第7話 過去と知らない誰かの声
私こと桐生麗奈には、二人の兄がいる。
一人はあの愚兄、アニメゲーヲタで変態を地でいく次兄と、本当に血が繋がっているのかとDNA鑑定を考えるほど美形な面(ツラ)を持った長兄である。
TOKI◯の長瀬さんに激似と言えば、どれほどかご理解いただけるだろう。
長兄に関しては、その容姿からか至極真っ当に人生を謳歌しており、俗に言うリア充というやつなので割愛する。
問題は次兄、つまり此度の元凶である愚兄だ。
奴は長兄と兄弟喧嘩をするたびに私を巻き込み、あろうことか妹を盾にすることも厭わなかった。
長兄にタチの悪い悪戯を仕掛けては、報復に石投げの的にされると、たまたま居合わせた私を石避けに使いやがったりした。
結果、私は顔面に石つぶてを食らい血まみれになった。その傷は未だ左目の下に残っている。
あの恨みは未だ消えていない。
他には「貴様に貴重なゲームをさせてやろう」と、当時滅多と触らせてくれなかった○ーファミのコントローラを握らされたと思ったら、○ルネコのダンジョンを延々三時間、レベル上げの為だけに周回させられたこともある。
わかるやつにはわかるはずだ。鬼畜の所業だと。
またある時は愚兄の友人という名のオタク仲間を家に呼び「ほうれ見るがいい。これがリアル妹と言うものだ!」と実の妹を二次元妹萌えする変態どもに売り渡したりもしてくれた。
想像してみろ。
兄の友人どもに「求めてたのはこれじゃない」な顔をされる悲劇を。
愚兄への殺意が爆増した瞬間だ。
おかげで私は誇るべき日本アニメの中でも唯一、妹系アニメだけがダメになった。
「お兄ちゃん♪」と萌え声優のセリフで喜んでいるオタクどもを見ると眼鏡ごと眼球を潰したくなる。
座右の銘は「妹萌えなぞ反吐が出る!!」である。
愚兄の話はそれだけではない。
学校生活においても、奴には散々苦労をさせられた。
リコーダーを貸りに来た時には咄嗟に彫刻刀を握りしめたものだ。
「レイナちゃん貸すの……?」とドン引いていた友人に「貸すわけねえだろ!!!」と絶叫したのも今となっては苦い思い出である。
他に貸りに来たのは体操服、ハーモニカ、国語辞典等ありとあらゆるものだ。
体操服に限ってはそもそも貸すはずがないが、サイズが無理だし赤いブルマを着用するつもりだったのかと戦慄が走った。主に私の友人達に。
あの時ほど愚兄を殺してやりたいと思った瞬間は無かった。
いや、社会人になってからは帰宅して自室に入ると愚兄が私のPCで十八禁ゲームをしていたこともあったか。
あの時愚兄を殴った北海道土産のラベンダー柄のオカリナは木っ端微塵になった。
そもそもあの愚兄さえいなければ、私は今頃まともなキラキラ女子生活を謳歌できていた気もする。
すべては中学二年時に、奴が持ってきた一本のビデオテープのせいだ。
ドラゴンだって跨いで通る美少女魔道士に出会った私は、おかげで街や世界を破壊できる魔法呪文をそらで詠唱できるようになってしまった。
結果、学年中上位だった成績は面白いくらい転げ落ちた。
まあ、オタクになったこと自体は後悔していないし、実際は助けられもしたが、時期を考えろと今は言いたい。
翌年受験生になる妹をオタク堕ちさせるとはなんたる兄か。
感謝余って憎さ五億倍といった感じだ。
ともあれ、幼少の頃からそういった酷い体験を重ねたせいか、私の感覚はついぞ麻痺してしまったのである。
清い汗を掻いていたバドミントン少女は、いつしかアニ◯イトに自作ペーパーを持参するようになってしまった。
普通の女の子に戻りたいです!とか言っておく。
ちなみに、これらすべてが作者のノンフィクションだ。
何て言うかもう、本当に全部愚兄が悪い。あいつが元凶。諸悪の根源。はびこる黒カビの根なのである。
「クソ愚兄……戻ったら覚えてろ……」
「ね、寝言か……?」
夢の中で過去の回想をする私の耳に、誰かの戸惑う声が聞こえた気がした。
音は低く、恐らく男性の声だ。
誰だろうか。
割と良い声をしているけれど、全く知らない人なのは確かだ。
そもそも、私は確か樹の上にいたはずなのだが。
しかもかなり上に登っていた。通りすがりの人間にしては状況がおかしい。
普通の人間があんなところにやってくるはずがない。
もしくは私が落っこちたか。だとしたらあの高さなら死んでいる気がする。
けど死後の世界の割には、背中が安定した地面についている感覚があるし、土や樹の青っぽい匂いもする。
それになんだか温かい。すぐそばに火―――ぱちぱちと爆ぜる音がすることから焚き火か何かがあるようだ。
だが起きなければ、と思うのに反して身体は動かない。瞼も重過ぎる。それに、とにかく眠い。
泥のような眠気が思考にまとわりついている。
「エキラスの毒はそろそろ抜けたか? ああ、だいぶ顔色が良くなったな。……しかし、なんであんな所で寝るんだか。普通やらないだろ。見た目といい行動といい、おかしな女だ」
心底不思議だ、と言わんばかりの男性は寝ている私のすぐ横にいるらしい。
普段の私なら飛び起きて相手を警戒するところだが、いかんせん今はどうにも身体が鉛のように重い。
頭に痛みはないものの、酷い眠気に襲われていて全く動く気になれない。
それに正直なところ、たとえ夢であっても誰かがそばにいてくれるのは、今の私にとって大変有り難いことだった。
だって一人は怖いから。
人間だって十分怖いけど、それを放っておきたいくらい、今の私は人恋しいのだ。
現状何かされているわけでなし、ここは様子見でも良いだろうと楽天的に考える。
そうして、私は今ひと時の安心感に身を委ねることにした。
だって眠いし。
起きたらやっぱり樹の上でした、もあり得るし。
それなら少しでもこの夢を続けて見ていたい。
運が良ければ元の世界の夢が見られるかもしれない。帰ってるのが一番だけど。
眠さのせいかつらつらとそんなことを考えているうちに、私の意識はとろりと優しい眠りの海に沈んでいった。
いつの間にか消えている全身の疲労感や、手の甲の傷について、ほとんど考えることもなく―――
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