05話

「三時間目ぐらいまでは元気だったのに調子が悪くなっちゃったんだね」

「ごめんなさい」

「それは千織ちゃんに言ってあげてよ」


 いまはコンビニで必要な物を買っている千織ちゃん待ちだ、何故かこちらに任せてきたから彼女を背負っている形になる。

 すぐに出てきた千織ちゃんに付いて行き彼女の家に、あくまで家まで運んだらすぐに帰るつもりでいたけど残念ながらできなかったからなるべく端に座っておいた。


「はい、水を飲んで」

「ありがとう」


 彼女が弱っているとなんかやりづらい、元気なときは元気なときで大変なものの、これならまだ元気でいてくれた方がいい。


「同じ部屋にいない方がいい? もしそうなら帰るけど」

「あなた達が大丈夫なら気にしなくていいわ」

「じゃあここにいるよ、啓もいいよね?」

「杉野さんは求めていないだろうけどそうするよ」


 弱っている間にどうこうしようだなんて考える子ではないだろうけど自然と二人きりになれるチャンスなんだ、ここにいていいと本人が言っているわけなんだし遠慮なんかもする必要もないのに何故こちらまで残そうとするのか。

 仲の良くない僕がいれば長く一緒にいる相手にであっても甘えづらい、そうでなくても弱っている状態で甘えたいはずなのに千織ちゃんは意地悪だ。

 それっぽいことを言うだけ言って一度断られたらなにもありませんでしたよ的な態度で接するのは言い逃げだ、ずるい行為としか言いようがない。


「ち、千織、一緒に寝てほしいの」

「いいよ」


 いやでもさ、こうなってくると途端にお邪魔虫になってきてしまうわけで、読書をしようと思っていた手も止まり立ち上がるしかなかった。

 鍵は千織ちゃんが寝転ぶ前にするだろうと考えていちいち足を止めたりはしない、やはり求められていない。


「はぁ」

「でけえため息だな」

「聞いてよ猛、結局いちゃいちゃするために利用されているだけなんだよ」


 もうなんでここにいるのとかどうでもよかった、いますぐにこの不満をぶちまけることができればそれでよかったんだ。

 猛はこういう話だってちゃんと聞いてくれる、いいのかどうかは分からないけどあんまり僕が悪いとも言ってこないから安心できる自分もいる。

 だからやっぱり猛に求めるのはこういう形でなんだよなとちょっとアレな考えが出てきてしまうんだ。


「強気に対応しろ、それよりラーメンでも食いに行こうぜ」

「行こう、がっつり食べないとやっていられないよ」


 仮に最初は興味を持って近づいたんだとしても興味がなくなったならもう来なければいいのにと思う。

 こちらからは近づいていない、つまり自分から行かない限りは関わらなくて済むんだ、自分にとって無駄なことを繰り返す意味はない。


「あのさ」

「ん?」


 あれ、先程までは楽しそうだったのになんか凄く言いづらさそうな顔だ。


「俺、好きな女子ができたんだ」

「え、まじ!? 誰!?」

「し、静かにしろ」


 彼は基本的にあの教室で過ごす、となると好きになったのはクラスメイトの中の誰かというところか。

 い、いや、流石に杉野さんじゃないよね? 四月から普通に喋る仲だったけど千織ちゃんがいることを知っているんだからないはずだ。

 でも、それ以外の子となると途端に分からなくなる、何故なら教室では男の子としかいないからだ。


「あ、もしかして千織ちゃん……とか?」

「は? あっちも嫌だろうが千織は嫌だよ、あいつは駄目だ」

「じゃあ杉野さんか」


 まあ、全く知らない子を好きになられて裏でこそこそとされるよりはいいか。

 いやだって猛のことだったらちゃんと色々と分かっておきたい、知らない間に誰かと仲良くされてそのときがきたら離れられるなんてことになったら嫌だから。


「……杉野はしっかりしているからなー」

「敢えて狙っている子がいる子を好きにならなくても……」

「うっせえ、恋なんてそんなもんだろ」


 彼は知らないだけで一緒に寝ちゃっているぐらいなんだよ? 風邪のときに優しくされたりしたら同性だろうと惹かれかねない。

 それに本当に究極的に無理だったら弱っているときでも一緒に寝てほしいなんて言わないはずなんだ、だからこの恋は失敗する。

 だけどやめておきなよなんて言ったところでまた絶交となるだけだろうし、僕の言葉で「分かった、お前がそこまで言うならやめておくよ」なんてやめるわけがない、ここは性格が悪いけど見ておくだけが一番だった。


