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 2022/4/10 0:20


『織絵ー、クロスホテルの損害は?』

「客室ひとつと廊下の一部。客室がちょっといいトコなんで色々とアレですけど」

『確保者数は?』

「2名。即席憑魔インスタンス1、ルサールカの複合憑魔体が1。後者は後回しにすると大事になりそうなんで私の権限で送還が完了しています」

 ズタズタにされた布団、脚の折れたベッド、破損著しいテレビに一刀両断されたウォーターサーバー。惨憺たる有様となったホテルの一室には、卜部が後ろ手に結束バンドで拘束され、もう一人はワイヤーネット弾で拘束済みだ。一般目線だと優先順位が逆な気がするが、緊急性の観点からこうなったので仕方ない。電話口の黒田警部補は、満足そうな反応を見せた。

『ご苦労。引渡し終わったら帰って寝ろってさ。猫又は全頭引き取ったうえで飼い主がいれば戻して、野良なら自治体と相談して条件付きで開放、拉致後時間がたってて身分が追えない奴は要検討だとさ。あの会社の社員は確保したし姪ちゃんは無事だぞ』

「流石の機動班ですね」

『姪ちゃんを襲った馬鹿と同じタイプの馬鹿だったから、憑依前に気絶させたらしいしな。部屋もなにも、ほぼ無傷だよ』

 猫又は無事、麗も無事、ついでにレンタルームの家具も無事。機動班は過剰戦力だったのでは? と考えたが、対策課は署に残って全員体制で裏取りしていたそうだ。感謝しかない。

『それで織絵。壊れたお前の事務所に一人向かわせたが、ワイヤーだけ残って下手人がいなかったんだよ。ちゃんと捕まえたのか』

「いや、あれを抜け出すなんてそんな」

『そりゃあなあ。千切られてないらしいから別の方法だろうが……即席憑魔だったならこれ以上悪さが出来るとも思えんし、捜査網は広げておくわ』

「了解しました。回収お待ちしています」

 通話を終え、ホーム画面に戻ったスマートフォンを眺めながら首を傾げる。

 即席憑魔は憑依が短時間な上に能力も限定されるので、確保事態はそう難しい話ではない。そして相手の心理状態に能力が大きく左右されるので、心をへし折った渡会があれを抜け出せる理由が見当たらない。構造は詳しくないが、外部から解くとかは無理だった気がする。

 しかしルサールカとは。日本でいう水子霊が悪魔化したものを大勢抱えて、目覚めた欲求が違法ブリーダーとは救えない冗談だ。それこそ水子も、親との縁を切られる猫も大量発生しただろうに。

「私は……私の、子供達は」

「残念ながら、今日で店じまいです。裏が取れたら対策課から報告がいって御社に調査が入るでしょう、警視庁本社からのね。私はミケが確保出来たと聞いたのでこれでお暇です」

 肉体的なダメージは少ない為か、卜部は比較的意識がはっきりしている様子だった。尤も、悪魔を剥がされた(しかも大量に)ショックがある為か呂律がやや怪しい。

 よもや、綺羅々ちゃんの依頼から一晩でここまで延焼するとは思わなかった。彼女には感謝するべきなのか、内心で愚痴るべきなのか。

「織絵執行官、職務遂行ご苦労様です。我々がこちらを引継ぎますので、お戻り頂ければ」

 ようやく制服警官がやってきた。あとは彼女らをパトカーに乗せて……。

「ああ、助かりま……いや、? 使ぞ?」

「いえ、そんな。我々は対策課ではなく交番勤務のしがない」

「それでも、私を『執行官』なんて呼ぶ奴はなおさらいない。大っぴらに名乗ってないからだ。交番警官ならまず手帳を出せるよな?」

「……抜かりないですね。話通りだ」

突如沸き上がった違和感。それを払拭できないふるまい。外見は本物そっくり、というかそのままだ。もう隠せぬと見るや警棒を手にした。幸運にも銃はない。咄嗟に引き抜いた銃はしかし、無いよりある方がプレッシャーに。

「おっと、『特包』ですか。渡会と児島でしたか、彼らを捕えるのに使って弾倉はカラのはず。リロードする余裕は無い筈だ」

「誰だ。何しに来た。何で特包を知ってる」

「質問が多いですね。私の本当の目的は証拠隠滅、こうなっては口止めと牽制ですね」

 偽警官は言うなり何かを卜部に投げつけ、窓に向かって駆け出す。追えなくはないが、何かが刺さった卜部の様子が明らかにおかしい。口止めといったか。

「これであなたは、この事件を本来の意味で解決できない。では、お元気で」

「あっ、が、ぐぇ……ッ、ゲ」

 間に合うか、間に合わざるか。

 一歩踏み出すまでの時間が鈍化する感覚。圧縮された時間のなか、結論と道筋と手順とが錯綜する。

 結果から言おう。

 私は間に合わなかった。

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