第8話

「……ちゃん、早くこっち来て!」

「ちょっと待ってよ、おいてかないで」

不釣り合いなほど大きなランドセルを背負った男の子と女の子が、田んぼの畦道を走っている。

「……ちゃんあのね、大きくなったらさ、僕は……ちゃんのお婿さんになるんだよ」

「私も……くんのお嫁さんになるっ」

「それでね、あのね、……ちゃんのためにプレゼント持ってきたんだ」

男の子が取り出したのはシロツメクサで作った花の冠だった。

「はい、これあげる!」

「ありがとう!」


ピピピーピピピーピピピー

「あ……またこの夢か……」

俺は目を覚ました。最近小学校低学年くらいの男の子と女の子が遊んでいる夢をよく見る。初めのうちは、もう小さい頃を回顧するような年齢になったのか、と月日の流れを痛感していたが、何度も見るとなると話は別だ。4回目になってくるとさすがに不気味だ。

「妙にリアルなのが怖いんだよなぁ…」

もやもやとした気分で朝の支度を済ませ、家を出た。通学路の途中で、昨日の夢に出てきた畦道を通る。小学生の頃から通っているから見慣れた景色である。ちらほらと見えるランドセルを背負った子供たちを颯爽と自転車で抜かしていく。

―いつから笑わなくなったんだろうな

無邪気な彼らには出来ないことや知らないことが沢山あって、長く生きている俺の方が世界を上手く生きていけるはずなのに。でも充実した日々を送っているのは間違いなく彼らの方だ。

「知識なんて無い方が楽しく生きられるのかもしれないな」

「朝から重い話ね、城田君」

「わぁっ!」

突然現れた松野さんに、情けない声をあげてしまった。昨日の「みーちゃん事件」があって少し気まずいが、向こうはさほど気にしていないようだった。

「朝から物思いに耽っちゃって、何かあったの?」

「いや、特に何もないんだよ。小学生見てたらちょっとセンチメンタルになっただけ」

「そっか。まぁ気持ちは分かるよ。なんかキラキラしてるもんね」

「あの頃に戻りたいよ、本当に。」

「…うん、そうだ、ね。」

彼女は少しうつむき気味に言った。何か言ってはいけないことを言っただろうか……

「とにかく、あの信号を左に曲がったら、松野さんは先に行って」

「なんで?」

「昨日も行っただろう。俺とは仲良くしない方がいいって。俺と一緒にいるところを誰かに見られると厄介だ」

「なんでそういうこと言うの」

「いいから」

俺は止まってスマホを取り出し、スクロールするふりをする。

「……わかった」

不服そうな彼女の顔に、少し寂しさがにじんでいたのは気のせいだと思うことにした。

それでいいんだ。俺は間違っていない。

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