07話
「あっ」
「啓危ない!」
危ないというかただドジで転んでしまっただけだ、だからちょっと千織の反応は大袈裟だとしか言いようがない。
とりあえずずっと転んでいるわけにもいかないから立ち上がって彼女の方を向くと何故か顔が青くなってしまっていた。
実は彼女も転んでいたのかと考えていると「ぎゃあああ!?」と大声を出す彼女、今日はちょっとハイテンションな日のようだった。
「し、尻尾が取れた!」
「ん? あ、本当だ」
「や、やばいよやばいよやばいよ! 啓の尻尾を引きちぎっちゃった!」
まあ、成長すると取れるとかそういうのだろう、だってそうでもなければずっと黒歴史を晒しているようなものになってしまう。
彼女から先程までついていた尻尾を受け取ってゴミ箱へ、特に痛みもなかったから取れてよかったぐらいの感想でしかない。
「なに騒いでんだよ」
「せ、千住君、まずそれを見てよ」
「ん? んー? あ、尻尾が取れたのか」
「なんでそんなに普通のリアクションなの!?」
「まあ邪魔でしかねえしなこんなの」
あれ、猛的にも邪魔な存在だったのか、意外だな。
毎回おかしくないかなと聞いても面倒くさそうに返してくるだけだったから気に入っているものだと思っていたけど……。
「よかったな、ずっと誰得だよって言い続けていたもんな」
「うん、耳はついたままだけど尻尾がなくなっただけでもかなり大きいよ」
「あ、ちょっと付き合ってくれ」
「分かった。千織は気にしなくていいからね」
だけどよくなかったのはここからで廊下に出て少し歩いたタイミングで気持ちが悪くなってきてしまったという……。
やはりなにも影響を受けないわけじゃなかったか、というか、なんなんだこれは。
「顔色が悪いから保健室まで連れて行く、大人しくしておけ」
「猛もいてくれる?」
「それは無理だがちゃんと次の休み時間になったら行くよ」
「分かった、じゃあ待っているね」
事情を説明するとあっさり許可してくれた……というかやる気が感じられなくて僕よりも先に養護教諭の先生が寝てしまった。
初めて見たけどまあやらなければならないことがあるときはしっかりやっている、切り替えているという風に片づけてベッドに寝転ばせてもらう。
猛が行ってしまった後は寂しかったものの、目を閉じたらあっという間に寝られたから少しだけだった。
「あ、啓大丈夫?」
「うん、ちょっと寝るつもりが沢山寝ちゃったけど大丈夫だよ」
とと、ずっと寝転んでいたからか真っすぐ歩くのにもちょっと苦労したけどなんとかばれずに済んだ。
必要なことを済ませて教室へ、最近はサボったり休んだりなんてことが増えているから直していかなければならない。
「よう、もう大丈夫なのか?」
「うん、さっきはありがとう」
「いちいち言わなくていい、それより席で大人しくしておけ」
僕はそれでいいけど千織の方が気にしてしまっているみたいで駄目だ、でも、気にするなと何度も言うとそれが圧になりかねないからなにも言えなかった。
休み時間が短いうえにクラスが違うというのはこういうときにいい方に働く、先延ばしにしていてなにも解決していないけど少なくとも気まずい時間を過ごさなくて済むんだからありがたい話だった。
「今日は家まで運んでやるよ」
「じゃあお願いしようかな、最近は付き合いが悪いからこういうときに甘えておかないともったいないよね」
「付き合いが悪いなんてことはないがな」
おお、楽だ、ついでに猛が身長が高いから見ていて新鮮な気持ちになる。
僕もこれぐらい高身長だったらもう少しぐらいはよく見てもらえたかもしれない、もてもてになることはなかっただろうけど一人ぐらいは気にしてくれる女の子が存在してくれていた可能性がありそうだ。
「鍵は?」
「ここにあるよ」
「千織もいるがいいか?」
「うん、別に構わないよ」
って、流石に甘えすぎか、家まで運んでもらえたことだしここからは頑張らなければならない。
飲み物を用意してお菓子なんかも出しておく、千織は甘い物が好きみたいだからしょっぱい物じゃなくて甘いお菓子を多めにした。