「お前は千織にしておけ」

「無理だよ」

「いや多分俺も無理だ……」

「まあ、お付き合いをすることだけが全てじゃないから」

「お前それ、選ばれない奴が言う強がりの一つじゃねえか」


 そんなことはない、楽しいことなんかは沢山ある。

 いま食べているラーメンだって一緒だ、美味しいご飯を食べまくる人生だって楽しいだろう。

 だから振られたりすることよりもこの大して役に立っていない耳と尻尾が生えていることの方が気になることだと言えた。




「え? あの後すぐに帰れと言ったけど言うことを聞かなかった結果がこれだって言いたいの?」

「え、ええ」

「すやすや気持ち良さそうに寝ているけど朝からずっとこうだったんだ」

「今日は一度も来ていなかったでしょう?」


 毎時間来るわけじゃなかったから特に違和感を覚えていなかった、猛が来てくれていたのも大きい。

 だけどそうか、風邪を引いていたのか。


「そういえば昨日も謝ったけど触ってごめん」

「なんで謝るのよ、私は助かるわって言ったじゃない」

「まあ、空気を読んで帰れた点はいいんだけどさ」

「それも余計よ、確かに千織に甘えたのは私だけど一人だけ帰る必要はないでしょ」

「いやほら、二人きりじゃないと甘えづらいかなって」


 あの場面でできることはなにもなかったから悪化させないためにもいらない人間は帰っておくべきだった、後悔はしていないからとにかく謝罪をできたことをいいことだと考えておけばいい。

 この点については一生解決しない、僕と他の子では考え方が違いすぎるからなんとかなる前提で話に出してはいなかった。


「ん……なんか騒がしいと思ったら家に来ていたのか」

「体調は? お水もちゃんと飲んで」

「んー……朝よりはましかな、水は何回も飲んでいるからお腹がたぽたぽになっちゃうよ」

「大丈夫そうね」


 ちなみに本当はここに行くつもりはなかった、杉野さんが好きな猛に任せようと思ったのに横で腕を組んでいる子のせいでできなかったんだ。

 猛も猛で今日に限って用事があるという話だったからとことん上手くいかないなって寂しくなったぐらいだ。


「啓、ここに座って」

「遠慮しておくよ」

「じゃあ帰って、志乃舞も簡単に上げたりしないでよ」


 この前はお母さんが出てくれたけど今日は働きに出ているのかこの家の扉を開けたのは彼女だった、当たり前のように鍵を取り出したときは自然過ぎて驚くこともできなかったぐらい。

 で、それだけの仲なのに何故か彼女も変なことをするんだよな、と、一定のラインを超えた感情だからこその行動ということならいいものの、それですらもないだろうから微妙な状態になっていく。


「待ちなさいよ」

「杉野さんに無理やり連れて行かれたせいで無駄に嫌な気分になった」


 まではいっていないけどいい気分ではない。


「素直になれていないだけよ、本当はあなたが来てくれて喜んでいるわ」

「まあいいや、杉野さんは戻ってあげて、あの子が待っているよ」


 家に帰って休めばいいのにまた逆の方向へ向かって歩いて行く僕も馬鹿だ。

 それでも帰りたくなかったんだから仕方がない、猛だって頼れないから一人でなんとかするしかないんだ。


「どこまで歩くつもりよ」

「杉野さんが諦めてくれるまでかな」

「それならここまでにしておきましょうか」


 敢えて変なことをしまくる彼女達に期待をするのが間違っている、つまりこうなってしまった時点で駄目なんだ。


「杉野さんはいいけど千織ちゃんのところに行くなら別だ」

「千織のことが嫌いになってしまったの?」

「そういうのじゃない、目を見れば求められていないことぐらい分かるんだよ」


 とかなんとか言いつつ、結局数分後には千織ちゃんの家に戻ることになってしまったという、なにかがあっても杉野さんのせいだと言っても「別にそれで構わないわ」とあくまで変えない彼女に呆れる。


