7話「欺瞞VSデータ」
「完成品は一つさ、700以上のパーツからなるけどね」
「パーツ?」
「──できた!」
白い光が霧散して、
「2PW」
「やっぱりそれか……」
「それ、本物……?」
「ん! 46口径!」
別に口径のサイズは聞いてないよ。そんな愛くるしい笑顔でなんて物騒なものを握りしめているのだろう。
片手に収まるその拳銃には、丁寧にサプレッサーまで付いている。
「
「ん!!」
すごく意外だ。こんなふわふわしてる子がなぜそんな殺伐としたものを好んで、それを作れる世界に目覚めているのか。
「一応訂正しておくけど、
「ん? あー、推しの名前の拳銃ってこと?」
「ふんふん!」
すごく激しく首を横に振ってる。
え、なに、違うの。
「PWって名前のラッパーがいるらしいんだけど、その人のリリースした楽曲の一つに46口径っていうのがあって、そのオマージュがその拳銃ってところだね」
「ふんふんふん!!」
髪が波打つくらい大きく頷いている。
ラッパーについて詳しくはないんだけど、でもやっぱり、私がイメージしてた
「PW46口径!」
そのオマージュを成就させるためだけに、あんな複雑そうなソースコードを書いたのには、びっくりだよ。
「そ、そう。すごいね、
「……いる?」
ちょこっと上目なのがすごく可愛いんだけど、拳銃を貰うわけにはいかないって。
「いや、いい」
「まだある、よ?」
ポシェットをチラッと覗かせると、あのボトルがまだ6本もある。
「何丁作る気なのさ」
「練習……早く作る」
それって、世界も使えば使うほど上達するってこと?
やってることはほんと物騒なんだけどさ。
「さっきの速さだと実践には向かないからね」
実戦って。何も戦うわけじゃないんだから。
「それに、前も言ったけど、
今まで通り?
まさかとは思ったけれど、このまま話を進めるわけにはいかないくらい、引っかかってしまった。
「いや、ちょっと待って。みんな、もしかしてそういうこと、する感じなの?」
「そう言うことっていうのは、どう言うことかな?」
「い、いや、戦ったり。とか……」
「時折ね。こっちにその気はなくても、降りかかる火の粉からは身を守れないと」
運動とか無理なんだけど。っていうかそもそも聞いてないよ、そんな話。
人撃ったり刺したりとか、スプラッター系も苦手なんだけど。
「……守りたい……みんなのこと」
「気持ちは嬉しいけど、
「で、でも!」
ぎゅっと拳銃を握る手に力が入った。
「また来たってことは何か変わったってことなのかな……とりあえずやってみてからにしようか」
「ふん!」
やるってまさか、模擬戦を?
そうと決まればと、箒を片手に窓から飛び降りる二人。他に答えはなさそうだった。
高校生。夏休み。森と川。そう来れば間違いなくキャンプが思い浮かぶ。はずなのに。
「じゃあ、始めようか」
いくらサプレッサーがあるとはいえ音が完全に消えるわけじゃないらしい。
廃墟周辺もそれなりに町から近いってこともあって、わざわざこのためだけにこんな自然の豊かなところまで来るとは思わなかったよ。
「ちょっと待って! まさか実弾じゃないよね? 怪我とかやめてよ? ほんと」
「むー」
頬膨らませるの可愛いけど、ダメなものはダメだよ、
「僕は別に気にしないんだけど」
「私が気にするの! 模擬戦くらいなら実弾にする必要もないでしょ!」
「
「実弾って当たったら怪我じゃ済まないでしょ!? ついてきて正解だったよ!」
気は進まないんだけど、実際どんな風に戦うのか見ておきたいし。かといって危険なことはしてほしくない。
なにか、心のどこかですごく釈然としない自分がいた。
「それじゃっ、気を取り直して。ルールは、ペイント弾で先に相手の服を汚した方が勝ち。それでいいね?」
「うん」
川を挟み二人が睨み合って、急に場が静まり返る。
辺りに溢れる自然の音は心地よいはずなのに、嫌な感覚がする。
沈黙は、ほんの数秒だった。
それを皮切りに、一歩踏み出したのは
銃を持った
躊躇いなく引き金が引かれて、見ていられなくなって顔を逸らした。
飛び出した球は実弾ではないにしても、目には見えないくらい早い。当然、避けられるはずなどない。
ころんと音がして、ゆっくりと顔を上げる。
ペイント弾の
外れようがなかった。それでも、
「どういうこと?」
私には何もわからなかったけれど、
すぐに次の行動に移る。
まだ一度しか撃ってないはずのマガジンを取り出して、
「ちぇんじ」
それが
「時間差処理!?」
銃弾のダメージは無くとも、鉄板に押し潰されると話は別みたい。
慌てて回避しようとするも、
「
しかし直後、鉄板はサクサクと音を立てながら半分に割れる。
押し潰される直前、
「あれで無事なの……」
わかってはいた事だけど、想像よりずっと驚きの連続だ。
驚いていた私の背後から、突然に銃声が鳴ってそれにまた驚いた。
が、それでもだ。
確実に
「どういう事?」
なら、
