03話

「おはよう小宮」

「おはようございます」


 先生はいつも通り元気だ、あ、いやまあ僕の方だって同じだけど。

 猛といられなくなったからといって分かりやすくなにかが変わるというわけじゃない、あくまで僕ら以外は昨日までと同じ――いや、どうやら一人だけ違うみたいだ。


「ねえ小宮君」

「どうしたの?」


 よし、慌てずに対応することができた、このまま続けることができれば鋭い杉野さんから逃れることができる。

 そもそも彼女がその件で近づいてきているということが分かっていない状態だ、下手に喋ってばれてしまう方が面倒くさい。


「やっぱりなにかあったのね」

「え、なんの話?」

「私は最後まで諦めないわよ、ここで答えておいた方が疲れなくて済むわ」


 そう言われても困る、ここで簡単に教えているようでは話にならない。

 でも、こうして席でのんびりしておくのは無理だった、毎時間あの調子でこられると猛が離れても特に変わらなかった精神がやられる。


「はぁ」


 メンタルが微妙でもこれまで一回も教室から逃げたことがなかったのにこれだ、多分このまま意味もなく逃げ続ける人生になると思う。

 友達からも逃げて最後には家族からも逃げて部屋にこもってそのまま死亡……なんてことになりかねない。

 ただ、猛との方はともかく千織君の件は千織君が悪い気がするんだけど……どうだろうか? こういうところが原因だと言われたらもう諦めるしかない。


「大きなため息ですね」

「うわっ!? え……」

「はは、流石に驚きすぎでしょ」


 いや……なんでこんなに普通な顔をしていられるのか、昨日のことが本当はなかったなんてこともない。


「朝から志乃舞に絡まれていたね、で、啓は教室から逃げちゃったんだ」

「き、君のせいだけどね」

「だって啓が期待させるようなことを言うからだよ、それなのに結果はあんなのだったからさー」


 見る側としてはご自由にという感じだけどやはり自分が選ばれたときは変わる。

 気持ちが悪いなんてことは思わないものの、余程のことがなければその相手のことを好きになってはいないだろうから振ることになってしまう。


「それで千住君と一緒にいないのはなんでなの?」

「他の子といたい気分なんだよ、僕らは確かに昔から一緒にいたけどこういうことは多かったよ」


 く、くそ、みんな見ていやがる、そして見たうえにこうして行動をしてしまう存在がいるのは厄介だと言えた。

 だってこれだといくら逃げても意味がないからだ、まあ、逃げ続ければいずれ飽きるだろうけど我慢比べをするのは面倒くさい。

 が、自分の口から吐きたくはないという拘りもあってどんどんと悪い方へ傾いていくというやつだった。


「嘘だよね」

「嘘じゃないよ」

「ねえ啓、本当のことを言ってくれたら気持ちのいいことを――あー! なんで逃げるんだ!」

「なにもないからだよ!」


 いや待て、やっぱりこれは無駄に拗ねたうえに絶交とか言い始めた猛が悪いのではないだろうか? そうやって答えが出たならこんなところで遊んでいるわけにはいかないから教室に戻ろう。


