08話

「啓起きてる?」

「うん、まだ起きているよ、寝られないの?」


 二十二時には電気を消したから多分まだ十五分とかそれぐらいだと思う。

 その日その日によって違うけど早く寝られるときばかりじゃないから二十三時ぐらいまでは起きていることになりそうだった。


「んー、ちょっとね」

「でも、一緒の部屋でって言ったのは千織だよ?」

「自分が言ったんだから分かってるよ、啓って意地悪なところもあるよね」


 意地悪なところというか事実を口にしたまでのことだ、もし無理そうなら下に移動するから言ってほしい。


「あ、もしかしたら啓の方に入れば寝られるかも」

「それで寝られるならいいよ、はい」

「え、え? あ、まだ調子が悪いとか?」

「いや、嫌じゃないならそれでもいいよって話、後悔しそうならやめておきなよ」


 壁側に移動して目を閉じると振動で移動してきたのが分かった。

 何故か布団をほとんど持っていかれたけどこれで寝られるということならそれでいい、冬というわけじゃないから風邪を引いたりはしない。

 それからは特に会話もなくて、黙っていれば自然と眠たくなるというもので朝までちゃんと寝ることができた。


「千織起きて、もう朝だよ」

「んー……」

「それは枕じゃないよ」


 結局送っていくことには変わらないし時間もまだ早いから急いで起こす必要はないけどなんとなく一人で行動したくなかったから起こすことにした。

 朝が苦手とまではいかなくても昨日はすぐに寝られていなかったみたいだから眠たそうだ。


「……啓か、おはよう」

「おはよう、朝ご飯はどうする?」

「食べたいかも……」

「分かった、じゃあ千織も付いてきてよ」


 そういえばと隙間時間を使って猛に聞いてみたら向こうも泊まったみたいだった、だけど特になにかがあったというわけじゃないらしい。

 先輩的な立場の彼らがそれじゃあ困ると我慢をする必要もないから言ってみたものの、「勝手に先輩的な扱いにするな、それとお前らが手本を見せてくれよ」と返してきて呆れる。