「あ、なんでまた連れてきたの」

「いいからあなたは大人しくしておきなさい」

「じゃあ部屋にいてよ、啓も、付いてきたなら言うことを聞いて」

「うん、部屋に行こう」

「もう、さっきの時点で聞いてくれていたらよかったのに」


 これで三回目だから部屋自体には特に嫌だとかそういうことは感じていないんだ、だけどやっぱり求められていないと、うん。


「じゃ、私はこれで帰るわね」

「「え」」

「まあまあ、ちゃんと元気になったら付き合うから」


 はぁ? まるでこれが仕事でもう完了できたからとでも言いたげな顔で帰っていったぞ……。


「志乃舞ってああいうところがあるんだ」

「そうなんだ」

「でも、啓もあんな感じだからね」

「じゃあこれからは気を付けるよ、流石に連れてきておいてあれは駄目だ」

「あははっ、そうだよね、駄目だよね?」


 気持ちのいい笑みだ、目が笑っていないとかそういうこともない。

 とはいえ、誰かのことを悪く言って盛り上がるなんてのは違うからこれきりにしたい、僕の力でこの笑みを引き出したい。


「求められていないとか自由に言っておいてあれなんだけどさ、杉野さんと千織ちゃんレベルまでじゃなくていいから、あ、なんて言えばいいんだろう」

「仲良くなりたいでいいじゃん、最初はそんなものでしょ?」

「そっか、確かにそうだ」


 猛とは生まれたときから一緒でちゃんと経験できていなかった、だけどまだ誰かが協力してくれればなんとかなるはずだ。


「じゃあぼくもはっきり言っておくけどこの前のとき、啓のことを外れ判定しちゃったんだよね」

「そっか」

「ぼくの本当のところを分かった状態でいいならいいよ」

「いいよ、よくないのに高評価をくれる子よりはよっぽどね」

「分かった、じゃあよろしくね啓」


 差し出してきた手を握って頷く。

 まあ、これはつまり結局欲というやつにあっさり負けた結果だった。




「おい千織、ちょっと付き合えや」

「いやいや、いまから啓とゆっくりするところだからまた後でね」


 すぐに廊下に逃げるからいちいち移動しなくちゃいけないのが大変だ、だから他の子に付き合っている場合じゃない。

 でも、


「いいから付き合えや」

「もー、なんで啓には君みたいなわがままなところがないんだ」


 あくまで後回しじゃ嫌みたいで千住君は諦めていなかった。


「そんなことを言われても知らねえ、いいから付き合えや」


 仕方がないから付いて行くと目的地が同じでこちらとしてはよかったものの、これだとぼくの必要性がなくなるからやっぱり後回しにしてもらいたいところだ。


「えー!? 志乃舞のことが好きになっちゃったの!?」

「おまっ、声がでけえよ!」

「た、猛の声も大きいよ、それにすぐに言わなくていいのに」

「いやだってこいつがライバルってことだろ? 取られたくねえんだよ」


 ま、まじか、啓じゃなくて千住君がその気になっちゃったのかと驚いた。

 ただ、なんか面白い気もしたから協力してほしいならちゃんと言ってねとぶつけておく、いやはや、まさかここが変わるとはねぇ。

 一つ問題なのは志乃舞が頑固だということで、それをどうにかできてしまえるようなメンタルがなさそうだということだった。

 結局、啓も千住君もそこまで変わらないんだ、なにか壁があれば簡単に足を止めてしまいそうな弱さが目立つ。

 それに振り向かせることができなかったぼくらにできることは本当のところを言うとないため、少しだけ頑張って諦めるところが容易に想像できてしまうというか。


「ふむ、まあ面食いなところがあるから啓の場合よりは千住君の方が可能性があるかもしれないね」

「その面食いって情報も嘘にしか思えないんだが」

「それは千住君が志乃舞を知らないだけだ」


 一秒でも一緒にいる時間を増やした方がいいということで読書をしていた志乃舞を本ごと連れてきた、啓を見つけるなり「教室で過ごしなさいよ」と言葉で刺していたけど啓は気にした様子もなかった。


