4-(5)

 15:50 M県I市内 海浜道路


「おじさん!」

 麟音さんからざっくりと今回の経緯を聞いた私は、彼女を乗せて麗を拾う為にレンタカーをカッ飛ばした。どこにでもある軽自動車だが、荷物の積載量が多いので助かっている。ほどなくして荷物を引いて歩いている麗の姿は、こころなしか慌てているように見えた。

「その調子だとあの二人がなんか気付いて動いてんだな、乗れ。話は道すがら聞いてやる」

「わかっ……ったんだけど、この人は?」

 ハッチバックに荷物を放り込み、助手席に乗り込んだ麗は、そこで初めて麟音さんに気付いたらしい。多分、匂いで気付いてたかもしれないが。

「今日から世話になる旅館の女将さんだ。そして今回の依頼の重要参考人。粗相のないようにな」

「辺見 鱗音と申します……お手柔らかに」

「あ、はい。おじさんがご迷惑おかけしていませんか?」

「いえ、そんな」

 この姪、義理とは言え叔父への信用というものがないのだろうか。鱗音さんが戸惑ってるじゃねえか。ひとまず軌道修正を図る。話がまとまらないと道に迷うので。

「では、引き続きナビ頼みます。目指すは海岸裏の岩場……でしたね」

「はい。私が行かなければ会えないと思いますし、先入観ありきで会っても多分話がまとまらないと思います」

 鱗音さんの話は概ねが尤もな話だった。ここしばらくのトラブルが彼らの悪意ありきと決めつけて対応すれば、彼らは最悪、姿を現さないだろう。鱗音さんを連れていっても、居場所にあたりをつけられても、そう。

 もとが両生類カエルなのだから、我々が思いもよらない場所に隠れることはお手の物のはずだ。だが、彼女は思わぬ話を付け加えた。

「私から言えるのは、『彼等の遊びに付き合ってあげてほしい』、ということでしょうか」

「『遊び』?」

 思わず頓狂とんきょうな返しをしてしまった自身に少し後悔を覚えつつも、鱗音さんの返事を待つ。「言ってしまえば相撲、ですね」と返した彼女の表情には、河童たちのことを思い出したか、こころなしか表情が和らいでいた。暫くは慣れていた子供と再会する母親のような慈愛が見え隠れもする。

「河童が相撲が好きなのは本当です。でも、彼等が『河童になり』、人々の前に現れた時に尻児玉について聞いてきたので、地元の人達は『丸くて白くて美味しいものだ、けれど人から抜くものではない』と諭したそうで。保護法に則るなら水族館などに保護して見世物にするのでしょうが、当時の市議や役所、対策課の判断で人間との接し方を教え、共存する道筋を作ったんです」

「その流れで、町おこしとして尻児玉を称した食品が色々と……」

 応じて、私は脇に置いてあるレジ袋を見た。『尻児玉まんじゅう』に『尻児玉ばくだん白おにぎり(きゅうり)』、『鶏の尻児玉(ゆで卵)』などが入っているが、なんでもあり感が凄い。誰も止めなかったのか、河童達もこれを喜んだのか。今までトラブルが起きてないなら、お互い示し合わせと理解が進んでいたのだろう。

「遊ぶのって代表者1人でいいんですよね? アタシは別に大丈夫ですよね?」

「え、ええ……やむを得ず女性だけで赴くならまだしも、河童達は勝負することが目的なのでわざわざ弱い女性を選ぶ理由がありませんから」

「だってさ、大丈夫なのおじさん?」

 麗は私をなんだと思っているのだろう。自慢じゃないが、相撲というのはただの力比べではない。ので、そこそこ上手くやれると自負している。だからなんの問題もないはずだ。失礼にも程がある。

「誰に何を言ってるのか分かってるのか? ……ちょっともんでやれば良い程度だろ。そもそも真っ向から喧嘩するためじゃないんだ、問題なん――」

『オレオレ! オレがやる!』

 のだが、力比べとかそういうのに目がない二が食いついてきた。こいつの要求を拒否して憑依を強制されたら運転が雑になってしまう。となるとこいつに任せる必要が出てくる。うーん……。

