6話ー(3)

9/10 13:42 F市ホテル街・雑居ビル屋上


 築50年は超えていよう雑居ビルの屋上で、遮光シートに覆われたまま私はカメラを構えていた。撮影の場所にここを選んだ理由は、ターゲットが入っていったホテルを確認できること、あわよくば客室を撮影できること、そして他のラブホテルの出入り口もカバー出来、落下防止フェンスが無い為に邪魔になるものが無いからだ。代わりに直射日光に晒され、車内のようにエアコンが利かないので対策不足だと地獄を見るところ。私は出入り口に向けて反射的にシャッターを切るが、目的の二人ではない。……そっちはカーテンも閉めてなかったので使用してる部屋がバレバレなので、カメラ映像の撮影に切り替えている。

「……増えたなあ、不倫事案」

『アタシ達の仕事って基本そういうもんじゃないの? おじさんが一人でどう回してたのかしらないけど』

「流石にずっと一人だったワケじゃない。所外の協力者とか、まあ付き合い長い街だからあちこちから情報入って来るだけだよ。それと……」

 ――調査のついでに怪しい写真が撮れたモンで調べてみたら、思わぬ爆弾が出てきたから当事者の周辺とコンタクト取って情報を売り渡したり。

 思わぬ太客からの依頼で調査してたら不貞行為飛び越してこの世の終わりみたいな色狂い事案が発覚したから依頼料が手に入る前に市政に大きな地殻変動が起こってしまったり。そのあと支払いはきっちり回収したり。

 依頼というより玉突き事故じみた事案に発展してる連中がただただ多すぎるってだけなんだよなあ。

『それと、何? また隠し事?』

「いや、人生何事もクソみたいなきっかけから地獄を掘り出すもんだよなって話」

『……おじさんは歩いてたら地雷原に踏み込んでた案件が多すぎるだけ定期』

 私は撮影した写真を確認しつつ、電話越しに麗とつまらない会話を続けていた。依頼者から決め打ちで依頼されていた通り、当事者たちはきっかり3時間の「ご休憩」終了まで出て来ないだろうが、それはそれとして入っていくカップルに怪しい、というか明らかに夫婦じゃなさそうな二人も漏れなく撮っている。どうやって判別しているかというと、ぶっちゃけ記憶と顔の広さに頼っているのだ。あの女性、記憶が正しければ既婚者だが、以前喫茶店で見かけた相手と違う男を連れてるよな……旦那さんの顔は『どれ』なのやら。

「まあ、私としてはどっちにしろ仕事が増えるだけだ。そろそろ出てくるから麗、尾行は任せた」

『アタシはエアコン浴びてるからいいけど、暑くない? おじさん』

「暑い。だから出てきたらあとは頼むんだよ」

 私はカメラを再度覗きこむ。麗に社用車を任せたのは、単純に撮影と尾行を一度にやるよりいい証拠が撮りたかったからだ。

 それに、撤収する最後の最後まで「巻き込み事故」を狙いたいからってのも、勿論ある。

「出たぞ。あとは頼――」

『おじさん?』

 ターゲットの退出写真が撮れた為、撤収準備に入ろうとした私は確かに視線のようなものを感じた。というか、実は結構感じてはいたのだが、その気配が濃くなった、というのが正しい。

 悪魔憑き、ではない。人間のものなのだろうが、どうにも……。

「いや、大丈夫だ麗。ターゲットが真っすぐ家に帰るのか、家で二回戦に入るのか。確認頼む」

『年頃の女に頼む事じゃないよね、それ?』

「探偵になっといて年頃も恥じらいも無いもんだぜ、それは」

『……それは、そうなんだけど』

「中を覗くんじゃないんだ。家に一緒に入るなら、出入りと時間が撮れてれば状況証拠になる」

『デリカシーって知ってる?』

「生憎、初恋の相手がそんなもんを拳で砕いてったよ」

 私は軽口を叩きながら、ホテルの出口付近や周囲のビルに忙しなく視線を巡らせた。先ほどまでの刺すような気配は消えたが、まとわりつく気持ち悪さだけはどうにも消えなかった。

 思い当たりはないのか、と聞かれると大いにあると言わざるを得ない。

 きっかけは一週間ほど前。河浜が配信内で私について言及したことにある。少なくとも警察庁ほんてんの対策課が情報統制してるだろうが、年頃と生存事実、その他の簡単な情報が出たらしい。流石に居場所その他、直接的な話は出なかったらしいのだが、麗と悠さんに聞く限り『色々話してた』そうなので、ぼちぼち国の方で匿名でこそあれ、情報開示に動く流れが来ている可能性がある。

「……その内、適度に捻じ曲げられた『事件の真相』みたいなドラマや小説が雨後の筍みたいに出てくると考えると憂鬱だな」

 私は機材を纏めると屋上の鍵を閉め、管理室に心づけと鍵を渡して退出した。ホテル街だけあって周囲の空気は気候以上にじっとりとしたものが混じり、通りの角には巣を張った蜘蛛のように、露出の多い女が隠れ潜んでいる。……あれは悪魔憑きのようだが、見覚えのある悪魔カオだからスルー。少なくとも悪さが出来る女ではない。あちらも私を視認したのだろう、ばつが悪そうに顔をそむけた。

「……違うか。あの感じは、もう少し面倒な……パパラッチの類だったな」

 とはいえ、正体が分かっているから近付いてきた、という訳でもないだろう。一部を除き、執行官の情報は一定以上は秘匿されている。私も周囲から悪魔憑きであること、執行官とまではいかずとも警察の身内だと知られていても、宿した悪魔の正体は知られていない。

 可能性があるとすれば、『ケルベロス』の正体とかは別として、此方に対して何らかの探りを入れている……というところだろうか。

 なんと面倒臭い。事態が悪化してボロが出る前に、気配の主を叩いておくしかなさそうだ。

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