4-(6)
河童のうち一体が行司をつとめ、構え、正面の河童と見合う。右手が触れれば、動き出す……お手付きはなしだ。
「はっけよい……のこった!」
声が響く。私と河童、両者が前進……したように思われた。否、実際に前進「は」したのだ。
だが、次の瞬間に周囲が見たのは足を振り払う私と、前につんのめる河童の姿。それは勢いを殺すことができず、勢いよく転がっていった。
「次。もう少し『普通に』相手してやる」
「ば、ばかにして……!」
「してないよ。正面切って押し合いたくなかっただけだ」
決まり手としては外掛けか。だが、決着が早すぎて見えなかったのかもしれない。呆然と転がったままの河童を、ほかの河童が土俵の外へ引っ張り出す。
二番手との試合は、開始直後に両手で顔面を守ってのぶちかまし。横合いから顔を張ってくるのは読めていたので、腕で受け、頭部と両掌で打ち上げるように河童の顎を撥ねる。顎を撃ち抜かれてのけぞった体を掴み、持ち上げて一気に寄り切った。
「次」
三体目。意表をつかれる形で倒された一体目、ぶちかましとかち上げの間の子で叩き伏せた二体目の挙動を見て慎重になったのか、組み付いた際の体重移動が甘い。先程、二が負けた時の個体の精緻さには及ばないだろう。
「えっ……?!」
「どっ……こいしょぉ!」
だから、居反りのような大技が決まる。
本人(本体?)はまっすぐ戦い、坐りが悪くても勝てるという確信があったのか、尻餅をついて呆然としていた。あまりにサクサクと三体抜きを決めてしまったからか、残された二体の河童は何が起きているのかさっぱり理解できていなかった。
「……凄い。観光客相手でも地元の人間相手でも、手抜きしないから相撲だけはちょっと尻込みするのに……織絵さんのいう、『フー』さん、憑いてる悪魔、ですか? 彼はどこか少年的な所作がありましたが、織絵さんにはそれがないどころか、洞察力というか……」
「正確には……ええと、言っちゃっていいの、おじさん?」
驚きを隠せない鱗音さんが、二のことを思い返しながら首を捻る。事情を隠しながらの説明に2秒で窮した麗は、こっちに話を振ってくる。今まさに4体目と取り組みするところだから話しかけないでくれよ。私は手を振って、問題ないと応じた。
「おじさん……ええと、所長の織絵真琴の憑依悪魔はケルベロス。都合三体の悪魔の意識が宿っているんですが、先程十連敗をキメていたのがそのうちの二体目、一番血気盛んで単調な性格の意識ですね」
「ケルベロス。えっ、ケルベロス?!
「……意外と有名なんですね」
「都市伝説で聞いただけなので、そんなあからさまな話はないって思ってたんですけど……ええっと、私みたいな人魚がお知り合いになっていいんでしょうか……」
「えっ人魚?!」
「えっ言ってませんでした?」
「君達はもうちょっと私を応援しようとかそういう気持ちはなかったの?」
私が第一号憑依体ってだけの話からガールズトークみたいな中身のないやり取りに発展している間にこっちは4体目を張り手の応酬からほぼ無傷で張り倒したところです。
それはそれとして、確かにケルベロスのことも第一号憑依体の話も(匿名になってるけど)悪魔学と近代史の歴史に載ってるけど、そこまで興奮することだろうか。麗はこの流れにちょっとくらい疑問持たないのかっていう。
「ところでおじさん、本当に一が補助してなさそうなのになんで河童相手に4タテしてるの? 憑依体が漏れてもないし、その、『あの
「ただの子供の遊びの為にいちいち死にそうになってたまるかよ」
「だよねー」
今更疑問に思ったのかよ。
多分、麗は私のことを少し鍛えた程度の、悪魔憑き相手だとそこそこいい勝負をして結局ケルベロスなしだと負けるおじさん(この呼名は不本意である)だと思っているのだろう。実際、先日臨死体験を経るまでは遠からずだった。悪魔に振り回されたチンピラ相手ならまだしも、解放同盟の残党のこれまた残党となると厄介だ。だった。
何しろ、魔界でナベリウス相手に延々と『反射』の訓練と称して色々と叩き込まれたのだ。齢32の魂にだぞ? 四方八方から襲いかかられる恐怖、見えない速度へ慣れるための『魂の動体視力』、その他諸々。
お陰で二の連敗の間、体重移動のクセから初動からなにから全て見せてもらった。見せてもらわなくても負ける気はしなかったけど、見た以上はもう、盤石だ。事実として、麗には見せていないが、魔界から戻って以来の悪魔憑きは、そのすべてをでケルベロスの力なしで倒しているのだから。魔界送還の時以外は、という但し書きが付くが。
「で、お前が最後だけど。遊んでいくかい? 勝っても負けても、尻子玉なら全員分たらふく買ってきたつもりだが」
「みんな負けちゃうなんてびっくりだよ! ガラの悪いおじさん、ボクだけ仲間はずれになんてしないでよね!」
「ガラ悪くねえっつってんだろうが……」
よしわかった。この最後の河童は禁じ手フルコースからの五輪砕きで怪我させない程度に痛めつけてやる。
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