「ちょっと猛、そこは経験者として僕にお手本を見せてよ」

「なにが経験者だよ、俺とお前はほとんど変わらないだろうが」

「隠していただけじゃなくて?」


 四六時中一緒にいたわけじゃないから裏ではこそこそやっていた可能性がある、見た目が整っているなら尚更のことだ。

 でも、どうやら違うみたいで「ああ、つかずっとお前といただろ」と返されただけだった、仮にあったとしても実はと教えてくれることはなさそうだ。


「それなのに今回は恋をして離れるんですか」

「まあそれは仕方がない、それに志乃舞がいてもいてやっているだろうが」

「あのさあ、そのいてやっているっていうそれなんとかしてよ」

「事実だろ」

「事実だけど――あれ」


 そんなに猛とお喋りがしたかったのか、まあ、どちらにしろご飯を作らなければならなかったからいいかと片づけて集中する。

 とはいえ、朝から作りまくるのは違うから至って普通の朝食となった、未だにお喋りを続けていたから待ったりはしなかった。

 こちらが食べ終えて洗い物をしている最中に食べ始めて、終わった頃に食器を持ってくるという微妙さを披露してくれたけど特に文句を言ったりはしない。


「ちょっと千住君のところに行ってくるね」

「分かった、じゃあまた明日ね」

「って、嘘だよ、志乃舞の邪魔はしたくないもん」

「別に千織なら歓迎してくれるよ、だから行きたいなら気を付けてね」


 課題なんかも出ていないからのんびりとして過ごそう、たまには朝から堂々と寝てしまうぐらいでもいいのかもしれない。

 そうと決まれば部屋に移動だ……の前に鍵を閉めなければならないということで玄関で待っていたのに千織が来なかった。


「おーい?」

「今日はずっとここにいる、それどころか啓にくっついておくから」


 あ、また意地張りスイッチが入ってしまったみたいだ。

 難しいな、猛は杉野さんに対して上手くやれているのかな、というか杉野さんも彼女も似すぎている。

 一緒にいれば染まっていくということなのだろうか? その割には猛みたいなところが全く僕にはないけど……。


「猛とゆっくり話してくればいいのに、流石に連日デートをしたりはしないよ」

「は、離れないから!」

「そうなの? じゃあ部屋に行こうか」

「へ、部屋に連れ込んでなにをするつもりっ?」

「昼寝、かな、まだ朝だけど」


 どうせすぐにつまらないとか飽きたとか言って帰るから問題ない、僕は安心して寝転んでおくことができる。


「啓、ぼく達も付き合っちゃおうか」

「僕達もって猛達はまだ付き合っていないよ」


 多分、一ヶ月ぐらいが経過してからじゃないと教えてくれないと思う。

 これは猛の性格的にそうだと言える、教えてくれるけど結構時間をかけるのが猛なんだ。

 杉野さんは猛に対して強気に出られないけど猛に頼まれたら言うことを聞いてしまいそうだからそういうことになる、つまり僕らにとってはもどかしい時間が続くというわけだった。