「啓は知っていたんだね」

「うん、だけど言うわけにはいかないから隠していただけだよ」

「で、どうなると思う?」

「んー、千織ちゃんのことを意識していないというのは分かったけどだからといって猛が選ばれるってことでもないからね。そこでは繋がっていないから悲しい結果になっちゃうかも」

「だよねー、これまでだって告白をされても即振ってきたからさー」


 ぼくからのそれだって少しも悩んでくれなかった、こちらの肩に手を置いて「私達は同性同士でしょう」とそれだけだった。

 悩んでくれていたらもっとすっきりできたんだ、でも、勝手に告白をして勝手にいい答えを出してくれると期待するのは違うからなんとか無理やり片づけるしかなかったんだ。


「志乃舞と千住君と啓の三角関係になったらどうする?」

「そんなことにはならないけど僕は抜けさせてもらうよ、争うのはごめんだ」

「それじゃあ恋なんかできないよ」


 好きな子を好きな子がいる、隣にいたいなら努力をして勝ち取るしかない。

 努力ができないなら近づかないべきだ、察してもらおうとするのも違う。


「だからしたい人だけがすればいいんだ」

「え、ぼくにそういうのを求めて仲良くしたいって言ったんじゃないの?」

「はは、きみは結構自意識過剰だね、この場合は自信過剰と言う方が正しいか」


 ま、まじか、まさか啓からこんなことを言われるとは思っていなかった。

 これまでのはぼく達があたかもそう思っているかのような発言をしていただけだったからなに勝手に言っているんだか程度で終わらせられたけどこれだとそうはいかないというやつだ。


「そもそも千織ちゃん的に僕をそういう目で見られないでしょ?」

「そ、そうそう、まあ、現段階では……だけど」

「だよね、だけど勘違いもしてほしくはないんだ」


 別にぼくは拘りが強いわけじゃない、うーんとなっているから前に進まないだけできたら簡単に進んでいく。


「え? 今度私と二人でお出かけしたいの?」

「お、おう、たまにはいいだろ?」


 うわあ、なんで恋をしている人間って全員がこういう風になるんだろう。

 まるで自分を見ているみたいだ、相手がいいよと言ってくれただけでそれだけで思わず徹夜したくなるぐらいのパワーがあった。

 じっとしていられないんだ、断られる前提で動いていたから受け入れられるとそれはもうやばい。


「別にいいけど……小宮君とかはいいの?」

「啓は関係ない、俺が杉野と出かけたいんだ」

「わ、分かったわ」


 千住君の場合でもこれなら啓が恋をしてもこうなる……のかな、この子ってちょっと違うところがあるからどうなるのかが分からない。

 しかも志乃舞が千住君にということなら関わっている異性はぼくだけになるわけだし、ぼくに対して頑張ろうとする啓というのはどうしても想像できないんだ。


「ふぅ、それなら私が千住君とお出かけする日は千織達もお出かけしたらどう?」

「それは千織ちゃん次第かな」

「千織でいいって、ちゃん付けされるとぞわぞわするんだよ」

「とにかく僕が勝手に決めるわけにはいかないから」


 志乃舞が無理なら適当にごろごろして過ごす羽目になるからそういうことならこちらとしても時間をつぶせてよかった、なにより最近は途中で帰ってばかりだからたまには最後までちゃんと啓と遊んで終わりたい。

 原因を作っているのはぼくだからぼくと遊ぶイコールすぐに帰られるというそれをなんとかできるのもぼくだ、だから遊べた方がよかった。


「あ、啓、そのことなんだけど」

「杉野さんが言っているだけだから大丈夫だよ」

「あ、そ、そうじゃなくてっ」

「特にその気がなければ休みたいよね、そうでなくても風邪が治ったばかりなんだからさ」

「だ、だから……」


 く、くそ、この笑顔が憎い……。

 でも、ここで必死になるのも違うからなんでもないですよ感を出しておくしかなかったのだった。

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