06話
「啓起きてー」
「……あれ、今日は女の子用の制服を着ているんだね」
これが普通のはずなのに違うように見えてくるのは単純だからだろうか? なんかださいからあんまり言いたくないけど可愛くてよく似合っている。
「うん、なんかいい服が見つからなかったから着てきたんだ」
「いいね、似合っているよ」
「あ、ありがとう」
でも、約束なんかはしていないから出直してきてほしいところだった。
休日ぐらいはゆっくりするべきだ、仕事なんかをしなければならない人達になんかと比べると大して疲れていないけど休みたいときはある。
それと最近はこういうことが増えすぎではないだろうか、本来なら簡単に異性の家に上がったりはしないべきだ。
前もこんなことを言ったな、だというのに三回目だから問題ないとか片づけて上がった人間がここに……。
「寝ちゃって出かけられなかったから今日こそ出かけよう!」
「ああ、そういえばそうだったね」
「行こう行こう!」
「ちょ、だから簡単に触ったりしたら駄目だよ、ちょっと待ってて」
誰かに張り合ったっていい結果には繋がらないのにこの子はまたこういうことをする、どうすれば直るんだろうか。
とにかく外でも問題のない格好に着替えてお金もしっかり持ってから家を出た、彼女は少し前を楽しそうに歩いていた。
だけどこちらは既に外れ判定を下されている身で、そんな人間と遊びに行ったってなんにも楽しくないと思うけどな。
「映画を観に行こう! それで観た後はご飯を食べてゲームセンターなんかに行くのもいいかもね!」
「猛に杉野さんを取られちゃったから一人になりたくないんだよね」
ゲームセンターは暗いとか明るいとかじゃなくて技術がないからお金を取られるだけ取られてしまう場所だ、一人は得意な子がいないと危険な場所だった。
それに今日の彼女は普段通りじゃない、あと、制服を着ているのもよくない。
なにかが起きたときに貧弱な僕じゃ守れないから今度にしてもらいたいところだ。
「え? もうそういうのはないよ?」
「でも、どこか焦っている、見ていれば分かるよ」
僕が杉野さんといるときはこんな感じじゃなかったから猛が積極的になって慌てているんだ。
「ああ、それは啓が付き合ってくれなかったかもしれないからだよ。志乃舞が言っているだけとかって躱そうとしたよね?」
「だってきみは……」
「いい方にも悪い方にもそのまま全部信じるのは危険だよ」
「だからって僕じゃなくても――」
「いいからっ、こうして出ているんだから付き合ってよ」
隣の市にだけしかないというわけじゃなかったから映画館にはすぐに着いた、だけど僕はこういう場所が苦手でそわそわしてきてしまう。
ポップコーンとか飲み物とかはどうでもいいから早く席で大人しくしていたい、終わったらさっさと出て広い場所で息を吸いたい。
狭いし他の知らない人がいるしで息苦しいんだ。
「しし、そんなに心配なら手でも握っておく?」
「……もうこれが最後ね」
「冗談だけどどうせなら楽しんでほしいんだよ、どう? あ、自分からする勇気はないだろうから握っておいてあげるね」
「……握れるよ、ほら」
「じゃあ最後までこれでよろしくね」
悪いけどこの映画には興味がないから目をぎゅっと閉じたままこの手の感覚にだけ意識をやっておこうと思う。
後でなにかを言われても煽ってきた彼女が悪いということで終わらせればいい、付き合ってあげている身なんだから堂々としておけばいい。
だけどなんか小さくて気になる手だな、最初の方から音とかもどうでもよくなってそこから意識を逸らせないでいた。
「痛い痛い痛い、思いきり握りすぎだよ」
「きみが悪い」
「それでいいけどもうちょっと力を弱めて」
いやないわ、あっさり考えを変えたときといいなにをしているんだよ。
一気に情けなくなって手を離した、それからはどうせなら払っているということでぼうっと目の前の画面を見ていた。
内容は全く入ってきていなかったものの、僕がいつも通りやらかしたというそれだけははっきりとしてくれていて助かる。
「ごめん、もうこれで帰るよ」
