6話「Local int I」
男は弁を振るっていた。
正しさとは何か、誠実とは何か。世のため人のためとはどういうことか。
されど男に注がれる視線はそう、温かいものではなかった。
声は低く、顔は凛々しく、立派なオーダーメイドのスーツに身を包んだ彼だが、立っている世界から見ればまだ若手。
齢30を超えていたとしても、国会議員としては白い目で見られることの方が多かった。
発言を終えた彼が、席に戻ったその途端だった。
「お疲れ、
「ありがとう」
彼は差し出されたペットボトルを受け取ると、すぐさまその封を切った。手渡したのは私服姿の少女。
議会の最中は大勢の議員が集まっている。とは言え年端も行かない少女が議員の元へ赴き、話かけることなど普通はできない。
「
「そっ。
可愛らしく微笑んだ彼女はつまるところ、そう。普通ではない。
「それといつも言ってるけど、苗字で呼ぶの止めてってば、私のことは名前で
「心にとめておこう。それはそうと今回も、
本来なら正しい行いだとしても、
「そうだろうねー」
「先に成果を確認しに行くこととしよう、さて──」
「飛行機は二日後の朝。予約済みだよ、空いてるでしょ? どうせ」
胸ポケットから手帳を取り出そうとした
「いつの間に僕のスケジュールを確認したのかな?」
「してないけどこれ、確定ね」
家柄に恵まれた
「まさか、この年で仮病に頼ることになるとはね」
スケジュール帳に敷き詰められた予定を、豪快に二本の線が貫いた。
「今度、仮病の覚醒者でも探そっか?」
「それはいいアイディアだね、そういうことなら喜んで時間を作ろう」
✳︎ ✳︎ ✳︎
切り取られた狭い空には、雲がいくつか漂っている。
まだ10時前なんだけど、廃墟には私と
私が黒板のある部屋に着いた時には
まず向かう場所は決めていた。いつもアジトの外を見て気になっていたところだ。
足元に広がる緑の芝生。少し荒れて長さもばらばらになっているけれど、この程度なら気にはならない。
「っんー」
そう、この廃墟には中庭があるのだ。
足を踏み入れて、思いっきり体を伸ばした。
街からさほど離れてはいないのに、この廃墟にはほとんど雑音が入ってこない。想像通りとても居心地のいい場所だ。
「いい気分ー」
「やあ、
「あ、
先客がいたみたいだ。
「僕に何か用事かい?」
「いや、いつもの部屋に誰もいなかったから、ただ中を歩きまわっていたの」
「そういえば、まだちゃんと中を案内していなかったね」
そういうところ、みんな結構ルーズだから困ることも多い。でも縛られない自由な雰囲気は割と気に入っているから、不満はなかった。
「建物自体は結構大きいんだけど、部屋として使えるところは数か所しかなくてね、特に用がないけどアジトに来るときは、みんな大抵決まった場所にいることが多いんだ」
それでさっきのセリフか。
「今ざっくり説明しちゃうけど、」
徐に指をさしたのは8階の一部屋。そこは私でも分かる。みんながいつも集まっているあの部屋だ。
「あそこが基本みんなが集まるところ。リビングって言うことが多いかな」
「そのまんまだね」
廃墟だから仕方ないけど、窓が抜け落ちたままになってるのはちょっと開放感が強すぎる。
「面倒なんだけど、アジトに来たらまずはリビングに行って、黒板にネームプレートを貼る決まりになってるんだ。それで誰がいるかわかるようにしてる。遅れるとか来ないとかも分かってれば、黒板に書かれてたりするね」
そこまでは知ってる。だから今日、上に誰もいなかったけど、
「さっき見てきたよ、知らないうちに私のネームプレートまであったのはびっくりしたけど」
それに、プレートのデザインが絵の具で使うパレットだった。たぶんだけど、
「あれは
4階のどこって思ったけど、「4階には入れる部屋が一つしかないから、すぐわかると思う」っとあっさりすごいことを言った。
それ一部屋以外崩れてるってこと?