「……問題はないだろうけど二がやりたがってるから1回は私の負けになるだろうな」

「「えっ」」

 信じられないようなものを見る目で二人から見られた。ケルベロスの特性を知っている麗は余計に驚くだろう。荒事ならあっちのほうが得意だろう、という意味だろう。

 そうなんだよ、『普通は』あいつで全部いいんじゃないかなって思うんだよな私も。だけど二には致命的な欠陥があってな……。


16:20 砂浜南部の裏手 海岸部


●―Ⅱ―

「ぐぬっ……ぬっ……?!」

 動かない。

 全力を出しているはずなのに、ぴくりとも。

 厳密には多少動いているんだけど、掛けた力と明らかに釣り合わない程度にしか動かない。足に根っこでも生えてるんじゃないかという頑丈さに、オレは唸り声をあげるばかり。

「えー? これで本気? おじさんよわーい!」

「は、何馬鹿なァァァァ!?」

 直後、オレの胸元ぐらいの身長しかない河童に馬鹿にされつつ軽々と投げられる、という無様を晒してしまう。

 かれこれ、これで10連敗。河童は5体ほどいるので1体に2回ずつ負けている。一番弱いといわれた相手でもこれだ。正直「おじさん」呼ばわりはマコトのガラが悪いせいだけど、力不足みたいな扱いは腹が立った。

「ねーねー、りんねおねーちゃん、このおじさんぼこぼこにしても怒られないんだよね?」

「ぼく達に喧嘩売ってきたのおじさんからだもんね? なんかすごく『いきよーよー』? な感じでそこに並べ―って言ってきたけど」

「そ、そう……ね……」

 河童達のからかうような言葉に、鱗音は力なく笑っている。

 マコトに吹き込まれたことがものの見事に事実だったのを見て、表情が引き攣っているように見えた。隣の麗はもう、なんかもう「あー」ってあきらめの境地みたいな顔をしてる。ガラが悪いのはマコトのせいなのに。

『誰のガラが悪いっつった、二。お前が勝てないのは単純にお前が弱いんだよ』

『はァ? お前の体がショボいからだろうが!』

『そこをお前が憑依体でカバーして過去に切った張ったしてるのにそれ言う? 河童は別に強い妖怪じゃないけど、相撲に関しては話が別だぞ? わかってるかそこんとこ』

 運転中にさんざっぱらオレを馬鹿にしたのが的中したとばかりに、マコトはオレに現実を突きつけにくる。ここでバカ笑いしてくるならまだしも、子供に諭すような呆れた口調なのが余計に腹立つ。

『じゃーやってみろよマコトが! 一兄の力抜きで!』

『あ、それ言っちゃう? 俺が勝ったら暫く二の事件での出番抜きな』

『おーおーやってみろよ! 直ぐに強い奴が出てきて泣きついても出ないからな!』

 売り言葉に買い言葉だ。

 ぶっ倒れて寝ていた間に何があったか知らないけど(魔界に行ってたとしても知ったことじゃないが)、ちょっと痛い目を見ればいい。


●―  ―

 横たわったまま投げ返された体の主導権を認識すると、私は下になっていた手足を使い、立ち上がる。勢い余ってばね仕掛けのような立ち上がり方をしたので、周りが目を丸くしているのが見える。

 さんざん投げ飛ばされたせいか体が痛むし汚れている。まずは砂粒や小石を払い落としておこう。

「ったく、弱い癖にやるやるって聞かないんだから……」

「おじさん、さっきまでと違う人? なんだか違う感じがする」

「ほんとだ! さっきよりガラがわるい!」

「お前達までガラが悪いとか言い出すのかよ……」

 河童達が口々にこちらを指差してはやし立てる。正直、軽くショックを受けている。これでもF市では人当たりのいいおじさん(おじさん、にも異論大アリだ)で通しているつもりなのにこの扱いだ。

「織絵さん、お体は大丈夫なんですか?」

「二の奴が調子に乗ったので少し痛みますがその程度です」

 心配する鱗音さんに笑いかけると、何か察したのか彼女は顔をゆがめた。困惑の色に。

「流石に体取り返しておいて5タテされるとかないよね、おじさん?」

「大丈夫大丈夫、二が散々投げられたお陰でこいつらの癖は掴んだし実力も分かった。負ける気がしない」

 呆れたように聞いてくる麗の言葉に引っかかるところがあるが、私はこともなげに手をふって応じておいた。当たり前だが、河童達はマジ気味に怒っているように見えた。

「なにをー!」

「悪かったよ、つまらん相撲とらせて。今度は楽しませて勝ってやるから、知ってる事教えてくれよ?」

「できるもんならね!」

 河童へと、心からの謝罪と本気の勝利宣言を告げる。言質は取ったし準備もできた。

 一には悪いが、休んでおいてもらおう。

 ……時間いっぱい、というわけだ。

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