干渉が早いとしても何かしらの形で対象を認識する必要はあるはず。まず考えられるのは、見ること。
見てから世界で何か別のものに変えている可能性。だとしても、あの速さの銃弾はそもそも見ることなんてできない。それに、さっきの一発は完全に背後からだった。干渉が早いとか以前の問題だ。
あの原因を特定しない限り、
背中に一発受けた後すぐ、
「ちょ!」
私一人取り残されてしまった。けれど、それも数秒。
そこにもう一人現れる人影は
二人とも
「この前よりだいぶ動けるようになってるね、
最高到達点まで上がった
二人の距離が徐々に縮まっていた。
「……撃たないの?」
落下するだけの
「それで済むなら最初からそうしてるさ」
拳銃一つに大抵の人は敵わない。けれど、世界があれば拳銃一つ程度ではどうすることも出来ない。なんと皮肉な。
この状況でも
「わかってた?」
あの状況でも
同時に、拳銃を真上に投げ上げるとそれが大きな鉄板に変化する。
「弾が通らないのは緩衝材。元は空気」
「ご名答」
そっか、
「
「反発係数、いんくりーす」
そう呟いてポシェットから何事もないように、拳銃を一丁取り出した。
「なるほど、すごく強力なトランポリンみたいなものかな」
通常、物と物が衝突すると、衝突後のスピードはその前よりも遅くなる。けれど
物体の性質もエネルギーを保存する法則も、書き変えられるというらしい。びっくりだよ、ほんと。
「そして今、僕は二択を迫られているわけだね」
額に向けられた拳銃。その球を防ぐには空気を緩衝材にする必要があるけれど、それをすると上から降ってくる鉄板に押し潰される。当然鉄板に干渉すれば球を防げない。ということかな。
「でも、それは二つの前提がなきゃ成立しないよ、僕の世界が二つ同時に干渉できないこと、そしてこの場から離れないこと」
今の
「……ずっと、考えてた」
神妙な面持ちで切り出すと、
響き渡る銃声。狙いは左手の枝だった。
「あじゃすと」
が、もはや当然。それが枝にあたる前で見えない干渉材に阻まれる。
「そうはさせないよ」
が、次の瞬間に形勢が逆転する。
「も、燃えてる!」
干渉材が、傍から見ればなにもない空間が、突然発火し煙が上がり始めた。
「これも時間差処理、かな」
マガジンを鉄板に変えた時、おそらく干渉を始めてから特定の時間が経過した時点でマガジンの大きさや硬さ、重さなんかの変化が終了するように世界を使ったはず。それと同様に、あの拳銃から打ち出されえた弾も、特定の時間が経過した時点で、何かしらのデータの書き変えが終了するように計算されていたはずだ。
そのデータはきっと、
「──自然発火点」
文字通り物体が自然発火する温度。最低でも今の外気温より低くなるように干渉することで、着弾後自然に発火したのだろう。
撃った相手を燃やし尽くす拳銃なんて、アニメやゲームなんかで見るような銃弾だと思っていたのに。
そして、その瞬間だった。
二人と一枚の鉄板が、空から目の前の浅い川辺に落下してきた。
地面が軽く揺れると同時に発砲音。そして高い水しぶきが上がった。
雨の様に降り注ぐ水しぶきのその向こうに、一枚の鉄板を見下ろして佇む
「……勝負あり、だね」
声は、
よく見ると鉄板が真っ二つに割られていて、間から重たい体を起こす
燃えていた木の枝も、今は鉄板の下だろう。
ゆっくりと歩き出した
「チェックメイトだよ、
「
川の水を全身に受けて濡れながら、目はいつもと変わらない優しい目つき。そのまま照準を外すことなくこちらを向いた
「なにが……あったの?」
「これだよ」
そういって徐に上げた右腕を、さっと振り下ろす。たったそれだけの動作で、鉄板がものの見事に両断される。
「風も刀に変えられるんだ。これくらい、指一本動かせれば切れるよ」
「着地は!? あの枝、燃えてたでしょ!?」
「何か勘違いしているみたいだけど、世界は対象を何かしらの形で認知できれば干渉できる。一番早いのは視認かな。対象の位置なんかを正確に演算できて、ある程度の練度があれば、大抵の干渉は難しくないんだよ。そして僕は、まだ同時に二つの対象に干渉はできない。だから、鉄板を斬り、銃弾を防ぎ、地面をクッション材に変換する。これらを一つずつ順番に干渉しただけさ」
つまり、落ちる寸前に鉄板を真っ二つにして回避し、
「
「拘束させてもらってる。手足の周りの空気をコンクリートに変えてあるんだ」
「なにそれ……」
これが世界。もう、常軌を逸脱している。
これが人にできることなの。
「そんなのもう、最初からこうすればよかったんじゃん」
「
ダメだ。もう訳がわからない。なにもしていないはずなのに、どっと力が抜けてその場に座り込む。
「大丈夫?」
「……ダメかも」
こんな戦い、一般人が関わっちゃいけないやつだよ。
「もうお昼も過ぎたし、帰って昼食にしないかい? 詳しい話は帰ってから話すよ」
なんというかもう、たくさんだった。
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