「猛が悪いんだから責任を取ってよ」


 はは、無視をされることは分かっていたからこれぐらいのことで挫けたりはしないぞ、何時間でも「悪かった」と言うまで張り付いてやる。

 その結果、猛に張り付く僕とその僕に張り付く千織君と不機嫌そうな顔でこちらを見てくる杉野さんという構図が出来上がった。

 最後の人がわざわざ来ては睨んでくるから怖いものの、目標を達成できるまでは離れたりはしない。


「……邪魔だ」

「どかないよっ」

「ぼくもっ」


 喋ってくれただけでも前に進んでいる証拠だ、こうなると一気に無視なんかができなくなって猛はいつも通りに戻っていく。

 色々と甘いし、僕みたいに徹底できていない、でも、そういうところに助けられてきたところもあるからなにかを言ったりもしないけどね。


「はぁ、千織はなにをしているんだよ」

「だって間違いなくなにかがあったのに啓がはっきり言わないんだ、だからぼくは啓がはっきり言うまではこれを続けるよ」

「杉野は?」

「この子が隠すからよ、昨日だってすぐに違うところに行ったりして」

「は? はぁ、また悪い癖が出たのか」


 悪い癖というかすぐに帰りたくないときはああするというだけだ。

 歩くとすっきりする、ぽんこつ体力でもあのときだけは疲れずにどんどんと遠くまで歩けるんだ。


「そうだよ、誰かさんが勝手に拗ねて絶交とか言い始めるから――あ」

「「ふふ、最初からこうしていればよかった」」


 やってしまった感がすごい、あときっかけを作ってくれた猛と千織がにやにやしているのがむかつく。

 それと杉野さんのこの駄目なきょうだいが複数人いるようなお姉さん感はなんなのだろうか、実際にいたりするのかな。


「なるほどな、で、結局一日も守れずに終わったということか」

「千住君依存だね」

「別にそんなことを言うつもりはないけど隠そうとしたのは駄目ね、小宮君は後で私に付き合うこと」

「す、杉野さんはどこ目線なの?」

「私目線よ、それにあなたは女の子とかそういうことよりもまず千住君以外の子に慣れないと駄目だもの」


 で、出た、なんか変な方向で本人が求めているわけでもないのに頑張ろうとさせてしまうタイプだ。

 僕みたいなタイプとは相性が悪い、ここは迷惑をかけないためにも距離を作っておく必要がある。

 しかし一人でなんとかできることではないのはいまこうして彼らと会話~となっている時点で分かりきっているため、


「ち、千織君、杉野さんから逃げるために協力をしてくれないかな?」


 猛には頼めないから千織君を頼るしかない。


「いいよ、なんか楽しそう」

「ありがとう、じゃあ早速――あ、あの、手を離してほしいんだけど……」


 千織君がああいう反応を見せたということは彼女も同じようになる可能性が高い、そういうのもあって一緒に行動したいという気持ちにはならなかった。

 だってその度に彼女達の中では不正解となって去られるからだ、無ダメージというわけではないのだから気を付けてほしい。


「駄目よ、どこかに行くなら私も連れて行きなさい」

「い、いや、杉野さんがいたら意味がないから……」

「いいから行くわよ、千織も」

「おっけー」


 よ、予鈴バリアでなんとかなった。

 授業中、なんとなく猛の方を見てみたけどいつも通りの猛だった。

 でも、仲直りができたわけじゃないから勘違いして近づいたりはできない、僕が近づいた途端にあの尻尾が太くなったりしそうだからね。


「おい啓、千織達が来るまでに逃げるぞ」

「え、絶交は?」

「もうやめだ、いいから行くぞっ」


 えぇ、なんだよそれ、どれだけこちらを振り回せば済むんだ。

 いいよな振り回せる側は、振り回される側の僕の気持ちなんか絶対に分からない。


「ここまで逃げれば大丈夫だろ」

「なにが? 誰から逃げているの?」

「なっ!? なんでいるんだよ……」


 猛はかなり驚いているけどこちらは早い段階から気づいていた、だって直接体に触れられたら誰でも気づく、だけどどんな能力だよと言いたくなったのはこちらも同じだった。

 同じように走っているのに彼には足音を聞かせないなんてやばい。


「啓に興味を持ったって言ったでしょー、対象が動けば追うに決まっているよ」