「駄目、今日は夕方まで帰さない」
「だって――」
「はいそれもう禁止ー、ご飯を食べに行こっ?」
ご飯を食べている最中も戻ってこなかった、今日は云々じゃなくてやっぱり僕とじゃ駄目なんだ。
「ごめん」
「いいから食べてよ」
「……猛とか杉野さんじゃなくてごめん」
「はは、どういう目線からの謝罪なの?」
「駄目なんだよ僕じゃ……」
食べ終えたら突っ伏して時間をつぶした、彼女が食べ終えたらまとめてお会計を済ませて外に逃げた。
そのまま真っすぐに帰ろうとしたけど手を掴まれてできなかったから大人しく手を引かれていた、最高に惨めな気持ちになった。
「あ、志乃舞と千住君だ」
「仲が良さそうだね」
「千住君ってすごいなぁ、それとも志乃舞的に最初からいい子だったのかな?」
「最初から他の子とは違ったのかもしれないね」
「なるほど、じゃあちゃんと変わっていくところを見ておかないともったいないね」
はぁ、気になるなら最初からこっちなんか気にせずに尾行でもしておけばよかったというのに。
でも、違うことに意識を向けてくれるということならそれほどありがたいことはないからなにも言わずに彼女に付いて歩いていた。
手はもう離されているけど構ってちゃんみたいにはなりたくないから既に手遅れなのだとしても気にせずに追っている。
「なんか視線を感じるんだが」
「そう? 誰も私達なんて見ていないわよ」
「いや、なんかどんよりとした目で見られているんだ」
「特に誰も……いえ、どんよりとした目はともかく見られていたわ」
彼女は隠れる気なんてまるでなかったからすぐに見つかってしまった、というか、なんでこうも広い場所で遭遇することができるのかという話だ。
少しでもずれれば途端に会えなくなるのにどんな奇跡だよと言いたくなる。
「やっほー、デート中の二人に会えるとは思っていなかったよ」
「これがデートならそっちだってデートだろ」
「だね、ただ、啓のメンタルがちょっと今日は微妙でね」
別に今日限定の話じゃない、僕はいままでもこれからもずっとこのままだ。
だからどうせすぐに飽きられる、猛ぐらいじゃないと僕とはいられない。
「そういうときは頭を撫でてやれ、そうすればすぐに落ち着く」
「手を握ってここまで来たんだけど頭を撫でればよかったのか」
「じゃ、俺らはもう行くぞ」
だけど何回も言っているようにこうして好きな子ができてしまえば甘えることはできなくなるわけで、一人になることは確定しているようなものだった。
「尾行は終わり、そもそも人間性が全く違うから参考にはならないしね」
「じゃあ千織のためにもここで解散にして――駄目みたいだね」
「今日は泊まってもらうから、逃げないなら啓のお家でもいいよ?」
「じゃあ僕の家にしてよ」
「分かった、今日は寝かせないからね」
さっさと寝てしまうところが容易に想像できる。
言葉が軽いのは僕も彼女も変わらなかった。
「ははっ、これ面白いなぁ」
「……もう二時だよ、早く寝ておかないと月曜日に辛くなるよ」
「だから朝まで寝かせないって言ったじゃん、それにお泊りしたときに早く寝ちゃったら泊まっている意味がないよね?」
漫画は自由に持って行っていいから一階で読んでくれと言ってみても言うことを聞いてくれることはなかった、それどころか「慣れない場所で一人で過ごせとか啓は意地悪だね」と文句を言われたぐらいだ。
このまま頑張ったところでいい結果にはならないと早々に諦めて耳栓なんかをしてから寝ることに集中すると気づいたら朝だったのはよかったんだけど、
「な、なにをしているんだ……」
布団だってちゃんと彼女の分を敷いてから寝たというのに横で寝ていて呆れた。
しかも起きたらからかってきそうなぐらいだったからなにも言わずに部屋をあとにする、顔なんかを洗ったら家からも出ることにした。
「よう、そろそろ出てくると思っていたぜ」
「なんで家に来てくれなかったの……」
「無茶言うなよ、だけどいまからは付き合ってやるよ」
一応聞いてみると杉野さんを泊めたということはないみたいだった、普通に帰って普通にご飯を食べて普通に寝て普通に起きて出てきたらしい。
