第3話

 短く、はっきりとした声で部屋の主は答えた。いや、どうぞじゃなくて。

「すみません、入れないんです」

 すると、扉を押しながら動かすと開くよ、と声がした。つい先日の地震で建付けが悪くなったのかもしれない。そろそろリフォームをした方がいい、そう思いながら肩を扉に押し付け、扉を開けた。


「こんにちは。今日は早いね、どうしたの」

 城田直哉教授-この部屋の主であり、天文サークルの顧問であり、天文学者である彼が椅子に座ったままこちらを振り返った。黒髪に眼鏡をかけ、スーツに身を包んだ彼は、教授のようにも会社員のようにも見える。年は30代手前だろうか。端正な顔立ちをしている部類だと思うのだが、指輪ははめていない。

 ……世の女性が黙っていないだろうな

「大戸君?どうしたのかな、僕の顔に何かついている?」

「いえ、何もついていません」

 こほん、と空咳をして視線を彷徨わすと、机の端に置かれている封筒が目に入った。古びており、くすんだ色をしているそれは、最新鋭の設備の中で浮いていた。

「教授、その封筒ってなんですか?」

「これかい?」

「はい」

 教授は封筒をひょいと取ると、少しの沈黙の後に口を開いた。

「これはラブレターだよ。君が来るまで懐かしくて読んでいたんだ」

「え、教授、恋人がいるんですか?」

「いや、今はいない。10年ほど前に死んだよ」

 思わず口をつぐむ。興味本位で話を広げてしまったことを反省した。教授はそれを察したのか、苦笑いしながら

「まあ、そんなに気にしないでくれよ。僕が話のきっかけを作ったんだから。あれはいい思い出だったな。天文学ヲタクの僕にも青春があったんだよ」

 教授の青春ねえ。それだけ顔が良ければ、彼女も後を絶たなかっただろう。ほんの少しの嫉妬を滲ませて呟いた。

「教授の顔なら女の子選び放題でしょう」

 目の前の色男が、くすっと笑った。

「そんなことはなかったよ。僕は田舎の生まれだから、そんなことしたらすぐに噂になってしまう。僕が愛した女性は、1人だけだ」

 そうきっぱり言い切る彼に、少し興味がわいてきた。

「へえ、詳しく聞きたいですね」

 教授は少し考えこむ素振りをした後、小さく頷いた。

「話すと長いんだけどね。大戸君、今から時間ある?」

「はい」

 サークルが始まるまで小一時間ほどある。教授の口から紡がれる話に俺は耳を傾けた。

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