「お前のそれ軽いんだよな、それに駄目判定をして帰ったって話だっただろ」

「まあそうだけどさー」


 確かにそうだ、それに猛と仲良くしたくて近づいてきているようにしか思えない。

 この前あっという間に帰ってしまったのも本当のところはそこからきている気がする、猛を呼べなくなったら僕の価値は遥かに低くなる。


「絶交をしたわけでもいきなり帰ったりもしていない私と過ごすべきだと思うわ」

「「「うわっ!?」」

「ふふ、油断しないことね。だからほら、行きましょう?」

「ちょ、簡単に手に触れたりしたら駄目だよ」

「汚いわけじゃないでしょう」


 こっちは……あ、千織君に意識をしてもらいたくて敢えて変なことをしているというところか。

 話し始めたばかりの猛を狙っているということはないだろうからきっとそうだ、それなら僕も少しは協力してあげなければならない。


「千織君、手を貸して」

「うん」

「これをこうして、はい、やっぱり二人が手を繋いでいるといいね」

「「は?」」

「こ、怖い顔をしても無駄だよ、杉野さんは千織君に意識をしてほしくて僕になんか構っているんでしょ?」


 相手が猛じゃなければ一切問題なく動ける。

 多分この先、じれったいことになるだろうから進められるときに進めておくんだ。


「はぁ、千織、この子はどうしてこんな風に育ってしまったのかしら」

「千住君しか友達がいなかったからちょっとずれているんだよ」

「なるほどね、それなら千住君から離しましょう」


 なんでそうなる、いまどうにかしなければならないのは僕らではなく二人の方だ。


「おいおい、本人にその気がなければ意味がないぞ」

「そうだよ、それにこれは杉野さんか千織君が素直になればいい話だよね?」

「だから私達はそういうのじゃないわよ……」


 よしよし、このままやっていこう。

 きっかけを作らなければなにかが始まったりはしない、もしかしたら隠しているだけで既に付き合っている可能性があるかもしれないけどその場合は謝るしかない。


「ぼくは志乃舞のこと好きだけどねー」

「あ、こらっ」

「ふふ、あくまで友達としてだよ?」

「そんなの分かっているわよ、小宮君が調子に乗るから余計なことを言わないで」


 どっちかがはっきりとするまで続けてやろうと決めた。

 余計なことを言ったのは杉野さんの方だった。




「ねえ、これはどこに置けばいいの?」

「それはここかな、というか杉野さんは座っていればいいよ」


 いきなり朝に乗り込んできたかと思ったら何故か手伝ってくれていた。

 別に今日じゃなくてもいいけどやれるときにやっておきたい派だから掃除をしている形になる、猛なんかが来るとすぐに遊んでしまって結局やらずに休日が終わってしまったなんてことになるからやっておかないと駄目なんだ。


「駄目よ、早く終わらせて遊びに行きたいもの」

「だ、だから他の子と遊んでくればいいんじゃって話なんだけど……」

「なんでそうなるのよ、いいから早く終わらせるわよ」


 ま、まあ、そこまで大規模にやるわけじゃないから割とすぐに終わるんだけどさ。

 でも、千織君がいるのにいいのか、それともここも僕の方から動くべきなのか?


「終わったわね」

「少し疲れたから休憩に――あ、焦らなくてもお店とかは逃げたりはしないよ」

「そうね、お店は逃げないわね」

「ぼ、僕も同じだから、杉野さんから逃げたりはしないよ」


 というか僕の家なんだから逃げられないよ。

 こちらとしては頑なになられる方が厄介だから自分から出さない限りは千織君の名前を出すのはやめよう。

 紅茶をあげたら鼻歌交じりに読書を楽しみつつそれを飲んでいたからほっとした、こういうところは女の子という感じがする。

 ちなみに猛にも有効な技だ、まあ、猛の場合は紅茶の部分がお肉とかに変わるわけだけども。


「ちょっ、近いよっ」

「はぁ、いちいち過剰な反応をして疲れないの?」

「杉野さんがおかしいっ、そういうところが千織君とお似合いだって言っているんだよ僕は!」


 くそ、出したくなかったのに出すことになってしまった。

 でも、この子は分かっていないだけで千織君から影響を受けているんだ、それで損をすることになるのは彼女だけど友達としてはちゃんと言っておかなければならないことだった。


