プロローグ3 「シンガー女優ライター」
「これからどうするの?」
来た時と同じ、私と
「私たちの仕事はこれでおしまい。あとはみんながやってくれるだろうけど、とりあえず合流しよっか」
「そもそもの話なんだけど、ビル買ってどうするつもり?」
「どうするって、壊すの」
「え?」
ちょっと待って。
「崩壊させてその瓦礫から、
それじゃあ私達は、ただ壊すためだけのビルに人生賭けたことになるわけ!?
冷静に考えてみると、とんでもない取引をしてしまったかもしれない。
ただそれでも
言ってくれるよね? 多分。
「あれ? それって普通に
「あー大丈夫、死体は
「いや、無理あるでしょ? 偽装って言ったって同じ人物でもない限り簡単にわかるんじゃないの?」
「そりゃあね、でも普通の偽装じゃないのよ、
「ん?」
何かがおかしい。さっきの
「世界で作れるの?」
「そう、世界は見るもんじゃないの。塗り変えていくものだから。でもそこら辺の話、詳しくは
世界を塗り変える!
なにそれカッコいい。
「
「
つまり、ただの石ころから
「でも、普通するよね? DNA鑑定とか司法解剖とか」
「うん。だからまぁ、いずれはバレちゃうかもね。外見は作れても中身まで詳しくは再現できないだろうし。一応こう、ある程度、ばらばらぐちゃぐちゃにはしておくど」
それってなに? スラっと言ってるけど、原型とどめてないよね?
いや、すごく考えたくないや。
「それにアリバイも作る予定だし」
「アリバイ?」
「そ。昼間の会見を受けて、今日の間はテレビ局の人間が事務所と
なるほど、敢えて目撃者を作った上でビルを崩壊。そこから見つかった本人そっくりな偽装死体。信憑性も増すだろうね。
まだちょっと話しただけだけど、
「ちなみにだけど、ビルを壊すのはリーダーの世界。腕力とか脚力とかを塗り変えるから、人間離れした動きばっかでびっくりするよ。でも今回に限ってはリーダーは必要ないかもだけど」
あの脚力はやっぱりそういうことね。
でも
「クレーンでも用意してるの?」
「クレーンって、ウケる。夜にそれはできないでしょ。それにあんな高い建物を無計画に壊すのは危ないでしょ?
「なにそれ? いよいよ意味がわからないんだけど」
「
見えるって言うか、完全に箒だ。
「でもこれ、実はジェット機なんよ」
いや、無理があるでしょ。って思ってたんだけど、「だから今、穂先触っちゃだめだよ? 吹き飛ばされて手無くなっちゃうから」なんてさらっと怖いこと言われた。ていうか、言うの遅くない?
「こんな感じで、見た目はそのもののままだけど、中身を全然違うものにできるの」
今ちょっと聞いただけでもわかる。そんな世界を持ってるなら、お金も簡単に稼げるだろうし、そんな人材普通は欲しい。
「そういえば、
「あー。会見で言ってたのは、言葉の世界。けど、どんな世界が見えてどう世界を塗り変えられるのかは、本人に聞いた方がいいかも」
「ふーん」
今朝の自分いや、夕暮れの空を眺めていた自分だって、その日のうちに箒で空を飛ぶなんて思ってもなかったよ。
随分違う世界に来たなと、改めて思った。
ほんと文字通り、住む世界が変わったみたいだ。
「
「リーダーだもん、大丈夫だよ」
「そう、だよね」
地上で眺めているだけのはずだった空を、私は
✳︎ ✳︎ ✳︎
はじめは、こんこんこんって、鳴った窓からでした。
時間は夜だったし、私の部屋は6階。おばけとか幽霊とかかなって思って、怖かった。
「おーい、いるんだろー?」
カーテンを開ける決心がついたのは、そんな明るい声が聞こえてからでした。
「よっ、お前が
「え? なっ、なんで私を……?」
「なんでって、有名人だろ、お前」
「あ。そっか」
そういえばテレビに出たこともあるし、今ニュースにも取り上げられているんだった。
そんなこと気にもとめないくらい、私の世界はもう、ずっと暗闇の中にありました。
「大丈夫か? お前」
「え? あ、いや———」
「あーわり、大丈夫じゃないから助けに来たんだったな」
助けに来た?
この人が何を言っているのか、まったくわかりませんでした。
「さ、行くぞ? 終わらせるんだ、わけわかんねぇくらいくだらない世界を」
くだらない世界。
彼はいとも簡単に、世界なんてくだらないと言って、手を差し出しました。
どんな過去があったそう思えるのか、私にはわからないけれど、それは彼にとっては、の話です。
私にとっては違う。だって他にない、大切な世界なの。
「行かないよ……私は、今の世界が大切なの」
「は? その世界が嫌だったから、助けを求めたんだろ?」
助け? 別にそんなの、求めてない。
「そ、そんなの求めてないよ。だいたい、今さっき会ったばっかりの貴方が、私のことなんてなんにもわかんないでしょ?」
なんでだろう。
普段、面と向かってこんなこと誰にも言えないのに。
自分でも驚いてしまうくらいに辛辣な言葉が、すんなりと喉を通っていました。
「——知ってるよ。全部」
「え……?」
「
「……」
「なぁ、教えてくれことは。お前はなんだ? タレントか? それとも女優か? 違うだろ! シンガーソングライターだ! 歌を歌いたくてギターを持ったんだろ!? 言葉を届けたくて歌詞を書いたんじゃなかったのかよ!? この世界のどこが! くだらなくねぇーんだよ……」
投げつける言葉にも、ちょっとだけ潤んだ瞳にも、力が一杯こもっていました。
なんでこの人。そんなことまで知ってるの?