隠すことではないから千織が泊っているという話をすると「知っているよ」と、そういういらない情報も吐くようにしているらしい。
「それでデートの方はどうだったの? こんなことは初めてだから気になるよ」
「んー、普通に出かけただけだな、それ以上でもそれ以下でもない」
「えぇ、なんかドキッとしたこととかないの? させたことでもいいよ?」
「ないなぁ、飯食って遊んだだけだしなぁ」
これは長くなりそうだ、でも、すぐに関係が変わらないならこうやって一緒にいられる可能性が高まるからその点では悪くない。
あ、ただ、これまでのようにはいかないのは確定している、というかこちらのところに来ていたらこの時間を杉野さんのために使いなよと言いたくなるだろう。
「猛、あんまり言いたくないんだけどヘタレなんだね」
「これが初めてなのにいきなりぶちかますわけがないだろ、慎重にやらないと杉野みたいなタイプはどこかに行っちまう」
「そうかなぁ、意外と受け入れてくれそうだけどな」
「それにヘタレはお前だ」「それにヘタレは君だ」
「二人を同時に攻略しようとするのはやめておいた方がいいよ」
自信を持つことは大切だけど過信は危険だ、当たり前のことを忘れてしまっているということなら思い出してもらえるように僕が頑張ろうと思う。
「あ、いた、昨日渡し忘れた物があったのよ」
「なんで俺達ってこうも集まるようになっているんだ?」
そんなことはどうでもいい、それよりも約束なんかをしていないのにこうして集まれたということに意識を向けるべきだ。
渡し忘れた物というのも気になるからこればかりは目の前でやってもらいたいところではある、ただ、二人の仲が深まるのが一番だからどうしても無理ということなら二人きりになれる場所でやってくれればよかった。
「それは分からないわ、でも、好きだからありがたいわね」
「「「す、好き」」」
「仲良くしたい子とは一緒にいたいじゃない?」
ベタなやつか、いちいち好きだとか大胆な言葉を放ってからお友達として~とか情報を後出しする。
期待した相手の子もその差に内で泣くんだ、まあ、もしかしたら上げて落として上げるなんて可能性もあるけど大抵はがっかりした状態で終わるんだろうな。
「杉野さんってこういう子だったんだ」
「そうだよ? まあ、ここまでその気にだけさせる小悪魔的な女の子ではなかったけどね」
「なにを言っているのよ、それより千住君は私の家まで来てちょうだい」
「おう」
渡したい物ってなんだよと言いたくて仕方がない朝となった。
本命といられればそれでいいのか猛が戻ってくることはなかったから翌日の放課後に突撃することになった。
放課後まで我慢をした点は褒めてもらいたい、でも、流石にこれ以上は無理だ。
「クッキーだったぞ、美味かった」
「上手くいかないとか考えていたんだけど……上手くいきそうだね」
誘われ受け入れ当日に渡すのを忘れたとはいえクッキーを作るとかこれで特別じゃなかったら怖い。
「お前、俺に絶交と言われた件をまだ気にしているんだろ、そうでもなければ上手くいかないなんて考えないよな普通」
「いやだってあまりに急だったし千織がいたからさ」
「本当は杉野といたいときだってお前のところに行ってやったというのにひでえ奴だわ」
今回だけじゃなくて中学生なんかのときにも似たようなことを考えていそうだった。
まあいいか、ちょっとずつでも吐くことができればすっきりしていくだろう。
「あれ、そういえば杉野さんも千織もいないな」
ちょいと廊下に出て他の教室内を適当に確認していると突っ伏して休んでいる千織を起こそうとしている杉野さんを発見した。
「千織起きなさいよ、聞いてもらいたい話があるのよ」
「んー……眠たいからまた後にしてー」
徹夜に近いことをするからそういうことになる、それで寝ている間に色々なことが起きたり終わったりして自分だけ知ることができなくなってしまうんだ。
「……私と千住君のことよ」
「しっかたねえなあー……って、あそこにストーカーがいるよ」