「啓、これ貰ってもいい?」
「いい……あれ、持ってきたの?」
お菓子じゃなくて手に持っていたのは僕の尻尾だ、ちなみに灰色だ。
なんかこうやって見るとおもちゃのように見えてくる、気にかけている子と違って適当にしていたから大して奇麗にも見えない。
「だ、だってゴミ箱にこれがあったら驚いちゃうでしょ?」
「好きにしてくれればいいよ」
「あ、ありがとう」
だけどこんなのを持って帰ってどうするんだ? なにかを作る際に使用するのだろうか。
「なんか絵面がやべえな」
「千住君も触ってみる?」
「いやいい、そもそも啓に生えているときに引っ張ったことがあるからな」
引っ張られたときの感想は痛いというやつで普通だった、この点についてはみんな一緒だと思う。
「そういえば千住君って志乃舞のどこが好きなの?」
「見た目もそうだがこっちのこともちゃんと忘れないでいてくれるところだな、笑顔が可愛いのも大きい」
忘れないでいてくれるって自分の身長を思い出した方がいい、千織がいるところには僕がいてその側には猛もいるんだから忘れることは不可能だろう。
気にしているなら尚更のことだ。
「笑顔が可愛いか、ぼく的には可愛らしい物を買ってにやにやしているところが好きかなぁ」
「俺が見られるのはもっと先だな」
「そんなことはないよ、なにか可愛い小物でもプレゼントすればすぐに見られるよ。ちなみにぼくにくれてもいいよ?」
「それは啓がするだろ、なあ?」
せっかく二人が喋っているときは出しゃばらないようにしているのにこれじゃあ意味がない、あと、無駄に自分には無理的な発言をするのはやめてもらいたい。
過信は危険だけどもっと自信を持ってもらいたい、できないとか考えたところでテンションが下がるだけだからやめるべきだ。
「じゃあその尻尾で」
「これは可愛くねえだろ」
「はは、だよね、寧ろ汚いかも」
まあいい、とにかく誰得なんだよ要素が一つ減ったから僕としては嬉しい出来事だ。
だから千織には感謝しかなかったし、いつも通りに戻ってくれたから嬉しかった。
「あ、千織――ぎゃ」
猫のひげみたいな感じでなくなるとバランスが悪くなるのかもしれない、家にいたときからずっとこうだからやっぱりなんにも悪影響がないというわけじゃなさそうだ。
「しかも千織行っちゃったし……」
これぞ正に転び損というやつではないだろうか? でも、地味に冷たいのが気持ちがよくて転んだままでいると「あ、悪い」とわざと踏んできた悪い子がいた。
「まだ寝るには早いぞ、あと、床は汚いからやめておけ」
「うん」
「それより千織との件をなんとかしようぜ、なんにもなさすぎてもやもやするんだ」
「それは仕方がないよ、意識し合っている猛と杉野さんってわけじゃないんだから」
根に持っているわけじゃないけど外れ判定をされてしまった人間が期待をする方が間違っている、いまさっきだって男の子と楽しそうにお喋りをしながらどこかに消えてしまったわけだからどれぐらいの距離感なのかがはっきりしているというものだ。
空に手を伸ばしたって届かないように喋ることができる千織にだって届かない、もう顔すら見られない方が精神的にはいい。
「志乃舞が俺のことを意識していると思うか? すぐに上手くいかないって考えになったんだろ?」
「していると思うよ、この前の好きだって猛にだけ言うのは恥ずかしくてみんなのことを好きだってことにしたんだろうし」
なんてことはないことで勘違いをして自分のことが好きだと考えないところも杉野さん的にはよかったのかもしれない、がっつかれるとそれだけで男の子として見られなくなる子だっているだろうからね。
「そうだといいんだが……って、俺のことはいい、どうやって千織を振り向かせるかだろ」
「それはもっといい子がすればいいよ」
「よし、まず本当に女子かどうかを確認しに行こうぜ」
聞いてくれていない、それに女の子だろうと男の子だろうと確認なんてできるわけがないだろう。
そんなことをするぐらいなら杉野さんに対して自分に対してどうかを聞いた方がいい、まあ、意外と勇気がない子だからできないだろうけど。
