6話-(4)

 2019/9/22 F県内大学キャンパス


「え~……DPⅡの発生に関しては、PMCが我が国の法を掻い潜ってどう動いたか、については一応の結論が出ておりまして。事前捜査の段階で、自治体から圧力があったことが明らかになっております。後に即座に癒着が明らかとなり失脚――となるところでしたが、発覚時点で既に失踪していたわけですね。まあその、初動での被害者各位は幸いにして生存しており、今も生きているとのことですが……未成年も混じっていた為個人情報まではね、非公表でしたねえ……」

 教授は知ってか知らずかこちらの方をちらりと見て、再び学生達に向き直った。背中に氷を流し込まれたような感覚を覚えたアタシは、でもつとめて平常心を保ちつつ授業を聞く。

 いきなり武装私兵にUAV数機を交えた局地戦で以て旧事務所を襲撃し、そこから便衣兵ゲリラを交えてあちこちに襲撃を仕掛けた――アタシ達以外にも様々な場所で――悪魔解放同盟残党が、御多分に漏れず法の目を盗んで得たには物騒なモノ持ってるなとは今更ながら思っていたが、思わぬ絡繰があったものだと思う。多分、おじさんはその辺り聞き知っている筈だ。教えてくれなかったのは、その必要がなかったからで。

 最初のアレコレのあと、大学進学までの6年間で誰からもつつかれなかったのは、アタシが転入前であったこと、情報統制が利いてたことが大きいだろう。

 多感な女子中学生が、自分を捕まえる為に起きたいざこざで当時の市長や知事がしたと聞かされて平静でいられた自身は無い。まったくない。絶対ない。

「そんな不幸な被害者の話はさておき、嚆矢となった事件をきっかけに各地で密かに増えていた違法憑魔者イリーガル」が立ち上がり、各地の旧体制の対策課を襲撃しました。同時に、『愛玩』に収まらないレベルの特殊憑依個体、所謂『妖怪』ですか。あれの中に在った『人間を恨んでいても文明の力を過大評価して襲ってこなかった者』を密かに仲間に引き入れ、襲撃に活用したんですね。そうだなあ……この授業に参加しているなら文化人類学も収めているでしょう。ええと、至任しとう君、人間を嫌っていそうな妖怪というと何か思いつきませんか」

「え、ええ……? 凄く雑な話なら鬼や山姥とか、あとは平家蟹……?」

 いきなり出席簿から水を向けられた至任青年が首を傾げながら応じるが、列挙した最後の毛色の違いに周囲は少し笑いを零す。が、教授は気にしたふうもなく頷く。

「笑っていますが、悪くありませんよ。鬼や山姥はもとより、平家蟹は実在するものとは別に妖怪としても知られていますし、出自を知っていれば理解はできます。なにしろ恨みそのものが宿った妖怪です、そりゃあ人に対して恨み骨髄でしょうねえ……少なくとも、DPⅡで一部に鬼が出たのは間違いありません。一部の人間の悪魔憑きが人型の妖怪となった例も報告されていますからね」

 そう言って教授がロールスクリーンを降ろして映し出した写真は、山を超えそうな身長の大男が映し出されていた。ざわめきも已む無し、これは山男、あるいはダイダラボッチか……これが「元・人間」?

「このケースは極論ですが、この個体は人間の姿と変化後の姿を使い分け、局地的に暴れて消えるを繰り返していました。……7年間を雌伏のままに過ごし、こういう個体を集めた訳ですね。結果として悪魔は祓われ、人間に戻りましたが、彼による被害は看過できず、極刑を受けることとなりました。

 こと悪魔憑きに関しては、累積犯として重罰化する傾向が顕著です。これは『悪魔の存在により犯罪傾向が顕在化した』だけで本人に犯罪指向が強かったこと、そのような人間がいずれまた悪魔に憑かれない保証が無いことなどから……という理由がありますので、皆さんはくれぐれも、品行方正に生きてほしいものです」

 抑圧されろとは言いませんがね、と教授は話を締めくくると、ロールスクリーンを畳んで板書を消し、次の話に取り掛かった。残り時間的に、軽く触れてから課題行きだろうか。黒板には、

『現代の悪魔憑き事例と、それに対するフィクショナライズ』

 ……と、綴られていた。

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