4-(7)

17:30 同岩場


「……で、腹一杯になったか?」

「うん!」

 5体の河童を完膚なきまでにノした私だったが、河童たちは負けたことに驚き、喜びこそすれ敵意や恨みのようなものを向けてこなかった。「この人間は遊んでくれる」「本気を出しても傷つかない」というような、いわば壊れないおもちゃを手にした子供のような喜びがあったのだろう。

 結果として、5体に土をつけてからさらに2周したところで河童が腹を鳴らしたのでおひらきとなった。

 そもそもの目的が、鱗音さんを通じて彼等と会って話を聞き出し、十分な裏取りをとったうえで街を騒がせている輩を炙り出すのが目的なのだ。

 用意していた『尻小玉』は相当量あったが、数日間、あるいはそれ以上に食うや食わずやの生活だったのだから完食も仕方ないのだろう。

「じゃあ、改めて話を聞こうか。鱗音さんがお前達とのパイプ役で、役所や対策課の御用聞き……ああ、すまん、分かりやすいように話す。なんかいけ好かない人間の大人達と直接話したくないから、伝えて貰ってるんだったな?」

「そう! おじさん話がはやいね!」

「ありがとよ……」

 残念ながらおじさん呼ばわりなので大変うれしくない。

「それでそれで、この間……寒いころだった! ナントカっていう猫売りの人達がふらっと来てふらっと帰っていったって聞いたんだけど、いなくなってから街の人達がなんだか色々起きるようになったの!」

「鱗音さん」

「そう、ですね……2月半ば頃でしょうか。保護猫や猫又の譲渡やオークションとか、そういう人達が来ていて。猫又を見世物にする、というやり方が少し気になりましたが、それを言うと河童を見世物にしているこの街に跳ね返るので。観光客は『奇跡のコラボキタコレ!』みたいに喜んでいたと聞きます」

 猫売り。保護猫。猫又。オークション……はて。

「おじさん?」

「なんか、どっかで聞いたキーワードじゃないか麗」

「現実に戻ってきておじさん。まさかのまさかだよ。多分間違いなく連中だよ」

 認めたくないものだな、過去の、本当に3か月前の雑事が今になって自分に追いついてくる、なんて話。

「織絵さん、白織さん?」

「……大丈夫です……それで、一番強い河童」

「色麻(しかま)だよ!」

 怪訝な顔でこちらを見てくる鱗音さんにちらりと視線を投げかけて、それから河童、色麻を見た。近くの町の神社の名前かよ。こいつ地味に知恵がある方だな?

「そうか、色麻。お前達が疑われた理由ってもしかしなくても『体がぬめぬめしてて鱗みたいなものがある連中』が人々を襲ってるとか?」

「うん」

「そいつらが黒い雄鶏……はいないだろうけど養鶏場、じゃ分からんか、ニワトリの住処を荒らしたとか?」

「見てきたように話すね、ガラの悪いおじさん!」

「その接頭辞必要だったか?」

 誠に遺憾である。俺の名前まことだけに。

「とにかく、大体の話は分かった。今回の騒ぎの原因もなんだか読めた。有難うよ、色麻。となると、出来れば今日明日に仕掛けたいな。4日後まで待てば最悪だ」

「なにかあったっけ、おじさん?」

「満月」

「……あー」

 顔をしかめた私を見て、麗が首をひねる。そして、理由を聞いた彼女の渋面といったらない。

「織絵さん、一体なにがまずいんですか? 犯人が分かったんですか?」

「ええ、まあ。足で稼ぐ前に全部種が割れてしまったので、気分は安楽椅子探偵ですが。事件が起き始めてからそろそろ3か月か4か月、犯人が連中だとして、移動速度を考えるとそろそろ街ごと襲われかねない」

 合同会社ホットエピック、という企業があった。

 社長秘書をやっていた卜部という女は、『ルサールカ』、つまり水死者の霊を基盤とする複合憑魔体だった。有体にいえば海魔と幽霊の中間である。そして、ごく一部の伝承を下敷きにするなら、彼女が従えている悪魔達は、その名は。

「犯人はヴォジャノーイ。多分、観光客を中心に憑依者だか眷属だかを増やして『奴』を呼んでいる筈です」

 鱗音さんの問いに応じると、彼女ははっとしたような顔をした。表ざたになってないだけで、犠牲者が確実にいる、らしい。ここまでは、麗も思い至っただろう。ヒントが多すぎる。

 正直なところ、見つけて倒すだけなら対憑魔機動班が出張れば足りる。だが、狡猾で仲間を増やすあいつらには分が悪い。対策課が介入する。大がかりな策を打つ、または悪魔を倒す連中が出張ってきたとなると河童存続の旗色が最悪になる。だから私が呼ばれたんだろうが……。

「あいつらに上位存在なんていたの?」

「本来は、いない。いても悪魔の上下。けど、ルーツを考えると呼び出せる怪物に心当たりがある。月齢で力が変わるって噂通りなら、今はだいぶ旗色が悪い上に『奴』が近付いてるならなお悪い。あいつらが呼び寄せてるのは、勘が鈍ってないならあいつだ。ハフグファ」

「……またまたぁ。こんな太平洋の西端に呼ぶ? 普通」

「こんな観光地を狙ってきた馬鹿が普通だと思うか?」

「ごめん」

 ハフグファの名を聞いてから、否、聞く前から麗の目は泳いでいた。早く帰りたいと、顔が言っている。そう、普通じゃない。グリーンランド海がルーツの怪物をなんの儀式でか呼び寄せようなんて思わない。

「はふぐふぁ、ってなーに?」

「鯨だ。余りにデカすぎてな、魚を捕る船3つ分くらいのでかさなんだ……」

 諸説はあるが。まあ、それくらいは有ると思う。

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