大丈夫なの、この建物。
「今度寄ってみよっかな」
「あと今いるのは
「僕は基本、中庭にいるかな。あの木陰で昼寝したり食事したり、読書なんかをして過ごしてる」
なんかおしゃれな生活してるな。
「あと、
「そうなんだ、ありがと」
どこの部屋が空いてるのか、まずは調べてみないと。
「今日は
好きか。そういわれると何をしようか迷ってしまうな。
あ、そういえば
「あ、ならさ、
「それが僕に答えられることなら」
「
「詳しいといっても、世界についての論文や実験レポートなんかがあるわけじゃないから、あくまでも僕の個人的な見解や推理でしかないけどね」
「それでもいいよ、せっかくだから色々知っておきたいの」
「それで良ければいくらでも話すよ。僕としても
ソファーがあるということで、リビングに向かうことになった。建物に立て掛けてあった空飛ぶ竹箒に乗って、中庭から8階へと上がっていく。
ガラスの抜け落ちた窓から室内に入って、壁に箒を立てかけた。便利だね、これ。
「ちょっと待ってて、
リビングの隣の部屋はいわゆるダイニング。冷蔵庫やキッチンがある。こんな廃墟に水も電気もガスも通っているのがいまだに不思議ではあるけど。
颯爽と紅茶を入れにリビングをあとにした
「おつかれ」
「うん、
「となり。いっ?」
「うん」
ソファーの奥に詰めて、一人分を空けると
今日も
「おまたせ、じゃあ、早速──って、
「ん」
「そっか、せっかくだからもう一杯入れてくるよ」
足の短いテーブルにカップ二つを置いた
「うんん」
急な展開だ。
まったく思いもよらなかった。
後頭部に照準が合わさった狙撃銃。真っ白で綺麗な髪を靡かせながら彼女、
「やろ?
どことなくうっとりというか、おっとりしているいつもの雰囲気のまま、
いつ、それにどこからなんのために取り出したのかもわからないそれを、可愛らしくぎゅっと握りしめている。
「今から世界について
「……借りていい?」
照準を一切乱さないまま顔だけが私に向いた。借りるって
断ったら撃たれたりするのだろうか。
「え、えっと……」
まさかこんなことになるとは。
私はただ、
世間話ではないにしても、狙撃銃に出番が回ってくるような話がしたかったわけじゃなかったのに。
「さて、どうしようか」
「あっ、違った」
可愛らしい仕草で、狙撃銃を放り投げると、小脇に抱えたポーチから何かを取り出す。
少しの振動でシャカシャカとなるそれを見て、すべてを理解した。
「……なんだ、エアガンなのね、それ」
ほっと胸をなでおろす。
それが純白で、あまつさえフリルの入ったバックから出てくるとは思わなかったけれど、今となってはそう大事なことでもない。
———そう、思っていた。
「いや、違うんだ、
世界という特殊な力がある。そして
まさかあのエアガンを
「まさか
「僕じゃないよ! あれは
「———おいで」
ボトルを握ったまま手を差し出して、途端に
「ゆーじんぐしすてむ、これくしょんず。ぱぶりっくくらす、めいくぴーだぶりゅー」
英語? にしては文法がよくわからない。でも世界を使っているのは間違いないはず。
「———いんすたんす、ろーかるいんとあい」
「ね、ねぇ、
「
「このまま? 何してるのさ?」
今もまだ、白い光を発したまま、何か呟いてる。
「ソースコードを処理してるんだよ」
「ソースコードって、プログラミング?
「そうなんだけどね。たとえば、A4の紙一枚をダイヤに変える時、
「へ、へぇー……
だから寸法にばらつきが少ない上持ち運びやすいBB弾ってこと?
いや、待って。あのボトル一杯だったよ?
「って、そもそも何を何個作るつもりなのさ?」
「完成品は一つさ、700以上のパーツからなるけどね」
「パーツ?」
「──できた!」
白い光が霧散して、
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