5話 来た道往く道(2022/8/1~)

5話-(1)

2022/8/1 15:40 織絵宅(-オンラインスクール)


 事務所の倒壊から半月ほどが経った。

 探偵事務所しかなかった関係上、事務所の機材以外の人的被害は起きておらず、しかし資料のほとんどは瓦礫の下に埋まってしまったので、紙ベースの資料は解体業者が掘り返すのを待たざるを得なくなった。

 しかし、電子データ類はその殆どが自宅でバックアップをとっていたため無事で、給与振り込みも滞りなく終わっていた。事務所の再建にかかる機材費用も、税金対策になると思えばトントンである。

「……以上のように、一部で語られている『日本最初の悪魔憑きは天草四郎である』という学説は否定されつつある。そもそもが、この国をなんらかの形で乱した者達の背景に悪魔憑きがあったのではないか、という言説に私は否定的だ。『大流入』以前にも悪魔憑きらしき者の存在は確認されているし、何かしらの形で悪魔憑きが政変に関わっていてもおかしくないが、『日本最初の』は大言壮語ではあるだろうな」

『つまり、「天草四郎悪魔憑き説」は後年にその威光を削ごうとした一部の人間が記録として残したものである可能性が高い……ということでしょうか』

「その通りだ。キリシタンに対して悪魔憑きの汚名を着せるなんて意趣返しを考える奴は最高に性格が悪かったのは間違いないだろうけどな。どちらにせよ、日本における悪魔憑きの表面化はそれこそ23年前まで下ることになるだろう。大流入に先立ってサタン氏が表舞台に出てきたことを鑑みれば、それ以前に何らかの形で接触があったのかもしれんが」

『そ、それじゃあ……ときの政権に悪魔憑きがいた可能性とか……』

「とても典型的な陰謀論だな。あんまり吹聴するなよ、恥をかくぞ」

 ……そして今、私は『悪魔学』のオンラインスクールの講師みたいなことをしている。

 以前より古い知り合いから講師を頼まれたことはあったのだが、探偵業を優先させるために断っていたところがある。だが、現状はWeb経由の依頼受注の他、外部執行官としての収入が主であるため即座に困るような経済状況ではない。ないが、従業員を雇っている手前ほかの収入源も必要なのだ。貯金はあるけど。

 それに、好き好んで悪魔学に手を付ける奴なんて若年代の悪魔憑きか、対策班志望の警察の卵。今のうちに指導を通してツバつけといても文句言えねえんじゃないか、と考えはした。

「ひとまず近代以前の文化的背景は追々やっていくとして、だ。この国は1999年7月、悪魔の大流入によってその文化的背景、文明発展に大きな変化を余儀なくされた。その原因は君らもよく知っているだろう」

『グレムリン……ですか? 電線の地下埋設工事とか、通信回線の対G被覆なんかの独自の発達が進んだせいで、本来の成長曲線よりも日本のIT革命が遅れたと聞きます。厚労省の資料にもデータがありました』

『それもだけど、俗に言う「風俗革命」ってヤツですかね? 悪魔憑きが禁欲的にならざるを得ない余りに表ざたにならない形での性犯罪が激増して、その解消を標榜した風俗業界が潤ったとかいう』

「どちらも正解だけど、なんで『風俗革命』なんてものが真っ先に出てくるんだ……中々出てこない回答だから喜ばしいけどさ……」

 大量の悪魔が社会進出を果たし、人間やその他動物との共生を果たすようになると、文化的相違がおおきく、且つ知性に劣る下級悪魔の憑依者達が起こす事件がクローズアップされた。

 それにより、従来から存在するインフラ面や社会構造の変化が大きく変わったのは間違いない。グレムリンの闊歩に付随するが、機械制御関係に対する破壊工作とか、サイバーテロが雨後の筍のように盛り上がった。それが唐突に解消されたのは、人類の英知が思わぬ形で作用した格好ではあるが。

「今、二人が出した以外にも、悪魔憑きが大量に現れたことで日本という国は大幅に舵取りの修正を余儀なくされた。体系的なデータと関連する事件を1件から2件参考にレポート作成を次の課題にする。期限は1か月……ただ、余りに顕著にネタかぶりが見られたら減点対象にするのでそのつもりで」

 ボイスチャット越しに響く不満の声を無視するように、私は修了手順を進めていく。

 次々にログアウトする学生達の中、どこか訴えるような眼をした生徒がちらほらといたことが少しだけ気がかりだったが。


「終わったわね、坊や? 今日は缶詰の日よ」

「お待ちいただき恐悦至極。今日は鰹節も追加しておきましょうか」

「言ってみるものね」

 ヘッドセットを外した私を待ち構えるように、マリーさんが足元に歩いてくる。すり寄るまではしないのが、猫又らしい距離感というか。

 パントリーから取り出した缶を餌皿にひっくり返し、スプーンでほぐして鰹節を載せてやる。噴水型の給水器に水を補充して再起動すると、マリーさんは大人しく食事を始めた。

 ……海での一件では、1日の自由時間でちょっと観光気分を満喫頂いた以外は全くそれらしいことが出来ず孤立させた。食事に不自由させなかったが、あれは心残りだった。……というか、マリーさん引っ張りまわせば解決が早まった気もする。

「そういえば坊や、海辺の一件は私を連れまわしたブローカーの残党がやらかしたのよね?」

「そうなります。会社も解体されたし、もう彼等絡みは無い筈ですが……何か思い当たりでも?」

「アタシ『は』無いかしらね。改めてあの会社の金回りを洗えば、何か見つかるかもしれないってコト」

「そこは対策課が何とかしてくれるでしょう」

 マリーさんの言わんとすることは分かる。一連の事件で裏で手を引いていた連中の尻尾を掴む一助になるんじゃないか、と言いたいのだ。だが、そうなると膨大なバランスシートやらなにやらをひっくり返さなきゃならない。一介の探偵には無理な物量だ。

「そういえば、その対策課から留守電入ってたわよ? 射撃訓練場がどうのって」

 ……来たか、と思った。

 まだ日は高い。対策課に行って帰ってきても、空が暗くなることはないだろう。

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