「その必要はないわ、千織はちゃんと女の子よ」
「じゃあその点は問題ないな」
「じゃないわよ、私が来ていなかったら友達にセクハラをする友達の出現になっていたわ」
「俺が本当にすると思ったのか?」
「するわ、口ではなんだかんだ言いつつも男の子ってそういうものでしょう?」
男の子になにか嫌なことでもされたのかな、それとも、彼がこういうことを言っているから聞かなかったことにはできないのだろうか。
ちなみになんにも関係ない僕的には勝手に男の子イコールで考えるのはやめてもらいたいところだった、みんなそうだという前提で動かれたらたまったものじゃない。
「その偏見はなんとかした方がいい――いってえっ、な、なんでつねるんだよっ」
「千織が可哀想なことにならなくて済んで喜んでいるのよ」
「あ、もしかして千織に意識を向けたから――ぎゃあ!?」
なんでこうも馬鹿なんだろう、敢えて燃料を注いでいくプレイでもしているのだろうか。
千織だって好きな杉野さんに対してこんなことはしなかったというのになにをしているのか、この点は猛よりも僕の方が大人だな。
「啓ー、付き合ってー」
「杉野さんか猛、どっちか付き合ってあげてよ」
「ぼくは啓に頼んでいるんだけど?」
「でも、あの男の子に勘違いされたくないよね?」
その点猛なら本命がいるから大丈夫だ、杉野さんも彼女に嫉妬をしたりは……怪しいけどしないはずだ。
僕らと違ってしっかりとしているから問題ない、だから早く千織のために動いてあげてほしい。
「あー、また見ていたのー? もう、啓って本当にストーカーだよねー」
「とにかく、勘違いされたくないならやめておくべき――いっ!? な、なんで僕がつねられなきゃいけないんだ……」
そもそも勝手に見られたくないなら学校以外のところで集まるべきだ、これは理不尽過ぎる。
なんであの男の子ももっと一緒にいないんだ、たまにだけ出てきてそこを見ただけでつねられたらやっていられない。
「勝手に見ているからだよっ」
「はははっ、ざまあみろっ――ぎゃあ!?」
「あなたは調子に乗らないように、小宮君はなにも悪くないんだから千織もつねったりしないの」
「「特別扱いはよくないと思いまーす」」
「どこが特別扱いよ、普通のことを言っているだけじゃない」
お礼を言って別れる。
ただ、結局飲み物を買いたいだけだったみたいでつねられ損なのは変わらないみたいだった。
「今日もデートなんてやるなぁ」
「今日は映画館とかじゃないんだね」
「志乃舞はテニス部でいまでもずっと走っているから物足りないのかもね」
まだ走っているってすごいな、もう陸上部に入った方がいい気がする。
でも、そんなことを言っても「そこまでではないわ」とか言って躱されそうだから今度いつか千織に頑張ってもらいたいところだった。
「千織は?」
「ぼくはサッカー部」
「女の子のサッカー部なんてあるんだ」
「ないよ、男の子と一緒にやっていたの、中学生だからできたことだね」
ああ、そういえば僕が通っていた中学校にも野球部に所属をしている女の子がいたことを思い出した、別に男勝りの子というわけでもなく普通の子だったな。
何気に野球部の子から人気があって勉強もできたからテスト期間のときには特に頼りにされていたなぁ、と。
「お、千住君から手を握った!」
「杉野さんは一瞬見たけどなにも言わなかったね」
「はい、どう?」
「千織の手は小さいね、だけど温かいから落ち着くよ」
一応隠れているけど他の人からは丸見えだからそわそわしていた、なのでこれは地味に落ち着く行為だ。
急に走り出したりするから留めておけるというのも大きい、一人放置されることになるのは嫌だ。
「というかさ、なんか今日は距離が近くない?」
「お互いにある程度のところが分かって安心できる相手になったのかもしれないね」
「ぼく達だよ?」
「近い? 嫌ならちょっと離れておくけど」
「いや、これまでの啓だったら無駄に距離を作っているところだからさ?」
