04話

「美味いなこれ」

「だね、猛と初めて来た日を鮮明に思い出せるよ」

「初めてのときは……雨だったよな、確か結構濡れていた気がする」

「急に雨が降ってきて逃げた先がこのお店の軒先だったからね」

「腹が減っていてよかったってやつだよな、そうじゃなきゃ入ろうとは思わない」


 入りづらいお店というわけではないけどそうだな、お腹が減っていなければ入ってみようかとはならないから彼の言う通りだ。

 ここのなにがいいって様々な食べ物が食べられるということだ、だからこそ悩んだりもするけど贅沢な悩みだと言える。


「なあ、休みのときに千織達とどうだったんだ?」

「普通だったよ?」


 二人が途中で帰ったこと以外はあくまで普通の一日だった、一番の驚きは杉野さんが来たタイミングで迎えているからその後のアレのインパクトも弱かった。

 だってあの子は最初から女顔だったからね、その状態で女の子だと言われてもそうなんだと普通の反応を返すしかない。


「普通と言われても俺とお前では違うから分からねえよ、ちゃんと教えろ」

「猛って最近は寂しがり屋になっちゃったよね」

「昔からこうだ、お前のことはちゃんと分かっておきたい」

「よ、よく言えるねそんなことを」

「裏でこそこそされたくねえんだよ」


 裏でこそこそされるのが気に入られないだけか、変な感情があるわけじゃないならこれまで通りの僕らのままでいられるからありがたい。

 でも、ここで変な展開になったりするのが人生というものなんだよな、なってほしくないことに限って実際にそうなってしまったりするんだ。


「ごちそうさま、帰るか」

「あっ、ちょ、ちょっと待ってて」

「ゆっくりでいい」


 味わいつつ急いで食べ終え、まとめてお会計を済ませてくれるみたいだからお金を渡して待っていた。

 彼と外で食べるときはいつもこうだ、ただ、こうして動いてもらっているのにこちらはなにもできていないのが気になっていることだったりもする。


「絶交だって言ったあの日、寝られなかったんだよな」

「そうなんだ?」


 僕はあの日、沢山歩いていたから家に着いたらすぐに寝た。

 冬じゃないから起きたらシャワーを浴びてちゃんとご飯も食べてから登校した。

 強がりでもなんでもなく猛といられなくても特に問題はなかったけどもちろんいられた方がいいに決まっている。

 何故なら心配をして近づいてきてくれても僕的には喜べないからだ。


「ああ、だというのにお前はあくまで普通でさ、俺の影響力ってやつはなさすぎだろって寂しくなった」

「そんなことはないよ、なんでもない風に装っただけだよ」


 言葉の価値が低いからこういうことになる。

 いまからどんなに積み重ねようと多分信じてはもらえない、こういうときだけはどういうことを考えているかぐらいは分かる能力があってほしかった。

 強メンタルの彼なら上手くやれる、素直になれない杉野さんと千織君の仲をなんとかできる、少し怖がられるかもしれないけど相手が本当に望んでいることを叶えてあげることができるんだ。


