幕間 2006/1


 2006/1 病院用個室


 最悪なまでに黒々とした雲が空を覆う。冬の空気が窓を叩き、室内は気休め程度に装着された心電図の電子音が響いていた。呼吸器は既に外されて久しいが、万が一の措置らしい。らしいが、左足はギプスでガチガチにされ、なぜか胴に拘束ベルトを装着された状態では寝返りも打てない。織絵 真琴は、物心ついてから2度目の長期入院を余儀なくされていた。

「おはよう、織絵君。ICU明けの日差しはどうかな?」

「最悪ですね。日差しもなにも曇り空じゃないですか。っていうか俺、このままだと高校浪人まっしぐらなんですけど」

「またまた。君、体育の成績は色々補正かかってるとしても勉強も学校での態度も並以上、全然問題ないんじゃないのぉ?」

「推薦枠の学内選考が始まるタイミングで突入作戦ブッ込まれたんですよね俺」

「ごめん」

 目覚めた直後にフランクに話しかけてきたのは、『大流入』時に急造で作られた憑魔対策室の室長となった袴田はかまだ かなえである。警察庁直轄ながら即席の部署を任された彼女だが、所謂『悪魔憑き』が既存の重犯罪者用武装の延長で拘束できることが明らかとなり、存在意義を「より簡易な悪魔憑き対策」の究明へとシフトしていった。彼女らは現状、専ら魔界王サタン側の悪魔憑きとの調整、ならびに海外から大量に流入した自称祓魔士ぐれんたいの対応や法整備の進言に終始している始末である。

 DPⅠの最中にあって悪魔解放同盟は幹部級の祓魔完了ならびに逮捕、ないし忽然と失踪するケースが相次ぎ、頭目である男が調査の末に『カブラカン』の憑依者で、しかも短期間で制御できないまでに自我が希薄になっていたらしいのが救えない。

 果たして、彼(?)が計画した大規模な震災テロの阻止の為に対策室と管轄の悪魔憑き数名を投入して行われた大規模作戦の実行日が、両親を殺されながらも善き人生を送る為に努力してきた真琴の学内推薦の面接日で、しかも憑依後6年ぽっち、未発達な肉体の限界を超えてカブラカンと殴り合ったせいもあり、ケルベロスの制御が切れた真琴は立つこともままならずICU送りとなったのである。

 そこからは意識が戻ったり消えたりして1か月半。寝る子は育つというが、諸々上からの指示でカルシウムを多く供給した甲斐もあってか、頭蓋から爪先に至るまでの骨折はほぼ綺麗に回復済みである。そして、失われた推薦の道は戻ってこない。

「まあ、まあ。私達も担任の先生と話し合って、君の学力で十分通用する高校に願書送ってるからさ。内申点高いしイケるって!」

「何処の学校で、いつ受験なんです?」

「県下4番目くらいの進学校。来月半ばだっけ? 受験日」

 慰めにならないフォローからの、学力ギリギリの弩畜生難易度の高校だった。多分、模試受けてたらB判定くらいの。ギリCいかないようなところ。

「あ、あとサタン様と現職の総理から連名で手紙。私は開けると失職するから見てないけど」

「詰んでません?」

 ……結局、この書簡が改正祓魔法において新設された『外部祓魔執行官』への着任要請で、これを機に彼の高校生活は青春の『せ』の字もなくなることが確定したのだが、それはそれで。

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