20話「理由」
「世界を公にするって、そんな良くないことなの?」
ストローから唇を離して、繋(けい)は尋ねた。
「ええ、それをきっかけに数え切れないほど大勢の覚醒者が誕生するわ」
「……よくない?」
「いい気はしないよ」
「世界が今より普及すれば、色んなことが手軽にできるようになるよね、でもそれは、世界が正しくコントロールできればの話だよ」
「悪用される可能性の方が高いって、
「もちろん悪用もありえるよ。
それはきっと、
「というと、なんなんだ?」
「例えば私達が使ってる空飛ぶ箒があるでしょ? あれが普及したらどうなると思う?」
「大勢の人が箒で空を飛ぶようになれば、飛行機に乗らなくても海を越えられるようになるだろうね」
「空の交通網を整備する必要が生まれそうね、大量の荷物は運ぶには飛行機が不可欠でしょうから」
「少なくとも今空港で働いている人の多くは職を失うことになるよね、そしてそれは空港に限ったことじゃなくって、似たようなことが色んな業界で起こり始めるの」
「でもそれって、言いかえるなら今はない職業も生まれるかもってことだよね?」
私も含め、みんなの視線が
「え? なに? なんか違った?」
「うんん。その通り。でも要はそういうことが起こってしまう。世界なんていう特殊な存在は、些細なことから拡散され、その特異性から急速に普及する。急激に回り出す社会に一体、どれだけ多くの人が巻き込まれ、振り落とされるのか、考えただけでも恐ろしいよ」
「わりぃ、つまりどういうことだ?」
「簡単にいうと、たくさんの覚醒者が生まれて、今までの常識が覆ってしまうの。世界を悪用し暴力沙汰を起こす人、技術革新を生み出す人、仕事を失う人、新たな価値を生み出す人。世界規模かつ短時間でそんなことが起こり、数え切れないほど多くの人の生活に大きな影響を与えてしまう」
仕事を失ったり、路頭に迷う程度であればまだマシかもしれない。本当に恐ろしいのは今まで起こりえなかった。大規模な犯罪さえ起こせること。そして世界を持つ持たないで世界を二分してしまうことだ。
その様を一言で表すのなら、苦しくも私だってその言葉を使うよ。
———混乱。まさしくカオスだろう。
「私の日記に書かれているのも、おおよそその通りね。補足するなら、きっと
「世界を上手く活用して、より過ごしやすい世界にするには、世界を公にする方法も入念に計画を立てないといけない。
「いいえ、日記を読む限り、もともと彼にその気が無いように思えるわ。世界のことなんかまったく気にかけていないの」
「ならなぜあの人は世界を公にしようとしているのよ?」
「それだけは、何度未来を見てみてもわからなかったわ」
未来の日記を読んだ
2回目以降は、望まない未来を回避するために行動できるはずなんだ。
その
いや、私でもここまで辿り着けるんだ、
「言ってしまえば、私も
どういうこと? なんて、聞く必要もなく
「彼が世界を公にしてから
日記が途絶えるその意味を、改めて尋ねる必要なんてないだろう。
「それってつまり……」
誰一人として、
これらが点でバラバラだということはまずない。
この結論に至るまでが長すぎたかもしれない。
「直接的な原因が彼なのか、それとも彼の計画で覚醒した何者かによるものなのかは、わかっていないのだけれどね」
「そんなんもう関係ねぇ、アイツの計画とやらを止める。ここまで聞かされたんだ、理由は十分だろ」
言ってから、コーヒーを豪快に
コップの中は、それだけで空っぽだ。
「まぁ、そうなるよねー」
この話が持ち上がった時点で、いや、このテーブルに着いた時、もっと言えばきっと、
「で、具体的には?」
「まずは情報が欲しい」
なら最初から私で、べつにいいよね。
「
アカシックレコードを具現化してもらう必要もあるし、そこから必要な情報と未来がわかれば、
「いいんじゃねぇか? 止めるつっても、ヤツの計画を一時的に食い止めるだけじゃ意味がねぇ。やるなら根本から絶つ。そうなればそこからだろう」
「その通りだけれど、
足元に置いていた鞄からノートを一冊取り出して、テーブルの上で見開きにする。
「今日この日のちょうど今、
みんなノートに視線を向ける中、一人優雅にホットコーヒーを口に運ぶ。
「
「お、おう」
返事して立ち上がり、八階のリビングまで軽く飛び上がった。
10秒もなく戻って来た彼の手には、ノートが握られている。直近でやり取りをしていたあのノートだ。
「来てた?」
「まだ見てない」
席に着いてノートを開き、テーブルの上に乗せた。
「マジみたいだな、情報屋廃業のお知らせが書かれてる」
「待って、それじゃあアカシックレコードの具現化もなしってこと?」
「日記によるとそうらしいわ」
日記を指差しながら「ちょうどここに書かれているわ」っと、
アイスコーヒーを飲みながらその様子を見ていたけれど、どうにもわからない。
日記には、今までのやり取りも記載されてるはず。ならここでの最善策は、
先にそれを言ってくれていれば、後手に回る必要は———
「幸せとは何かしら?」
これまでの脈絡全てを断ち切って、それは唐突に私の前に現れた。
「……なに? 急に?」
「貴方が思っていることの答えよ、私達が
やっぱりその上でってことね。
「本屋の娘であった彼女は、幼い頃から多くの本を読んで育った。絵本、小説、雑誌、文集、詩集、歴史書、啓発本、哲学書、論文。それらが彼女の世界を本へと変え、それによりさらに多くの本を閲覧できるようになった。多くの本に触れてきたからこそ、その中に埋もれてわからなくなってしまったの。彼女にとっての、幸せがなんなのか」
幸せとは何か、それが
「お金でも他人でも仕事でもない本当に欲しいもの、それがわからなかった。だから他人と関わることで多種多様な幸せの形を探し、それを自分にあてはめる。そのために情報屋をやっていたの。それを知った
仮に私達も
なら最初からそれを提案する必要はない。そういうことか。
「
「そう……しよっか」
現状を考えれば、
わかっているんだけど、言葉がすんなり出ていかなかったのは、結局は変わっていなかったからだ。
覚醒したところで、未来を知っている彼女の方が一枚上手。
そんな至極当然のことさえ、納得できない私がいたんだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「
扉を開け放つ大きな音にさえ、
慌てる様子の少女を一瞥して、手元のモニターに視線が戻る。
「
「動いたのよ!
男は口が開くよりも先に、力強い目を見開いた。
「本当か?」
「ええ、彼女を現金化する必然、それがなくなったわ」
それはつまり、第三者の世界による干渉。
「なくなったのはそれだけか?」
「いいえ、今日から4日以降に起こる全て必然が消えているの」
必然のリストに必然が記されない。
そんな必然があるとでも言うのだろうか。
「なに? 一番最後の項目には、何が書かれてるんだ?」
「
「やはりこの件のキーマンはアイツだな」
その事実が指し示すのは、
「
「いいえ、つい今し方来た知らせがあるわ。
質グループの情報力をもってすれば、
だが、問題はすでにそこではなくなっていた。
「どうするのかしら?」
「……ようやく本格的に動き出したってことだろうな」
呟いて、パソコンからタブレットへと視線を移し替える。
「
「ええ、わかったわ」
「ようやくだ……ようやく。ようやく面白くなってきたじゃねーか」
久しぶりに胸の高鳴りを感じていた。
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