5-(4)
14:00 F市郊外 某ビル入口
世間には、俗に『自由業』と称される人種がいる。
真っ当な道を歩めず、マシな選択肢が選べず、『自由』という言葉に囚われた人々が入っていく世界だ。大抵の場合、そこから抜け出すことは少ない。無いとはいわないが、至難だ。
少なくとも、入り口を固めているその男達は普通であれば抜け出す機会などなかっただろう。
「こんにちは、ひとつよろしいですか?」
「あァ? 誰だお前ェ」
「来る場所間違ってねェか兄ちゃん。ここはメイド喫茶じゃねえんだぜ?」
だから、というわけでもあるまいが。無造作に歩いてきた、乱れた頭の「いかにも陰気」な男の無造作すぎる足取りとか、気持ち重心が左に傾いている異常であるとか、そういったちょっとした違和感を見抜くことができなかった。
「ええ。
「誰に口利いてやがんだコラァ!」
男の口から不穏当な言葉が出尽くす前に、若手の側がナイフを抜いた。腰溜めにして突っ込んでくるのを待たず、男は腰から抜いた何かで払い除けるように手を打ち据え、ナイフを取り落とさせた。
若造にとっては、或いは人生初の暴力による屈服だったのか。ショックを受けたままのたうつばかりで反撃に移る様子がない。
「――組の事務所で、組長はそのくっせぇケツを椅子に沈めてふんぞり返ってるかって聞いてんだよ、クズ。お前らがやろうとしてることも割ってんだぜ、こっちはよ」
「正面からカチコミに来て生きて帰れると思ってんのか?」
苛立ちからか、荒い口調に変じた男に、組員の男は懐のアラームを押してタブレットを取り出した。男は妨害しない。どころか、「やれよ」とばかりに顎をしゃくった。タブレットを飲み込んだ男は、ぎらついた目で男を……真琴を見ると、全身に生えた針を一斉に前方へ飛ばした。アスファルト、コンクリート壁、向かいの建物のガラスに道を行く車のタイヤまでもが針の餌食となるが、驚くことに被害者の姿はない。真琴が蹴散らした組員が数本刺さっているが、死にはすまい。
「死にィ晒セ、』
「鈍臭。そこで寝てろ」
当たってないならもう一発、と息を吸った組員は、しかし鼻先で炸裂した麻酔弾により力なく膝を折る。
薬物による擬似憑依、5月の件とはまた違うタイプの薬物か。こんなものを手にすればヤの人達が調子に乗るのも頷ける。二人を仲良く電柱に繋げると、真琴はビル内へと歩を進め……る前に、地上階に止まっているマイクロバスのタイヤにくまなく穴を空けた。
「通れると思ってんのかオラァ!」
「何処の鉄砲玉じゃワレェ!」
教科書通りの満点回答ともいえる脅し文句だ。階段を数段飛ばしで降りてきた血気盛んな組員は、長ドスを大上段に構え、落下の勢いで叩き伏せようとしてきた。右手で逆手に持った十手で受け止めた真琴は、脇に逸して空いた左拳を顔面に見舞う。拳の先で黒い靄が爆ぜた。ドスを壁に突き立てたまま、男が崩れ落ちる。
「名乗んなきゃ分かんねぇかなぁ?! 依頼受けて襲ってきたのはそっちじゃねえか!」
「チッ、上げんじゃねえ! 撃」
上階から数名、男達が拳銃を構え陣形を固めた。十手を収めた真琴は、崩折れた男を引っ張り上げて盾にして突き進む。流石に味方は撃てないのか、はたまた防弾チョッキを危惧したか、反応が遅れた射手の首筋に
襲撃、迎撃、襲撃、迎撃……中略。
「ご機嫌よう、
階段を登りきり、事務所の奥でふんぞり返る組長に向けて真琴は吐き捨てるように告げた。
仮に、仮にだが。奥方への忠告通りに、否、証拠を集められてる時点で夫の方が女と手を切れば話は収まっていたかもしれない。その時は、何かしてもこの組の単独犯として片付けられる。
だが、夫が彼らに大枚はたいて①証拠を探っている探偵の証拠ごとの隠滅②愛想の尽きた妻を売り払い、差額の依頼料を払う、この二つを依頼してしまった時点で救えなかった。そしてことが済んだあと、夫だった男は不倫相手が依頼した組の情婦であることを種明かしされ、お手付きの代償として『換金』されるわけだ。実に良く出来てる。
だが、F市にいきなり事務所を構えてふんぞり返り、堂々と人道を失したシノギを考えた時点で何もかも駄目だった。
「手前ェ、探偵如きがここまでやって無事で済むと思ってんのか?! 俺達引っ張っても共倒れだろうが!」
「悪いな、私ゃ外部執行官つってな。
組長の両脇を固める男達が殺気を隠さずに身構え、組長が手で制す……だが、彼自身も今にも飛びかかりたい気持ちでいっぱいであるように、真琴には見えた。
ともかく、礼状の発行まで待っていたら奥方が行方不明になっていた。内部に悪魔憑きが、それも違法なのが複数いなかったら。確かに真琴も法的にまずいところはあったのだろう。
だが、証拠隠滅ごときに堂々と悪魔憑きを使っている組が、そのあたりの倫理観を守っているわけもなし。
「……麗、奥さんの確保は出来てるな? 襲撃は?」
『撒いたから大丈夫。気づいても警察署までは来られないでしょ、旦那さん本人が来ても署内で不倫の証拠大開陳まつりだよ? 無理無理』
「大変結構。そっちは対策課に預けて直帰していいぞ。明日が忙しくなるからな」
『うわー、素直に喜べなーい……』
「……ってワケですよ。そろそろ、組長の皮被ってるの面倒でしょ。晒していいんですよ? どうせ祓うんだし」
真琴は電話口の麗にそう告げると、すべての手札を踏み潰された組長に笑いかけた。余裕すらあるのか、見せつけるように銃弾のリロードを済ませベルトに戻す。
歯軋り。全身から漏れ出る気配で、否、組に乗り込むと決めた時点で、真琴はこの男が下級悪魔でないことを察していた。ゆっくりと立ち上がった彼から立ち上る瘴気を前にしてなお、左右の部下は身じろぎ一つ見せない……が、次の瞬間崩れ落ち、骨と皮だけに変わり果てた。
「鶏が先か卵が先か。お前はどっちだ、
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