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16:10 F市警察署内 射撃訓練室


 ここ暫くの間に立て続けに起きた事件、そしてそれに関わった悪魔憑きなどの性質を勘案するに、その能力や性質に対し捕縛目的の『特包』、つまり捕縛ネットによる射撃捕縛には限界があることが明らかになっていた。というか、SFP9に装填できる程度の弾丸で捕縛ネットなど無茶な構造だったのだ。果ては特殊捕鯨銛を取り回すトンデモ野郎が許されて、こっちが2発だけの自動小銃はおかしい、と警察側も漸く気付いたらしい。曲がりなりにも委託対象である外部執行官が仮死状態に陥ってやっとの腰の重さ。漬物でも売り出せば儲かるだろうに。

「ストレートに失礼なことを考えているのは分かるよ、織絵君。だが、DPⅡ解決時もその後も、正直な話装備の貸与に盛大な議論が起きていたことは分かってほしい。折角だ、こちらで配備計画が進んでる新型ライフルを回す為にも猟師免許でも取ったらどうだい?」

 そんな戯言を見透かしたような声で、袴田課長が私を迎え入れた。なお、先日の一件で私を送り出したら手柄の一部が本庁に掻っ攫われたので正直なところ、機嫌はよろしくないそうだ。後で「あれは君だけでもやれたのか?」と聞かれたが、やれたけど一般人の協力ありきでしたよ、とは伝えておいた。しかし、開口一番に新型ライフルの横流し提案とは。かなり堪えているとみた。

「所持免許は散弾銃からじゃなかったんですか? 新型スラッグ弾が配備されるなら検討しますけど」

「君の場合、実績でなんとかならないかなあ。ホラ、違法憑依者を野生動物扱いにして書類をちょちょっと……」

「前向きに検討しましょう。でも、出来れば取り回しの利く携行火器のが有り難いですね。用意して頂いたんでしょう、そういうの?」

 かなりスレスレなことを言う課長はさておき、私は彼女が顎でしゃくった先、射撃台の一つを見た。

 置いてある拳銃は、一般警官用のM360J、弾倉を開いたところ不自然に埋められた跡などない無改造品だ。傍らには全弾装填済みのリローダー2つ、そして三段伸縮の特殊警棒が並んでいた。根元にL字型の鉄製突起が備えてあるので、特殊警棒というより「特殊十手」と呼ぶべきか。最後に、それらを携行するためのガンベルト。……よく見ると十手に妙な突起が2つあるが……。

「軽炸裂型麻酔弾『オルペウス』10包、非貫通性強神経麻酔弾『マイナス』5包。そして対武器用特殊十手『ハセガワ7式』。以上が4月の一件以来、レギオンでの試作品の改良から君に許可された武装となる。……『マイナス』は下手したら人を殺せるから、専用の施錠箱は後日送付するよ。是非厳重に管理してほしい」

「名前がいちいち物騒だなあ。『7式』ってことは6回も改良されたんですか?」

「まあね。本当はスタン機能のある7式改を充てて貰いたかったんだけど通らなかった」

 銃弾の名前を聞いた時、思考内の3頭の反応があまりにも顕著な嫌悪感を示していたので笑うほかなかった。ケルベロスを眠らせ退けた吟遊詩人と、それを食い殺したとされる悪鬼の名前か。十手の名前は、日本人であれば知らぬ者無しの火付盗賊改方三代の名か。

「通らなかった……代わりに何か仕込んでませんか、これ」

「ああ。上のボタンは前方に敵がいるとき先端を向けて、下が後ろから襲われたときに取っ手の根元を向けて押すものだよ。くれぐれも射線上に立たないように」

 後者はともかく、前者を使うくらいならオルペウスを撃った方が早いのでは、とは私は言わなかった。何が仕込んであるかは、十手の歴史を紐解けば容易に察しが付く。付くんだけどド邪道ではないか。

「そういうわけだ。本物の弾丸はあとで渡すから、ひとまずその15発で試射していきたまえよ。5発ごと3目標、最初の10発をオルペウス、最後5発をマイナスと仮定してね」

「了解。余り期待しないで下さいよ」

 私はジャケットを脱ぎ、ガンベルトを装着。十手を腰に差してSFP9改を試射台に置くと、代わりにM360Jを手に取った。……軽い。有効射程は落ちるしネット弾から実包に変わる分接近リスクは出来るが、取り回しと弾数のメリットは補って余りある。

 構える。撃つ。オルペウスは炸裂性麻酔弾。吸入させなければ意味がない。狙うなら肩から上。胸、喉、脇腹、左肩……元々射撃の腕は鍛えてないので安定しない。動く目標なら猶更ミスりそうだ。

 マイナスは非貫通弾。当たり所さえ間違わなければ死なず、狙うなら神経叢。脊椎や胸郭、妥協するなら胃を避けた腹部。

「……あっ」

「頭か。流石にマイナスを頭に打ち込んだら死ぬねえ……」

「精進します……」

 こればかりは反論できなかった。両手を上げて降参の構えをとった私は、追加で排莢とリロードの反復練習を課され、銃弾支給ののちに解散となった。

「あ、そうそう。掘り返された資料はこっちで整理して後々渡すことにするよ。ついでにだけど、新しい事務所の話。あそこが色々問題あったからいい機会じゃないか。こっちでもしもの時のために押えておいた物件がいくつかあるんだ」

「仕様は?」

「安心しなよ、いきなりビルの柱が壊れたりしないように平屋一戸建てを用意した。広すぎない程度をね」

「……レンタル料嵩みそうだなあ……」

「前の部屋よりは、そりゃあね。資料も持って帰るといい」

 ということらしい。

 つくづく、貯金の大切さが身に染みてよくわかる。

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