第2話 閃輝暗点《せんきあんてん》

 2階フロアにある社員食堂、窓辺の一列に2人の文芸好きが並んで座った

同郷の腐れ縁

ここを勝手にカウンター席と名付けて頻繁に利用している

 渡辺が不思議な顔をしていた

「猪瀬、お前、意外に魚を食うのが上手いな」

軽くディスってくる

「俺を不器用だと思っているお前の認識は既にカビが生えているんだよ」

話が進むと、夕飯がいつも長くなる

「固定観念をずっと抱えているといつしか一体となって、抜け出せなくなるんだよな」

妙に素直な客観視だが、理屈っぽくて、イヤダ、イヤダ


しかし、この渡辺は侮れない。なかなかの分析力を持っている

だが、実体としての俺はその先を進んでいた


既に一体化していた固定観念の1つを崩壊させ、1つの貴重な初体験をしていた。


――――

 二日前、ある同僚女性の書いた小説の冒頭の部分を読ませてもらった

仕事で偶然に知り合った若い子だが、文芸好きだと言う

俺の読ませてくれという願いをかなえてくれた

 それはファンタジー小説だった。

高校時代、文芸部女副部長への対抗心からスルーしていたジャンルだ。

俺は読んで眩しささえ感じた。むさ苦しい連中の妙にまとまった文章とは違う、圧倒的な発想の自由。

情熱が躍動していて俺の胸が苦しいぐらい

カワイイと言うしかない文体に俺は “キュン死” した

「お前、今、ニヤっとしたな」

「ショウガが効いたんだよ」

「どんな体質だ」

あの瞬間、俺の中の何かが解凍し、知らなかった世界が脳天から流れ込んできた

固定観念の崩壊だった。

「またニヤついた。おかしいぞ、何かあったのか?」

「初めての体験をしたんだ」

じっと見つめてきた「何を体験した?」

「 ”キュン死” を初めてした」

「・・気持ち悪っ・・」

不気味な笑顔は不気味な笑顔で返された。


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白けた空気が数分流れ、二人の頭から余分な血が引けた


「渡辺も知っているだろ赤池葉菜子。ちょっとカワイイ子」

「分るわ、お前と同じ課の子だろ」

「あの子の書いたファンタジーを読んだんだけど、子供の頃の情熱を呼び覚まされたんだな」

青臭いことを言う猪瀬は少しだけ男前だ


そんな時、渡辺はまた変な顔をした。

「お前、顔面がギザギザだぞ。おかしな奴だ」


「ギザギザって、そう言うならお前もだ」

目の前を無数の光る点がギザギザに波打ち、移動している

渡辺は目をつぶり頭を抱え絞り出した

「これは、前のパワハラ部署にいた時に発症したことがある 閃輝暗点せんきあんてんだ...」

「ギャー、ギャー」猪瀬の叫びが響く

「うるさい、てめー猪瀬、恥ずかしいだろ」


「だって、俺の腕時計の針がぐるぐる回っている」

「なにー」


2人は頭を抱え、目をつぶって10分程おとなしくしていた。声が出なかったのだ


ようやく渡辺が頭を上げ、窓の外の道を見た。

「猪瀬、あの車を見ろよ。室内からこちらに何かを向けているぞ」

「ぼんやり青白く光っている。あっ光が消えた。発進した。北に向かっている」


二人は顔を見合わせた。

「治ったか、猪瀬?・・・閃輝暗点は血流の変化によって脳の視覚野が狂い、勝手に光のギザギザが見えるんだ」

「二人共になるっておかしいじゃないか」

「そうだな・・どういうことなんだ」


「それにしても、赤池さんカワイイな」

「猪瀬、お前の回復力はすごいな、回復なのか精神破壊の果てなのか・・・

それとも精神がザル構造か。いや、おそらく一枚の板状の精神がくるくる回っているんだ」

「渡辺らしくない表現だ、精神がザルって何だ? 板状って?」

「突き当たった問題に対し、正面から当たらず、瞬時に問題の存在を忘れてしまうという、

痴ほうのダチョウと同等ってことだ」


二人でまた頭を抱えた


「渡辺・・・お互いに、ダメージが深刻ということだけは理解したよ」

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