「小宮君も来てちょうだい」
結局また四人で集まることになった、本人がいるところでも全く気にせずに千織に相談をしていて呆れた。
ちなみにこちらは先程のそれで微妙だったから会話なんかはなかった、仕方がない、僕らはよくこうなるからおかしなことじゃない。
「名前で呼ぶタイミングなんてどうでもいいよ、猛君、はいどうぞ」
「た、猛君」
「俺も呼んだ方がいいのか? 志乃舞」
「す、すごいわね……」
「俺もずっと名前で呼びたかったからありがたいぜ、ありがとな志乃舞」
おえ、親友が頑張っているところを見るのがこんなに辛いなんて思わなかった。
これじゃあ応援どころじゃない、上手くいかないという答えが出てきてしまったのもこういうのを避けるためだったのだろうか。
「うんうん、やっぱり男の子はこうじゃないとね」
「じゃあ僕は行くよ」
もうなんでもいい、三角形でも四角形でもいいから自由にやってくれ。
教室は嫌な場所じゃないから席でじっとしておけば勝手に時間が前に進めてくれる、いちいち出たりするからああいうことになるんだ。
家と学校、勉強をやって帰るの毎日でもそれでいいじゃないか……と言い聞かせようとしているだけか。
「はい、甘い飲み物でも飲んで落ち着きなよ」
「千織は最近楽しいって言える?」
「楽しいよ? 細かくどうこうとは言えないけど志乃舞も楽しそうだしね」
「すごいね、僕なんか猛が頑張っているところを見て辛くなったぐらいだよ」
「友達を取られちゃう感じがするよねぇ」
え、あ、いや、猛に対するそれはなんか気持ちが悪いというか……少なくともいい感情ではないのは確かだ。
最初から最後まで取られて嫌だとかそういうのはない、向こうだってそれは同じだ。
「行ってやっている、とか言っていたのはちょっと気に入らないけどね、仮に心の底からそう思っていても黙っておくべきでしょ?」
「いや、言いたいことがあるならはっきり言うべきだと思う、嘘をつかれるよりはよっぽどいいよ」
はっきり言い合ってそれでも一緒にいられる人間が本物ではないだろうか。
我慢に我慢を続けて奇麗な言葉だけをぶつけているようじゃ自分の求める理想みたいには絶対にならない、向こうも心を開いてはくれないと思う。
だから猛の存在は滅茶苦茶よかったんだけど……どうやら猛側は違うみたいでずれてしまっているのが現状だ。
「じゃあなんでそんなに暗いの?」
「楽しくはないけど暗くもないよ、輪に加われないから拗ねているわけじゃないんだ」
「じゃあなんなのさ? 出かけているときだってマイナスのことばっかり言ってさ、ぼくはいつまでも付き合ってあげられないよあんな感じじゃ」
「無理は体に悪いからやめておいた方がいいよ、はい、これのお金を渡しておくね」
ストローを刺して少しだけ中身を飲んでみるといまの僕には甘すぎた、それでも貰った物だから必死に抑えて一気に全部飲み干す。
未だに目の前に突っ立ったままだった千織は置いておいてゴミを捨てに移動したら戻りたくなくなってしまったものの、放課後じゃないから戻らないという選択はできなかった。
「千織、もう次の授業が始まるよ」
「あ、うん――じゃない! このままじゃ駄目だよ!」
「え、あー!」
これまでサボったことなんてなかったのに彼女のせいで――いや、自業自得か。
戻りたくないとか考えるから本当に戻れなくなったんだ、なにかを失ってからありがたみというのが分かるようになっているんだ。
「はぁ……はぁ……サボっちゃったね」
「たまにはいいのかもね」
「や、やってしまった、啓が壊れたっ」
もうどうしようもないから切り替えただけでしかない、あと、授業中に戻るのは無理だから諦めるしかなかったのもある。
いきなりできた一時間をどうするかで少しだけ悩んだものの、全く違った結果になりそうだったからすぐに捨てて合わせることに専念したのだった。
ちなみに二人でこそこそしながらのお喋りは中々に楽しかった。
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