再度嫌なら離れると言っても「しなくていいよ」と答えただけだった。
というかそろそろ尾行をやめて帰った方がいい、今度は間違いなく杉野さんから怒られるから気づかれる前に帰るんだ。
というのは不正解で多分現段階で気づいているけど気づかないふりをしてくれているだけだろうから変なことをするべきじゃない。
「千織行こう、そっとしておいてあげようよ」
「お、おーう」
このまま解散は寂しいからどうしようかと聞いてみたら僕の家でいいということだったからそういうことにした。
飲み物やお菓子を出して床に座る、ソファは一つしかないからお客さんである千織に座ってもらうつもりだ。
「啓、ちょっと頭を撫でてみて?」
「するよ? はい」
「ありがと」
なんだったのかを答える前にお菓子を食べて「美味しいねー」なんて呑気に笑っていた。
まあ細かいことはいいか、嫌なら出て行っているだろうからそうなってはいないということを喜んでおけばいい。
「あれ、誰か来たね」
「ぼくが出てくるよ」
「え、なんで――」
「ちょっと待っててっ」
両親はいちいちインターホンは鳴らさないし誰もネット通販を利用しないから宅配便ということもない、変な人が来てもそこは上手くやってくれるだろうからと安心して待っていたら杉野さんと一緒に戻ってきた。
デートを邪魔するのをやめてこうして家に帰ってきたのにこれでは意味がない、まだなにか変な遠慮をしているのだろうか……。
「小宮君、どうせなら最後までいなさいよ」
「あれ以上は邪魔になっちゃうかなと思って」
「邪魔だなんてことはなかったわ、それに二人に見られているときは猛君が積極的になってくれるからいいのよ」
「僕らがいないときに積極的になれるように頑張ってよ、邪魔をしてごめん」
一つ言い訳をさせてもらうと今日も千織がそうしたからではあるけど結局付いて行っている時点で彼女からしたら関係ない、だから謝罪だけをしておいた。
「はぁ、遊びたがりのくせにすぐに解散にするのが気に入らないわ」
「千住君って男らしいところとそうじゃないところがあるね」
「言ってあげて――あ、千織が近づくのはやめてちょうだい、簡単に負けてしまうわ」
「猛はそういう子じゃないよ、杉野さんって決めて動いている間は揺れたりしないよ」
たまに情けなくなるけどこうと決めたらちゃんと最後まで頑張る人間だ、休日になる度に積極的に誘っているのがその証拠だ。
でも、どうしても不安になってしまうということなら自分から頑張ってしまった方が精神的にいいと思う、待っているだけじゃ奇麗や可愛い、格好いい子でもあまり変わらない。
「そう……よね、あなたの友達のことを疑ってしまってごめんなさい」
「いやいや、だけど心配になるのは仕方がないことだと思う、千織は魅力的だから油断していたら危険だからね」
「親友が好きな子を狙わないよー」
「ははは、ごめんごめん」
……実は中学生のときにその子が好きだと分かっていてアピールをしていた子がいたことを思い出して微妙な気分になった。
だって相談なんかも受けておきながら裏ではこそこそとその子の好きな子と仲良くしていたんだ、その好きな子も意外といい反応を見せていたから尚更ひえってなったね。
ただ、結局そのどちらとも付き合わないで他の子と付き合っていたからすぐに終わってくれたのはよかったかな、というところだった。
「あ、猛君を私の家で待たせているからもう帰るわね」
「あーい」
「気を付けてね」
「ありがとう」
家で待たせているってどういうことやねん……。
とりあえず鍵を閉めて戻ってきたらため息が自然と出た、積極的なのかそうではないのかがまるで分からない。
それとソファに寝転んでいる千織も千織だ、仮にも異性の家でこれってさぁ……。
「あ、今日は泊まるからね」
「好きにすればいいよ」
さっさと寝てしまえばごちゃごちゃしたことも忘れられる。
だから客間に布団を敷いてから部屋に移動したのだった。
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