「だけど時間の問題でしょ? それにあの二人を見ているとなんか気がせくっていうかさぁ」

「でも、外れだったんじゃないの?」

「なんかあれから変わったんだよ、サボりとかにも付き合ってくれて嬉しかった。それに……ほら、尻尾を引きちぎっちゃったわけだし……」

「最初はちょっと違和感があったけどそのことについてなら気にしなくていいよ」


 いまでもバランスは微妙なものの、元からぽんこつ気味だったから重く捉えすぎているだけだということにしている。

 猛に言っても「言い訳をするなよ」と言うだろうからださいのもあっていちいち口にしていたりはしなかった、けど彼女的には気になるようだ。


「そうだ、女だってことをちゃんと分かってもらわないといけないよね!」

「え、いいいい」


 最初のときといい、すぐに見せてこようとするのが問題だ。

 自信を持てているというのはいいことだけど見せられる側の気持ちも考えてほしい、どちらであっても目のやり場に困るというやつだ。


「え、同性でも関係ないってこと?」

「うん、千織ならいいよ」

「おー……って、やっぱり尻尾がなくなってから人間性が変わっているわけだから影響を受けたってことだよね……」


 いや、そこまでこの前と変わっていない状態だけどなんか変えてくれているみたいだからこっちも変えようとしているだけだった。

 千織がもっとこちらを拒絶していればこうはなっていない、だから自分が変わったのだと分かった方がいい。


「や、やっぱり千住君を呼んでもいい?」

「いいよ」

「勘違いしないでね、いま二人きりのままでいると危うい雰囲気になりそうだから呼ぶんだよ」


 危うい雰囲気にはならないし猛には申し訳ないけど付き合ってもらうしかない。

 割とすぐに来てくれたのは大きかった、これで千織のしたいことができるわけだから端の方でじっとしていられる……はずだった。


「……ごめん杉野さん、なんか千織が求めていてね」

「別に千織ならいいわよ、だけどあなたの場合なら話が別だわ」

「猛を狙ったりはしないよ?」

「二人だけの世界を構築されるから嫌なのよ」


 確かにそういうこともあるある……なんてことはない、最近はすぐに彼女のところに行ってしまって放置され気味だ。

 なんかそれって悔しいよな、生まれたときから一緒にいるのに奇麗な女の子が現れたらこれかよと言いたくなる。


「猛、相手をしてよ」

「いま千織の相手をしているから無理、男なんだから我慢をしろ」

「いーやーだー! どうせすぐに杉野さんを連れて帰ろうとするんだから相手をしてよ猛!」


 自由に言わせるだけ言わせてへらへらしてはい終わりとはできない、なんでも我慢をすればいいというわけじゃないんだ。

 同性が相手でも一緒にいたいならはっきり言っていく必要がある、察してもらおうと待機していいのは女の子だけだ。


「なんか気持ちが悪いな、千織が放置するからこんなことになるんじゃないのか?」

「放置どころかくっついていたよ?」

「じゃあ贅沢な人間になったもんだ」

「いいから相手をしてよ、千織や杉野さんほどじゃないけどほんのちょっとぐらいは可愛げがあるでしょ?」


 もうだいぶやばいんだって、静かに横に立っている杉野さんからは怖いオーラが出始めている。

 敢えて喧嘩を売るようなことはしたくないから諦めるしかなくなってしまう、だからその前に相手をしてもらいたいんだ。

 別になにか損をするようなことがあるわけじゃないんだからいいだろう。


「可愛げ? ねえよそんなの、マイナスな言葉ばかりを吐きたがるマイナス思考野郎だろうが」

「またまたー、それだけだったらここまでいてくれていないよ」

「はっ、自惚れてんな、志乃舞、帰ろうぜ」

「ええ」


 く、くそ、露骨に態度を変えやがる。

 千織だってこんな風にはしていなかった、なんだかんだ言いつつも僕のところに来て話しかけてきてくれていたというのにこれではあんまりだ。

 何故僕は女の子として生まれてこなかったのだろうか? 女の子だったらデレデレにさせてやるところなのに……。


「ふーん、ぼくより千住君の方がいいんだ?」

「最近は付き合いが悪いからね」

「つまらないなー、呼んだぼくが悪いけどさー」

「とりあえず休もうか、僕は寝転ばせてもらうね」


 もう部屋に戻るのは面倒くさいから床に寝転んだ、右上を見てみると腕を組んでこちらを見下ろしてきている千織が見えるけどスルーして目を閉じた。


「啓っ」

「ん? あ、布団を持ってこようか?」

「え、あ、お昼寝をするなら確かにその方がいいね、冬じゃなくてもなにも掛けないと風邪を引いちゃうから――じゃっなーい!」

「落ち着いて、僕は逃げたりしないよ」


 寝るのをやめて体を起こす、それから千織をちゃんと見た。


「すぐにマイナス発言をする人間でもいいの?」

「最近は変えてくれているでしょ? 啓だからいいんだよ」

「分かった、でも、不満があったりしたらちゃんと言ってね」

「うん、元々我慢できるタイプじゃないからそういう点では大丈夫だよ」


 いらない情報かもしれないけど杉野さんは気にしているかもしれないから猛に関係が変わったことを連絡しておいた、そうしたらすぐに『おめでとう』と送ってきてくれたからありがとうと返しておいた。


「ぼくと付き合い始めたということなら女の子と話すのは禁止ね」

「杉野さんも駄目なの?」

「んー、志乃舞は千住君に興味を持っているからいいよ」

「ありがとう、それなら大丈夫だね」


 僕に話しかけるようなもの好きは残るは千織ぐらいだからトラブルには繋がらない。


「それと……あ、毎日可愛いって言って」

「はは、分かった。今日はいつもと違った雰囲気の服で可愛いね」

「ありがとう、これ気に入っているから嬉しいよ」


 いやすごいな、どうすれば彼女みたいになれるんだろう……って、なんか前も似たようなことを考えたか。


「ぼくは毎日啓を抱きしめるね」

「無理をしなくていいよ」

「ううん、これはぼくがしたいことだからいいの」

「そっか」


 じゃあ僕は千織がすぐに飽きてしまわないようにと願っておこう。

 基本的にはこっち寄りだから仕方がない、多分ほとんどは変わっていない前提で向こうも動いているはずだ。


「だからこれからもよろしくね」

「うん、よろしく」


 いい笑みを浮かべてくれていてこちらも自然と笑っていた。

 ただ、それからすぐに「志乃舞の邪魔をしたくなってきた」とちょっと意地悪なところを見せてきて違う笑いに変わったのだった。

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