なんで今日初めて会った私に、そんな表情を見せられるの?
「……それでも、」
知りようがないけれど、私は———
「それでも私は……今の世界が大事なの! 歌を歌いたかったよ! ギターを弾きたかったよ! 歌詞を褒めてもらえて、嬉しかったよ…………」
それは嘘じゃない、ほんと、泣きそうなほど嬉しかった。
「でも! 誰かにそう、言ってもらえるようになるまでだって、すごく辛かったんだよ……?」
ギターを初めて持ったのは小学3年生の時でした。
趣味でギターを弾いていたおかあさんの影響で、私もギターを始めました。
いつかはギターを持ってステージに上がって、大勢の人の前で歌を歌いたい!
そんな風に思っていた時期が私にもあったんです。だから頑張ってギターも歌も練習したし、作詞だって手を抜きませんでした。
デビューまで7年。ずっとギターと向き合って、歌詞を書いて、歌を歌って、どうしたら声が届くのか、歌を聴いてもらえるのか、ひたすらに考えました。
でもそれは、なんてことありません。どこの誰にでもある、普通の話だったんです。
だって、努力は必ず報われるわけではないが、努力してる人間にしか報いはない。
夜のアーケード街で弾き語りをしていた中学1年の時、偶然通りがかった事務所の人間に声をかけられました。
当時の私は、自分を後者だと思っていました。努力してきたから報われたのだと。
———でも、現実は違った。
買われたのは、歌ではなかった。
声ではなかった。
ギターでも、音作りでも、歌唱力でも作曲でもセンスでもなく、ひたすらに磨いてきた作詞でさえなかった。
それを知った時、ようやく気がついたんです。
私は前者、努力をしても報われない側にいたのだと。
それからは考え方も何もかも変わりました。
願っても、
ある意味これでも、間違いじゃない。
そう、思うようにしたんです。
「この世界を失ったら、私には何も残らないの、だから、行けないよ……」
「俺にはお前の苦労なんかわからねぇ。でもこの世界はなんでか、好きなこと、やりたいことをやってても辛くなる。それはわかってるつもりだ。だから、もう一回しか聞かねぇよ———お前はもう、音楽はしないんだな?」
すごく胸に突き刺さる言い方。
ずるいよ。そんなの。
「……貴方は、その。私の歌聞いたことあるの?」
「あたりまえだ」
「そっか……」
「別にお前がタレントしながら音楽をやるって言うならそれでも構わねぇよ。それも一つの選択だ、でも、それが出来なかったから苦しかったんだろ?」
ほんと、その通り。
裏表がないからでしょう、彼の言葉はすっと胸に入ってきました。
「ねぇ、貴方は私に歌って欲しい? 私の歌に価値があると思う?」
それは彼に決めてもらうことじゃない。それくらいわかっていました。
それでも、
「俺からすれば、誰が何を歌おうと知ったこっちゃねーよ。でも、歌は気持ちを楽にしてくれる、それだけだ」
「ちょっとは……褒めて欲しかったな」
彼はやっぱりとても強い。私はそんなに強くなれる自信がない。
私が彼みたいに強かったなら、オーナーを説得できたのかな。実際の私は事の大きさに足がすくんで、ずっとここに閉じこもっているだけ。臆病なんです。
「お前が迷ってるのは自信がないからだ。歌と向き合って行く自信がな」
そんな簡単に言わないでよ。
望んだ形じゃないかもしれない。それでも、掴み取ったことには変わらない。
そう思ったっていいでしょ?
間違いではないでしょ?
その世界を、簡単には捨てられないよ。
「別にそんなの無くたっていいだろ?」
「ぇ?」
「くだらねぇよ。そうしたいなら止めないが、苦しかったら休め。辛いなら頼れ。疲れた時、支えるくらいはしてやるよ」
驚いて、いました。
壁にかけた時計。秒針が三度時を刻むまで、次の言葉も出てきませんでした。
「……いいのかな?」
「別に一人で抱え込む必要もないだろ、俺はそうやってここまで来たし、お前が望むなら仲間にもなれる」
「ほ、ほんと?」
「ああ、だから終わりにしようぜ、こんな退屈な世界」
そうなれるならそうしたいよ。
どのみち、もうあの事務所にはいられないでしょう。
でも本当に、そんなことができるのでしょうか。
「その手を取ったら、なんとかなるの? この状況からでも」
「そのために来たからな」
部屋を照らす照明なんかより、ずっと明るく微笑む彼を見ていたら、なんだか気持ちがとても軽くなっていました。
全部を吐き出して、ありのままをぶつけてもらって、少しだけ救われた気がしたんです。
「……お願いしていい?」
だから。私はその手を、取ったんです。
「助けてもらって、いいですか?」
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