦力不足よ。わかってるでしょ、恋の絶好のチャンス」

「何を言っているんですか。座敷童はもっとカワイイんです」

話をはぐらかしたが、葉菜子もまんざらではない。


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 机上のレーザースキャンを前に、俺は赤池葉菜子を待った


 足音が響く。ターゲットが来た

こちらからあいさつ

「こんにちは、お世話になります風間です。本日は前回約束したスキャン条件のたたき台を持ってきました」

「お世話になっています、本日は猪瀬が休みで、赤池だけできました」


「ワークを早速見てみましょう」

細くて長い指でワークを受け取り、いい匂いをさせながらワークをスキャンして簡易モニタに映した

「前回の画像処理カメラよりレーザースキャンの方がいけそうでしょう」

「ノイズが少ないですね」

「レーザーの出力について、このモデルは小出力ですが、必要に応じて強力なものも用意できます。任せてください」

「このぐらいの構成でも十分にノイズの排除ができてますね」


「そして今回、猪瀬さんを排除することにも成功しております」


 葉菜子は目を見開いて顔を上げた

「どういうことですか?」

「私が、猪瀬さんに今日は出社できないように仕掛けをしたのです」

「はっ?何のために? あなたは誰?」


じっと目を見て話す

「今日はあなた、赤池葉菜子さんだけにお願いがあって伺いました」

「どういうことですか」

---告白か!・・・葉菜子は一瞬そう思ったが、すぐにそうでないと感じた---


「なぜ、あなたが私にお願いがあるの?あなたは誰?」

「私は株式会社トライデンスの風間、そしてある組織のエージェントもやっております」

赤池葉菜子は途方に暮れているようだ

「秘密結社に入っているの? ショッカーなの?」

「違う」一番いやなことを言われて強く返した


 芝居か?

一筋縄ではいかないと感じた


赤池葉菜子は開いた目が急に細くなって、俺の全身を見た

「あなたの左手にサイコガンでもあったら、その話も信じますけどね・・・」


俺は顔を上げた

「サイコガンって、古いな。宇宙海賊ですか。そのカトゥーンは僕にはわからないなぁ」

ん、どうした? 急に目をつぶったぞ。寝てるのか


---カチーン------カチーン------カチーン・・・---

葉菜子の心拍数が上がり、コブラの愛好者にして崇拝者の別人格・Hanakoが完全に目が覚めてきた---

「聞き捨てならないなぁ・・・」さっきまでおとなしかった赤池葉菜子は椅子の背にどっかりと体重をかけて反り返った。

 おいおい、これまた人が変わったようだ。情緒不安定か・・・学生時代には苦労しただろうな。かわいそうに


「何かよくわからないけれど、するってーとあなたはコブラに敬意を払えないってことですか」

目が座っている


俺が何か言ってはいけないことを言ったか?

話が進まない。

内容もおかしくなって、さすがの俺も困惑気味だ


目の前の女は不気味な笑みを浮かべた

「私にとっては、あなたの話よりも宇宙海賊コブラの方が現実味があるわけよ」


 とうとう正体を出してきた

今だなと思い、周りに人がいないことを確かめると低い声で切り出した

「今、あなたが行っている活動を止めてほしい」


赤池葉菜子は無表情で前に首を傾げた


俺の問いかけに対する答えがこれか?また寝てるよ。どういう奴だ

心が読めない


---Hanakoは元の眠りの状態に戻り、葉菜子が覚醒した---


にこっと笑ってきた

「・・・何ですか? もう一度言ってください・・・」

「あなたの活動を止めてほしい。それだけです。簡単なことでしょう」


赤池葉菜子は目を閉じて首を傾けた

若いのに首が悪いのか。いや、何かを考えているようにも見える

俺の問いかけに心を揺さぶられているようだ。これでようやくミッションの本筋に戻った


---この人、私の活動をもうやめろと・・・中古グッズショップ・フリーマーケットまわりをやめろと言うの?

個人に踏み込むとは、どういった業者なの

---

葉菜子はきっと顔を上げた

「あなた、その筋のグッズ領域に拡張しようとしているブッ〇オフのまわし者なの?」

俺は口の端を少し上げ、受け流した。とぼけられるのも想定内という所作だ

にらみ合いは数分に及んだ


---個人に直接意見するとは・・・

聞いたことはないけど、反コブラ勢か。いや、そんなものはやっぱり無い

 "活動" について考えるとどうしても1つ思い当たる節がある

ブログには上げたけど、仲間内に評判が悪く、すぐに下げた短編小説のこと

初心に戻って、紙のノートの中で練って日々研鑽している、そんな作品がある

その創作をやめろと言うの?

何の権利で個人の活動を止められるの?

私の愛する私のショートショート、私の愛する物語

---

この女、気持ちが高ぶっている

女の目に浮かんでるものが何なのか、思案を

延々と繰り返していたようだ


赤池葉菜子は急に立ち上がった

「貴方から指図を受ける筋合いはないわ。なんで、貴方は、私の”人類総安楽死計画” をやめろというの?・・・どういう了見なの?」


俺の顔が凍り付いた

いつもきまっている俺の眉毛がへの字になったのを見られただろうか

とんだ大物

そんな恐ろしい計画を、あたかも旅行の計画のようにさらりと言い切る女。

完全なサイコパスだ。

こんな完全体を初めて目の前で見た

それにしても、この現代に、こんなことをすがすがしいまでに言い切るやつがいるのか


俺の精神が突然死しそうで、それでもなんとか生きる道を模索している、

緊張が飽和して緩和していくということなのか・・・この女の、俺を見下ろすポーカーフェイスがカワイイと感じる


俺の担当エリアになぜこんな奴が・・・

上はこいつとの刺し違えまで想定しているのか? 突然に姿を現した破滅の道。

俺としてはそんな破滅だったら本望だとも思える


--------------------


ハンドルを握って思った。

俺のミッションは達成されたのだろうか

俺の方が心理的にへこんだわ


--------------------


「どうだった?風間さんは相変わらずイケメンだった?」岩屋さんはグイグイ聞いてくる

「おかしなことを言ってたなあ。疲れているのか、もともと変なのか」

「恋の病かもね」

「本当の病ですよ、あれは」



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