4ー(2)
2006/06/11 11:20 都内某結婚式場
『我々、聖徒(エンゲル)はいと貴き我等が主の意を伝え、望まざる隣人である悪魔達を余さず討つべく遣わされた、謂わば聖戦の尖兵たることは多く語るまでもないでしょう。彼女、ジェルトルデ・マグリーニはそんな聖徒の一員として戦ってきたマグリーニの一門において不世出の天才と目された神の使徒! サタンの威光に穢されたこの国にあって、多くの悪魔憑きを討つ運命を託された優れた者でありました!』
披露宴会場に、司会の男の声が高らかに響く。
カトリックの、というか聖徒のパトロン達の息がかかったこの披露宴会場に詰めるのは、その多くが聖徒か、その関係者だ。式を主導した神父に至るまで、非公式ながら彼等の活動を支持するカトリックの者であった。
……そうでなければ、
それでも
聖徒に肯定的な場であるがゆえに許されるような発言だが……司会はそこで、顔を伏せつつ続ける。
『ですが、彼女の栄光の日々はサタンの手により阻まれました。そう、憎きはかのケルベロスを始めとした、日本国家に与する者だと標榜する悪魔憑き達による成果の強奪! それによりジェルトルデ嬢が得るべき栄光は輝きを失い、正当な評価を受けることなく混乱は終息を迎えました! 聖徒もまた、敬虔ならざる日本国民の多くからは殺傷能力を思うまま振りかざす悪徳の徒として後ろ指をさされたのは記憶に新しいでしょう! ですが、我々の正しさを、マグリーニ家の功績を正しく知り、聖徒を支援してきた聡き人々がこの国にもいたのです! 450年前から培ってきたこの国と
司会の言葉を受け、会場が拍手に包まれる。雛壇に座るジェルトルデと誠一郎氏は気恥ずかし気に笑っているが、しかし気品を崩す様子はみられない。身についた品、育ちのよさというものがにじみ出ている。
久住 誠一郎。日本国内のカトリック信者としてそれなり以上の財力と発言力を持つ実業家で、表向き非公認扱いの聖徒の活動にも理解を示している。そも、DPⅠの間も彼がメディアを通じて悪魔憑きの危険性を殊更に訴え、聖徒……と、結果論だが共徒や統者の活動の正当性にも理解を訴えた。祓魔法にも未必の故意による
聖職者という立場を捨ててまで結婚を選んだ背景に生臭いものがあったのは否めないが、政治的理由だけでああも幸せそうな顔をするとはとても思えなかった。
キャンドルサービスや参列者との歓談に興じる両名の姿からも、少なくとも義務的なものは感じられなかったのは確かである。
2022/7/10 15:30 旅館『
砂浜での都合が悪すぎる邂逅からすぐ、私は(麗の分は除き)荷物をまとめて旅館へのチェックインを済ませていた。部屋は2部屋、マリーさんは私預かり。現地対策課からこの旅館の宿泊予約まで手配されてた手際の良さに関心しきりだったが、どうやら今回の問題にこの旅館の関係者が一枚噛んでいるそうだ。なお協力者とみなしていいとのこと。
そこまでは理解できる。だが、面倒臭い話が積み上がっている。
「…………6月か」
ジェルトルデとその娘、佳乃が『この場所』に現れた事実は、正直面倒ごとが増えたという印象しかない。詳しくは聞かなかったが、あの調子だと佳乃は聖徒として訓練を受けている可能性は高く、最悪の場合、首を突っ込んでくる可能性すらある。
というか、今この時点まで流れていた動画が佳乃から送られてきた時点でだいぶ問題がある。
データ容量いくらあるんだよ、この映像。ギガ死しかねないものを連絡先知った直後の人間にブチ込むとかどういう教育を受けたらそうなるんだ。「お母様と長く音信不通と聞きましたので慶事の折のこともお伝えしなければと!」じゃねーんだよ。そもそもなんで生まれる前の映像を後生大事にスマホに突っ込んでんだよ。親がラブラブです的なアピールを誰に伝える気で備えてるんだよあの娘。
その頃なんてリハビリと受験と入学手続きと、あと中途半端に入試成績が良かったせいで帰宅部してたのに勧誘の連中に追い回されてた時期と重なるじゃねえか。
『この様子じゃガチガチの恋愛結婚説、完全にあるな』
『そうじゃなかったら子供作らないだろ。跡継ぎのためなら弟がいるだろうにその話はなかった』
『つまり、いつからの付き合いかは分からないとして』
『ああ、お家の跡継ぎやら事業がどうこうじゃなく、単純にデキた子供が女だったってだけだろうな。一人っ子なのもお互い忙しいからとか全然あるだろうし』
一の指摘に、心からのため息交じりで応じるほかなかった。
別に、彼女がDPⅠ以前より久住氏と関わりがあったことを否定するつもりはない。もしかしたら、親同士の約束からくる婚約者だった可能性も否めない。彼女が何をしようが、私が口出しをする権利などどこにもないのだ。
だからこそ、頭を抱えてしまう。
それこそ19年前のアレは何だったのか。完全に私のひとり相撲だったんじゃないか。
「あ~~~~……」
『わかるぜ相棒。二があの時いらんこと言ったお陰で恥の上塗りみたいになっちまったもんな。あの時すでに交際〇年目とかでした、これが終わったら結婚します! とか考えてたらと思うともう、な? なんも考えられないもんな?』
『マジでお前今この状況楽しんでるだろ』
『勿論!』
やっべぇマジで腹立つこいつ。腹立つのに全部が全部正論っていうのがもうどうしようもない。
「あの……」
「ん? 中居さん……でしたっけ?」
と。
軽く引き戸を叩く音のあとにゆっくりと開かれた先には、恭しく膝をついた若い女性の姿があった。チェックインしたときにも見たが、若い。20代半ばだろうか? 中居としては平均的な年齢かもしれないが……。
「いえ、大変畏れ入りますが、私が……『鱗礁館』の女将を務めております、
「…………凄く申し上げたいことは沢山あるのですが、脇に置きましょう。で、話とは?」
この歳で、女将か。その双肩にかかる責任は如何程であろうか。しかも、悪魔憑き事案に首を突っ込んでる立場で。M県の対策課って……あー。うん、大変そうだな。とりあえず、話を聞かないことには始まらないが……果たして何が出てくるやら。鬼も蛇も此処20年で出尽くしたから今更驚かないが。なんでか鱗音さんが後ろ手に戸を締めて『少し目をそらして下さいますか』とか言ってきて衣擦れの音が響いてるのはなんでだろう。残念ながら昼日中から色ごとに興じる趣味はない。アレか、上級悪魔が呪いを刻み込んだとか、
「は……はい、大丈夫ですよ、ご覧ください」
「はあ、一体何……が――」
嫌な予感がだいたい10通りくらい予想できた、とする。
悪魔による刻印、色仕掛けによる篭絡、彼女自身が悪魔憑きで何らかの後遺症が出ている、その他なんかめっちゃいろいろあるような……。だが、事実はそんな浅薄な予想を上回った。
びちびちびちびち。
「ええっと」
「……はい。私……」
びちびちびちびち。
「その、鱗音さんは……『妖怪』、しかも人魚である、と?」
そう、この姿、この所作。
間違いなく彼女は、『妖怪』人魚であったのだ。
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