「本当かよ、千織と杉野の二人がいるからこのままでもいいなんて思考でいたんだろどうせ」

「ううん、そんなことを考えていないよ」

「……今日は俺の家に来いよ、姉ちゃんはいないからいいだろ?」

「うん、行かせてもらおうかな」


 まあ、お姉さんがいても本当のところは別に問題はない、というか家なんだからいて当然なんだ。

 なら何故という話になるけどやはりそこは杉野さんに対するそれと同じで女の子自体が得意じゃないから、それに尽きる。


「ほい、飲み物」

「ありがとう」

「で、千織が女子だってのは分かったんだがお前はどっちにするんだ?」

「どっちと言われてもまだ全然知らないし、なにより結局こっちは選ばれないよ」


 仲良くなる前に終わる、僕は猛とかじゃないんだ。

 運動能力だけでも高ければ可能性はあったかもしれないけどそれすら期待ができないんだから求められることはない。


「耳と尻尾つきだぞ」

「君もね、僕に生えていても誰得だよって話だよ」

「いっそのこと二人の頭を撫でてみたらどうだ」

「君がやってくれたらするよ」

「言ったからな? 明日が楽しみだぜ」


 どうせできない、彼は異性にべたべた触れたりはしない。

 ただ、僕関連のことだと意地を張りやすいということをこのときの僕は忘れてしまっていたことになる。


「いきなりなによ?」

「二人を同時に狙うのはやめた方がいいよ?」

「いきなり触れて悪かった、でもやったぞ啓」


 なに? と聞かれてしまう前にやってしまうしかない。

 やっておいて謝罪なんてこともしない、逃げることもせずに堂々と二人の前に存在していた。

 微妙だったのはすぐに反応をしてくれなかったことだ、これだとやらかしてしまった感が凄くなる。


「あ、いまあなたに頭を撫でられたの……?」

「志乃舞にもやったのは気に入らないけど啓が頭を撫でてくれて嬉しいな」


 女の子にも生えているのが救いか。

 それなら誰得だよと言いたくなる僕の耳や尻尾なんかも我慢できる気がした。

 というか、引きちぎれるような勇気がないから結局付き合っていくしかないんだけどさと内で呟いてため息をついた。




「啓、一人でなにをしているの?」

「見ての通りだよ」


 意味もなく教室を出て廊下でのんびりとしていた。

 猛がからかってくるからとかそういうことじゃない、杉野さんから逃げているわけでもない。

 廊下を特別気に入っているとかでもないため、相手に判断をしてもらうしかないというのが本当のところだ。


「そういえば女の子用の制服ってあるの?」

「あるよ? 一年生のときはずっとそっちだったからね――あ、見たいの?」

「ううん、ただ気になっただけ」


 ということは振られたのは今年ってことか、それまでは勇気が出なかったのかな。

 でも、振られてしまうぐらいなら勇気なんかない方がいいのかもしれない、確実に後の自分に悪影響となるから僕的にはそうだ。


「えぇ、少しは悩んでよ」

「悩まないよ、いちいち動じないって決めたんだ」

「ふぅん、動じない、ね」


 物理的に触られてもいちいち慌てたりはしない、何故か杉野さんじゃなければ大丈夫なのというのもある。

 とはいえ、女の子ということが嘘というわけじゃないだろうから気を付けなければならないことには変わりないけども。


「ぐい」

「いった!? こ、これ、コスプレとかじゃないから……」


 なんで弱点ですよって弱点がこんなに分かりやすく表に出てしまっているのかという話だった、あと何回も言うけど僕にあっても誰得だよという話だ。


「ぼくにだって生えているから分かっているよ、でも、啓は早速負けたよね?」

「敢えてやるとか意地悪な子じゃん……」

「意地悪なのは君だよ」


 彼女はこちらの耳から手を離すと思いのほか真面目な顔でこっちを見てきた、だけど意地悪という点については認めることができない。

 意地悪という言葉が該当する子は敢えて悪く言ってしまうような子だろう、僕は猛にも言っていないから仲の良くない彼女には尚更そういうことになる。

 ぽんこつでも中身は人並みのつもりだ。


「本当にじっとしていられない子達ね」


 じっとしていられないのは彼女も同じ、彼女がいるとすーぐにやってくる。

 その気がないとか言っていたけど試して待っているようにしか思えない、でも、ちゃんと言わなければ相手が勝手に変わったりはしない。

 恋愛未経験だからこそからなのは認めるしかないものの、だからこそなんでそこで動かないのかと言いたくなる。


「志乃舞、啓が意地悪をしてくるんだ」

「耳を引っ張っておいてよくそんなことが言えたわね、悪いのはこの口よね」

「いふぁいいふぁい」

「いいぞもっとやれ! ついでにそのままキスをしちまえ!」


 彼女が来ると猛が来るのもいつものことだ、その輪に加わるのはそもそも無理だけど自分が関係ない部分では三角関係でもなんでもいいと思う。

 寧ろ自分の人生が地味気味だから派手なのを望んでいる自分もいる、ここらへんのことは昔とは変わってしまった部分だった。

 なにもないからこそということならなにかがあればまた元の平和を望む人間性というやつに変わっていくのだろうか?


