5-(5)
「
立ち上がった組長は、数分前とは似ても似つかない外見をしていた。正確には、椅子に体を大仰に預けていた巨漢が、瞬く間にすらりとした偉丈夫へと姿を変えた、のである。
左右に侍らせていた男達が乾涸びているところを見るに、彼らの生気……否、存在価値そのものか。それを吸い上げてより見目麗しい見た目を作り出したと考えていい。
ヒュブリス、とは正確には悪魔の名としては広まっていない。この世界において、それは虚飾の罪の名前そのものだ。翻って、概念から生まれた悪魔としてヒュブリスが存在する。人間が知らぬところで、人間の理解の及ばぬ悪魔が行きている。
その能力は虚飾の名の通り、謂わば『外華内貧』の極致であろう。自らを善く見せるために、周囲のいかなる犠牲もものともせずに振りかざす。上下関係を形成した相手からその血の一滴残らず巻き上げる。この場に例の旦那がいれば、彼なんて犠牲の第一候補だった。償う前に命を落とされなくて本当によかった。
「生きていようが死んでいようが、俺のテリトリーの中にいる部下は俺のモンだ。あいつらがひとり残らず乾涸びて死ねばどうなると思う?」
「哀れな死者としてカウントされ、違法憑魔者としてのカウントがなかったことになる。お前がここで私を殺せば、そしてお前が逃げ切れば、『規定を破って飛び込んだ哀れな執行官が罪をおっかぶって犬死に』となるわけだな? こじんまりとした組事務所しか持てなかった割に、悪知恵は徹頭徹尾働くんだな」
ふと後方に意識をやれば、先程まで辛うじて残されていた生気の痕跡が消えている。
つまり、ビル内部の組員、それも生きている奴は揃いも揃って生贄の祭壇に捧げられた訳か。組長の体格がパンプアップしたり、身長が伸びるような異常はない。ないが、纏っている憑依体の密度が明らかに増している。
「頭が回るってのも考えものだよな、『探偵』。お前等につけてた亀島に、知らねえうちに首でも斬られてりゃあもう少し楽に死ねたのに」
組長の拳が、上段から振り下ろされる。打ち下ろしのフックのような軌道で降ってきたそれを躱して間合いに入ると、すかさず拳を引き上げ、上体を反らしながら前蹴りを放ってきた。肉体の反動を利用したそれは、まともに受ければ胸骨か顎が砕けただろう。が、私は爪先を掴んで後ろに飛び、大きく距離を取る。……二にまかせていたら、憑依体を額に集中させて爪先を砕きに行ったかもしれないが、こいつには悪手だ。
しかし……カメレオンみたいな性質した低級悪魔憑きだなと思っていたがそのまんま「亀島」とは、彼らは名を体で表すルールでもあるんだろうか?
ともあれ、このまま素手で対処するには厄介すぎる。ケルベロスの誰か一人に肉体を預ける戦い方だと、憑依体の押し合いと力の使い方で不利になる。ヒュブリスの巣に踏み込んだ時点で、上級悪魔とやり合ってるのと同じ位には不利だと踏んでいればよかったものを。
戦うとすれば十手に憑依体を纏わせ、有効打になるように。
戦うスタイルは私のもので。二や三の戦い方では勝てなくはないが怪我が増える。多分、麗の私を見る目がまた碌でもないものになる。
ナベリウスには頼らない。こいつは
「祓魔三重解除『
「ケルベロス……ケルベロスか! ウチの兄弟分をいくつか潰してくれたのは手前ェか探偵!」
「残念ながら、私は還した連中の名前は」
組長……ヒュブリスが憑依体を引き延ばし、拳の先に槍を生み出す。密度は高く、当たったら少し痛いだろう。応用力が高いので、これは組長の自我が強いのだろうと理解した。
だが、それだけだ。
最大伸張の十手に左手を添え、地面を蹴る。両の拳を振るうヒュブリスの攻撃の軌道を読み、十手で捌く。十手にケルベロスの全憑依体の七割を振り、ヒュブリスのそれを正面から砕き、のこり三割を神経系に接続。肉体防御をゼロにする。ナベリウスは膨大な憑依体を力押しで循環させて肉体と魂の負担を度外視するが、ケルベロスは飽くまで私が主導権を握ることで肉体の強化を振り分ける。……この状態で攻撃が掠ればそれこそ重傷では済まないが、修行による反射向上と神経系のブーストがかかれば避けられない気がしない。
「脆い」
「馬、鹿なっ……!?」
「そんなテンプレートみたいな台詞、組長たる者が言っちゃ駄目でしょう。もう少しホネのある断末魔が聞きたかったんですけどね……いや、殺しはしないけど」
憑依体の押し合いは、単純に高密度な方が勝つ。ヒュブリスは生気を吸った分の総合力は上だが、付け焼き刃の物量の扱いが下手くそだ。
悪銭身につかず。美人局も、不倫の口止めも、何もかもだ。こいつらからは、全部奪い取る。
そうやって奪った金は、まあ……奥方に還元して終わりか。全く儲からない仕事だ。
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