第6話

21世紀もとうに始まっているのに、この町には電車が通っていない。バスや車、自転車が主な交通手段で、大きな市街地に行くには山を越えなければならず、1時間ほどかかる。四方を山に囲まれており、良く言えば自然豊か、誤解を恐れずに言うならば発展していない。それには訳がある。


この町では昔から、多くの怪奇現象が起こってきた。それらは通常、人に害を及ぼすことはほとんどなかったが、唯一例外があった。天狗伝説である。その始まりは諸説あるが、一番有力なのは戦国時代末期である。この地域を治めていた大名が、ある日忽然と姿を消した。彼は人格者で町の住民に慕われており、怨恨による誘拐は考えられない、神隠しではないかと噂された。しかし彼が姿を消してからすぐに、彼にまつわる事物が消えた。彼がこの世に存在していたことを示す証拠が、一つ残らず消えてしまったのである。限られた人間が知る場所に保管していた書類も紛失したため、大名の側近が事件に関与していると考えられた。そして調査が行われたが犯人は見つからず、それどころか失踪事件はその後も発生し続けたという。そしていつしか人々は、村に天狗がいると考えるようになった。大名を失ったこの地域は多くの国に征服されたそうだが、この噂が瞬く間に広がり、気味悪がられ、この土地を手放すようになった。


時は昭和に移り変わる。この地域の謎は民俗学者の好奇心をくすぐるものだった。そして数多の学者がこの地に足を運んだが、解決には至らなかった。3、40年前には鉱山に目を付けた企業が幾つか進出してきたが、まもなく撤退していった。「何故か従業員が次々と姿を消して」いったからだ。家族も友人も行方を知らない、消息不明になる者が数十人単位で、どの企業にも出た。この町は何かがある、そう皆言い残して逃げるように去っていった。


今この町に残っているのは、工場や会社の跡地だけ。誰にも手入れされていないため雑草が生い茂り、ところどころ壁にひびが入っている。まさしく廃墟の様相を呈している。

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