「そうだ、小宮君に頼みたいことがあったのよ」

「僕に?」

「今度、隣の市に行くときに付いてきてほしいの、ここだと見られないのよ」

「だってさ千織ちゃん」


 こればかりはなんとかしたいなやっぱり、スペックがもっと高ければぱっとほっとやっと上手く解決させられるのにそうじゃないから長引いてしまう。


「お、おい啓、杉野の顔が滅茶苦茶怖くなっているぞ」

「僕と千織ちゃんがいるところで誘えばこうなるって短期間しか関わっていない杉野さんも分かっているはずだよ、恥ずかしがり屋なんだよ」

「なんで同性を誘うのすら無理な女みたいな見方をされているのよ私は……」

「いやほら、それが特別なものになってくると相手が同性でも恥ずかしいのかなって思ってさ」


 百合でいいだろこれもう、だからこのままだと困る。

 彼女の求める条件というのを知りたい、そこさえ分かっていれば高スペックな彼女ならなんとかできる。

 努力をして好きになってもらう必要がないのがいい、あ、彼女、杉野さんを振り向かせなければならないのが他のなによりも大変かもしれないけどね。


「だからそういうのじゃないわ、大体、千織にそもそもそのつもりがないじゃない」

「まあ、ぼくは志乃舞に振られて無理やりそのつもりがないように振舞っているだけだけどね、ふふふ」


 千織ちゃんが近づいてきた理由がやっと分かった、僕らになんとかしてもらいたくて来たんだ。

 となればこちらが仲良くしようとするのは違う、ちゃんと気づけてよかったというやつだった。


「千織もふざけないで。とにかく今週の土曜日は予定を空けておいて、千住君を連れてきたりしちゃ駄目よ?」

「うーん」

「いいわね?」

「う、うーん」


 だけどとりあえずは付き合っておくか。

 彼女といられなくなると協力どころの話ではなくなるから仕方がない。

 相手のことを振り向かせる方法を考え出すよりは楽なことだと言えた。




「あんなことを言われたら気になるってもんだよな」

「だね、志乃舞はお馬鹿な選択ばかりをしているよ」


 志乃舞が観たがっていた映画はあっちでも全く問題なく観ることができる、それなのに敢えてこっちの市まで来たのはぼく達に邪魔をされたくなかったから……だけではなさそうだ。

 長くいようと全てが分かるわけじゃないから付いて行くしかない、千住君がいてくれるのはラッキーだ。

 だって一人でこそこそと誰かを追っていたら怪しまれてしまうからね、その点、誰かといれば友達などと勝手に判断してくれる。


「あ、腕を掴んだ」

「杉野の奴、べたべた触れすぎじゃないか?」

「んー、なにをそんなに気に入っているんだろうね」


 啓は格好いいわけでも可愛いわけでも……あ、ちょっと可愛くはあるけど志乃舞的にびびっとくるような子ではない気がする。

 かといって横にいる千住君みたいな子も違う、なんかもっとこう分かりやすく格好いい子を求めるのが志乃舞だった。


「志乃舞って結構面食いなんだよ、だからちょっと意外な展開でね」

「おま、ひでえ奴だな」

「でも、事実だから、啓って格好いい系じゃないからなぁ」


 あ、ちなみに現在二人は映画館に入っていったから目の前からは消えた。

 多分、鋭い志乃舞のことだからぼくらには気づいていると思う、それでも直接目の前に来なければ許容範囲なのか全く気にした様子はなかった。

 啓に拘る理由はなんだ、小動物的というわけでもないし……。


「じゃあお前は杉野に振り向いてもらいたいから啓といるんだな?」

「ん? ああ、別にそういうつもりじゃないけどそのまま信じるのは危険だよ」

「だったら啓に近づくな」

「あらら、怖い顔だね」


 ぼくが志乃舞のことを好きでいたように彼も啓のことが~というところか。

 いざ実際に仲間的存在に出会うと逆になんとも言えなくなるな、というか、男の子と男の子の場合だと女の子と女の子のときとは全く違う気がする。


「利用されるところを見るのはごめんだ、昔にもお前みたいな奴がいたんだよ。そいつは使うだけ使って悪く言いやがった、気に入らなくてぶっ飛ばしたが啓には怒られるしでまだ引っかかったままだ」

