第5話
そわそわした教室の空気を変えたのは、大島玲子だった。バスケ部で、このクラスの女子の中心的存在である。蜂蜜色のポニーテールを揺らしながら松野さんの席へ駆け寄った。
クラス中が、動向を探る。
……大島のやつ、気に入らないんじゃないかな。今まで自分が一番かわいくてちやほやされてたのに、その地位が危うくなったからさ。
……いや、待てよ。ここで変に動くよりも味方につけておいた方が株もあがるし、おいしいからそんなことはしないか。
言葉にはせずとも、クラスメイトが邪推をしているのは明らかだった。
「松野瑞葵ちゃん……だよね?私は大島玲子。このクラスの体育委員をやっているんだ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
松野さんは人当たりの良い笑顔を向けた。その可憐さに、クラスの何人かの生徒が息を呑む音が聞こえた。教室の視線が、特に男子の視線が彼女に集まった。
刹那、大島さんは笑顔をひきつらせたが、授業開始のチャイムが鳴った。一瞬で笑顔を取り繕うと、一言告げた。
「わかんないことあったら何でも聞いてね」
「ええ」
数学の先生が教室のドアを開けて入ってくる。いつもと違う雰囲気に眉をひそめていたが、新参者の名前が記載された名簿を見て、納得した表情をした。
「ねえ、瑞葵ちゃんはここに引っ越してくる前、東京に住んでいたのよね?どうしてこんな田舎町へ?」
「小学生までこの近くに住んでいたんだけど、中学は東京で過ごして、高校からこっちに戻ってきたんだ」
「へえ、そうなんだ」
近くで盗み聞きしていたクラスメイトはひそひそ話を始める。
何があって便利な東京からこんな不便な村へ―
皆のおしゃべりな視線をものともせず、彼女は授業の準備を始めた。
そう。進出している企業もなく土地整備もほとんど進んでいないこの村に、転校生が来ることはほとんどない。いや、0と言っても過言ではない。「日本の原風景の最後の砦」なんてあだ名までつくほどこの町には何もないのだが、それには深い理由がある。
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