「あーもう顔を赤くしちゃって、ただ触れただけでこれならキスとかしたらどうなってしまうのかしら」

「き、キス!?」

「あら、ふふ、このまましてしまうのもありかもしれないわね」

「え、ちょっ」

「しっ、この音は……」


 なんだなんだと慌てている内に何故か千織君を連れて戻ってきた。

 彼はあくまで明るい感じで「ばれたかー」などと言っていたものの、訳が分からなさすぎてそれどころではなかった。

 この様子だと彼女が呼んでいたなんてこともないだろうし、やはり彼女のことを気にして追ってきていたのかもしれない。


「まったく、私の邪魔ばかりをして」

「そう言わないでよ、千住君ならいいけど啓は駄目だよ」

「可愛いと言ってもらえたからってなによ、そんな言葉なら私が何回も言ってきたじゃない」

「でも、志乃舞は受け入れてくれなかったから」

「それはそうね」


 えぇ、そこはあっさり認めるのか。

 しかもこの二人、結局集まるとすぐに仲良しですアピールをしてくるんだ。

 家でやられている側としては他の場所でやってくれないかなと言いたくなる、いちゃいちゃを見せられるのはごめんだ。


「千織君じゃなくて杉野さんに原因があったんだね」

「受け入れられないから断っただけよ、あなただって千住君から求められたら断るでしょう?」

「まあ、猛が相手ならね」


 一人とは不安定な状態にならないようなそんな関係じゃなければならないんだ。

 そういう点ではよく失敗しかけているけどなんだかんだ続いているから気にしてはいない、多分これから先も同じようなことを繰り返して過ごしていく。

 いつかは向こうが誰か特別な存在というやつを見つけて終わるだろう、でも、それまでは友達のままでいたかった。


「なんで? 千住君のことが好きなんじゃないの?」

「好きだけど一緒にいて安心できなくなったら終わりなんだよ」

「私は少し違うけど千織に対しては似たようなものね、そもそもどれだけ変わっていこうが私的に同性はありえないのよ」

「あー! よくないんだからそういうの」


 仮に思っていても確かに黙っておくべきだ、身近にどういう人がいるのかを把握できているわけじゃないんだから気を付けておくに越したことはない。


「ん? 同性……」

「男の子の制服を着ていても普通分かるでしょう? あ、もしかして本気で髪を伸ばしているだけの男の子だと思っていたのこの子は……」

「あ、千織君じゃなくて千織ちゃんだったんだ」


 そうか……って、思いきり男子トイレに入っていたけどいいのか。

 前にも言ったように校則というやつは緩いけど流石に自由過ぎる気がする、まあ、逆よりはいいのかもしれないけど。

 だって個室を利用していたしね、いや、寧ろ利用してくれていてよかったというやつだ。


「志乃舞に振られて乙女のハートが割れてね、男の子として生きることにしたんだ」

「なにが振られてハートが割れたよ、無理だと断ったとき『分かっていたけどさー』と軽い反応だったじゃない」

「仕方がないだろー、断られたらそういうことにして終わらせるしかないんだ。あそこででも! とか言ったところで志乃舞は振り向いてくれたりはしなかったんだ」

「それはそうよ、受け入れる気なら敢えて一旦振ったりはしないわ」


 た、頼むから違う場所でやってくれはしないだろうか? 少なくともその話を僕に聞かせる意味はない。

 それともこれも結局付き合うための前振り的なもので必要なことなのだろうか? 別に自分が付き合えない分は全く問題ないけどいちいち目の前でやられるというのもちょっとなぁ。


「それはもう終わったことだからもういいとして、小宮君との時間を邪魔しないでくれないかしら」

「啓のことを気に入っているの?」

「そうかもしれないわね、単純に邪魔をされたくないだけなのもあるわ」


 邪魔をされたくないというそれが強すぎて適当感がより目立つ。

 特定の人物がいるとついつい悪く言ってしまうというか余計なことを言ってしまう子というのは実際にいることを知っている、少なくとも片手分ぐらいの人数は見たことになる。

 それで彼女で更新ということになるけどこの場合は友達だからこれまでとは違うわけで……。


「でも、啓は駄目」

「ふーん、それならもういいわよ」


 千織ちゃんも千織ちゃんか、というか、僕にどうこうできることじゃないからやるならやっぱり裏でやってほしい。


「というわけだからぼくも今日は帰るね」

「うん」

「志乃舞は頑固だ」


 頑固はどっちだかというツッコミ待ちなのかと思えばそうではなく彼女も静かにここから去るだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る