「暴力を振るったらその子と同じどころかもっと低いレベルの存在になっちゃうよ」

「じゃあお前、杉野を利用されたうえに悪く言われたら我慢できるのか?」

「んー、その場合は言葉で苛めるかな、流石に手を出したりはしないよ」

「どうだか、お前みたいなタイプが一番やらかすんだよな」


 恋は盲目という言葉があるけど実際のところはそんなことはない。

 駄目なところは駄目だとちゃんと言ってきた、特に家だと途端に弱々しくなるからそこは直さなければならないところだと志乃舞が耳を塞ぎたくなるぐらいには言ってきたことになる。

 ただまあ、言えばなんでも変わるならこうはなっていないというやつで未だに外と家での差は大きいままだ。


「確かにお前ってにこにこ笑みを浮かべながら苛めてそうだな」

「苛めたことなんてないけどね」

「とにかく、啓に悪さをするつもりなら近づくな」

「だからしないって、そもそも千住君が止める理由が分からない」

「俺は啓の保護者なんだよ」


 やれやれ、ありがたいはずだったんだけど逆効果になりそうだ。

 これなら一人の方がよかった、ベンチにでも座っておけば他の誰も気にしない。

 幸い割とすぐに一時間以上が経過して二人が出てきてくれたからよかったものの、そうでもなかったら途中で帰っていた可能性があった。


「あ、やば、志乃舞が来る」

「逃げるの面倒いからもう普通に話そうぜ」

「そうだね」


 志乃舞は目の前まで歩いてくると腰に手を当てた、顔は……呆れ気味だ。


「隣の市にまで来るなんて馬鹿じゃないの?」

「まあそう言わないでよ、そもそも志乃舞が『四人で行きましょう』と言っておけばよかったんじゃないの?」


 わざわざ意味もなく隣の市に来ているのは彼女も同じだ、つまりぼくらを馬鹿扱いするなら自分もということになる。


「はぁ、勝手に付いてきたうえに人のせいにするとかどうかしているわ」

「つか啓は?」

「あそこにいるわよ、恋愛映画を観たんだけどずっとぷるぷるしていたわ」

「あーあ、杉野も千織もあいつのことをなにも分かってねえな」


 付いて行くと明らかに弱っている啓がベンチに座っていた、ぼくらに気づいても特にリアクションを見せないところが弱っている証明になっている。


「ち、千織ちゃん……」

「んー?」


 相手が啓だからとかじゃなくてちゃん付けで呼ばれていると背中がぞわぞわする。

 これは小学生の頃からそうだったから多分きっとこの先も変わらない、それどころか嫌悪感というのはもっと強くなっていく。


「杉野さんはきみなんかよりよっぽど手ごわいよ……」

「あはは、でしょ?」


 勝手にぼくが普通の人間だと思われているのも癪だ、色々と言っておいてあれだけど志乃舞なんか話にならないぐらいには面倒くさい人間だ。

 でも、啓がこのままならいちいち言わなくていいかなと線を引いている自分がいるんだ、今回も外れかもしれない。


「僕はもうここまで……だ……」

「啓ー! って、そろそろその千織ちゃんってやつをやめてほしいんだけど」

「じゃあ千織君でいい?」

「千織でいいじゃん、なんでそこで無駄な抵抗をするの」

「だって求めていないから、本当は杉野さん以外はどうでもいいんだよ」


 っと、啓も啓でこういうところがあるよなぁと内で呟く。

 自信がないところからきているのは分かっているけどたまにそれ以上のなにかがあるんじゃないかと思えてくるこの感じ、それとこういうときの啓の顔は見たくない。

 なんか圧を感じるからだ、千住君は何回も見てきているだろうけどよくそれでも一緒にいられているなと言いたくなる件だった。


「だから私達は――」

「分かっているよ、これは千織ちゃんの問題なんだ」

「問題って、好きでいることや意識することが問題なら恋愛なんてできないよ」

「うーん、じゃあそれも違うか」

「なんだそりゃ……」


 もう志乃舞とどうこうという考えは諦めていてないけど新たな恋をすることもなさそうだと分かった一日だった。

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