4話 波の向こうで
4話ー(1)
2022/7/10 14:20 M県I市
青い海、白い砂浜、そして抜けるような青空が水平線へと続いている。
例年通りの猛暑のはしりが県内にも押し寄せ、事務所のあるF市はそもそも盆地なので暑さに弱い。こと盆地というのは湿気がアレで、常日頃からエアコン稼働してないと事務所は蒸し風呂になってしまう。これが私一人なら切ってたのだろうが、今年に入ってから麗と悠さんを迎えた結果としてそんな事も言ってられなくなった。つまりは電気代の高騰である。おのれ燃料調整費。
そんな感じで世の中に恨み節を撒き散らしながら外回りから帰ってきた6月末頃。事務所の電話にかかってきた依頼は、そんな現状に一石を投じるものだった。
県を跨いでの調査依頼、しかも素行調査とか浮気調査ではなく悪魔憑き絡みの捜査の一環であり、あろうことか現地対策課からのもの。報告書は後日郵送かFAXかメールに添付してくれとのことだ。
目的地は海、沿岸部で発生しているというとある事件での協力依頼で、宿泊先は依頼人指定。期間はこちら裁量。となればある種の出張であり、配偶者のいる悠さんは連れていけないので休暇にしてもらった。
それはいい。そこまではいい。砂浜にそこそこ人がいるのもまあ仕方なかろう。
「……ねえ、織絵の坊や」
「なんですか、マリーさん」
「なんで私が連れて来られてるのか、納得の行く説明が聞きたいわ」
「いやあ……3日もエアコンつけたまま家を出るの、正直電気代キツいんですよ」
「アンタの都合じゃない……」
「でも保冷カーゴの方が消耗少ないんで勘弁してくださいよ……零細事務所なんですよ、ウチは……」
「世知辛いわねえ」
「世知辛いですねえ」
私は今、カーゴに入ったマリーさんと海を眺めている。パラソルの下で薄手のパーカーと水着姿ではあるが、正直肌を晒したくなければ塩水も嫌いなので避けたい。事務所を閉めるのに実家のエアコンを常時稼働する訳にもいかず、結果としてマリーさんを連れてきたのだが長毛種の彼女を潮風に晒す訳にもいかず……というのが真相である。放置したら拉致られそうだし。既に猫又と陰気な男という組み合わせがよろしくない。
「おじさん、泳がないの? 海透明度凄いよー?」
「32歳の哀れな体をお天道様の下に晒したくないんです。マリーさんの世話もあるんだよ私は」
で、砂浜を駆け回り海に飛び込み、まさに水を得た魚と化したのが麗である。猫は水気が嫌いな筈だが、彼女はここ10年くらいそんな様子はなかった。なお、DPⅡ解決以降は高校受験を見据えていたし、その後もいい年齢の少女を頼まれてもないのに連れまわす訳にもいかなかったので、彼女がどんな交友関係を結んでいたか、プールに行ってたのかなどはノータッチである。それにしても、肉体に厚みは乏しく長身な彼女だが、だからこそスポーティーなチューブトップのビキニが似合う。普通なら思うところあるのだろうが、そんなもんをケルベロスに気取られても困るので無心の領域に至ってしまった。
「そっか、32歳……32歳ねえ……」
「なんだよその目は」
「いやあ、だっておじさんがそれなら、あの
何か思わせぶりな麗の言葉に思わず眉根を寄せる。25を超えたあたりから年齢のことは極力考えないようにしてきたが、そもそもがヤのつく自由業もびっくりの傷だらけの肌を晒して喜ぶ人間がいるわけがないのだ。断固拒否する。する、が。
「なんだよ『あの女性』って」
麗の不自然な言葉に思わず返した私はしかし、周囲の遊泳客のどよめきに目を向ける。
「…………」
そして目をそらす。
どちらかといえば小柄ではあれど矮躯とまではいかない体格、その骨格に積載していいのか悩ましい脂肪の数々。それでいて肥満体どころか痩せ気味にすら見えるのは、その積載位置が偏っているからだ。そんな女性がビキニ姿で歩いていれば、そりゃあ目立つ目立つ。おまけに、隣に連れた少女――年の頃は中学生程度だろうか――との関係性も不可思議な雰囲気がある。麗の言葉通り、私より年上でそれなのだから理解に窮する。
「あら、奇遇ね真琴。こんなところで会うなんて」
「何が奇遇だよ、白々しい」
そう、その妖艶な女性の名は久住ジェルトルデ。本部に戻ったはずだろうに、何故ここにいるのか。そして、視線を横にスライドさせた私に彼女が言う。
「娘よ」
「セシリア・久住・
「織絵真琴、探偵だ。……なあ、ジェルトルデ。この娘いくつだ?」
「女の年齢を聞くのは不躾よ」
「お母様、私は気にしませんわ。私は今年で14になりましたの!」
ジェルトルデの娘、佳乃は心からうれしそうに、未発達な胸元へ手を添え自慢げに告げた。計算は簡単だったが、その事実に私は暫く声を失ったのは言うまでもない。
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