(5)
●―Ⅰ―
腹一発殴って、3階から植栽に落とす。下の植え込みがやたら鋭い枝があって串刺し、とかなら兎も角、あの筋肉なら枝葉がクッションになって無事だろう。どころか、ほどなくして立てるようになるかもしれない。逃げられては困る、と私は階段を駆け下りる。
「……う」
「目覚めましたか。渡会さん、でしたね? 祓魔法の……まあ大体3つか4つは違反していますね。あと建造物侵入と傷害もしくは殺人未遂、私の部下への略取誘拐未遂、ついでに愛玩憑魔体管理法と器物破損か。警官じゃなくても逮捕権が発生しますね」
渡会は目を開けたが、体は思うように動かないようだ。余り時間は与えたくない。私は懐からプラスチックと鉄の混合物を引っ張り出し、セーフティーを外す。
「なっ、何でそんなものを持っている? 銃刀法はどうした?!」
「それを言ったら、あなたの遵法意識は何処に置いてきたのか是非聞きたいですね。幾ら稼ぎました? 何匹処分しました? どんだけ妖怪の命を軽んじたか聞きたいものです、ねっ!」
私は苛立っている。普段なら引き金をすぐ引くのだが、渡会の態度にサディスティックな感情が芽生えたのは嘘ではない。顎を蹴り上げ、若干距離をとってから鳩尾あたりに銃口を向ける。
「やめ、やめろォっ! いや違う、やめてください、殺さないで!」
「さっきまで殺す側だったのに随分とペラペラと。一先ずあなたとはここでお別れです、さようなら」
引き金を引く。
サイレンサーから放たれたような軽い銃声が、夜の貸しビルの駐車場に響いた。
『……相棒』
『
『そうじゃなくて。脅すにしてもやりすぎじゃないか? あと二にはもう少し遊びまわる機会挙げた方がいいと思う。
『……考えといてやる』
思考に届いた抗議の声に反駁するが、二の処遇について後ろめたいことがあるので反論しづらい。というか、うん。こういう借り物の力で調子こいたタイプは心をぽっきり折らないと聴取に差し障りがあるので徹底したが、やりすぎたのは認める。
今、沢渡の肉体は重犯罪者捕縛用の硬質ワイヤーネットに絡め取られている。私の手元にあるのはその射出機。外見こそSFP9だが、通常弾が撃てない上に装弾可能なのは2発の長弾頭ワイヤー弾のみ。なお、テーザー銃にならい、IDチップがワイヤーに付随するので使用者は一目瞭然。特段の理由が無ければ(あっても)解決後に報告書の山に埋もれることだろう。
「取りあえず通報か……まあ、麗はほっといても大丈夫だろ。大通りで筋肉達磨になる馬鹿はまず居ないし」
襲われてから今に至るまで、警察を呼ぶということを忘れていた。多分誰か通報してるだろの精神だが、まだ到着していないのでその希望は潰えたらしい。
『あ』
『え?』
『レイの家の方からいきなり東にグリマルキンが舵を切った。後ろから追いかけるように……サワタリと同じ反応がふたつ』
何かに気付いたと思った一は、いきなりとんでもない結果を口にした。なんだろう、問題増やすのやめてもらっていいだろうか。裏通り使ってるんだろうけど東、東かあ。レンタルーム城塚かあ。こんなの麗一人で対処できるわけがない。あと令状間に合わない。
「あー、もしもし
『袴田さんが「報告書、あと対応した面子全員分のいつもの洋菓子で手を打ってやる」だと』
「何人分ですか?」
『レギオンに一声かけたら15人は来るわな。あと
「30人はくだらないじゃないですかやだー!」
襲撃直後 市内某所
多分、事務所を露骨に壊されたのはこれを含めて3~4回目になるかなあと考えながら、非常階段を駆け下りて路地を横切って自宅に向かう。
あの時に比べると私はちょっとだけ身長が伸びたのでおじさんを見下ろすようになった。オンナノコらしくないとちょっと不満はあったが、当時は男子にナメられない分好都合だった。
それはそれとして小学校卒業間際に特憑魔体に認定され、転校手続きもそこそこに歴史の教科書に載りそうな事件に巻き込まれたのは巻き込み事故だったと思う。あの友達を赦すことはできないし、こうして探偵と名乗って見張りとか
……それはそれとして、アタシは助手であって仕事のメインを張る仕事ではない。
だから、荒事の渦中にいていい存在ではない。
つまり、アタシが言いたいことはアレだ。
「こんな物騒な連中と追っかけっこするのは契約違反だと思うんだけどどう思う?」
『商売道具っていうか犯罪の生き証人奪われそうだからじゃない? しかも警察に』
「そっかーそれでも姪を事件に巻き込むのはどうかと思うなあー!」
……と、盛大に抗議したい。
思考会話で済むところを声に出しているのは、それだけ不満タラタラだからである。背後からはH社の社員っぽい黒服2人が猛然と迫ってきている。肉体に目立った変化はないけど、真っ赤な足跡を残して走ってるあたり、事務所に殴り込んだ奴と同じかそれ以上の違法行為をしてるっぽい。
ありがとうグリマルキン。『しなやかさ』というアドバンテージがなかったらとっくに追いつかれていた。
『褒めても何もでないけどね』
『せめて今だけ適合率上げてほしい。もしくは代わってほしい』
『オトモダチをぶっ飛ばしたときに使って一週間寝込んだの忘れたの?』
『8年前じゃん……』
痛いところをつく猫だなあ。思い出したくない話だったのに。今でさえ割と明日の筋肉痛が怖いんだからやりたくないに決まってる。
「ねえ、私には暗くて分からないんだけど提案があるの」
「いきなりどうしたの?」
「会社の連中が追ってきてるなら、いっそ
「……悪くないかも。ええっと『レンタルーム城塚、徒歩ルート』!」
マリーの唐突な提案に、思わず飛び跳ねそうになった。悪くない、どころか最高だ。一ならこっちの動きを察して手を回してくれるはず。
『ルートが確定しました。およそ30分で目的地に到着します』
「マラソン大会じゃん! 完璧マラソン大会の距離じゃん!」
『でも5分とか10分じゃオジサンも無理だとおもうわ』
『現実ゥ!』
非常な電子音声に悲鳴を上げても、状況は変わらないのだった。
通報より10分後 駅前クロスホテル上層階
「そろそろ車買わないと不便だなあ、って思ってるんですよ私も。タクシー代馬鹿にならないし。でも過去に一度壊されてしまって。せめて原付は欲しいんだけど暑さ寒さがキツくてどうにも」
さすがに徒歩で駅前まで向かうつもりはなかった。本気を出せば何とかなるかもしれないが、これ以上目立つのは勘弁願いたい。タクシーの運転手とはもうすっかり顔なじみである。
「それで? マリーを見つけたと定時報告を受けていますが……引き渡しに来たのではなくて?」
「いえ、違います。取締に来ました。身分証どこにやったかな……っと?」
扉越しに訝る卜部に向け、改めて身分証を突き付けようと考えた。出来るだけ表に出したくないものだが、取り締まりの相手なら話は違う。
だが相手は割と気が短かったようで、開かれた扉から出てきたのは先程より激しい変化を来した社員だった。そして、問答無用で脳天打ち下ろしを敢行する。普通なら床のシミになるんだろう。
「『なんだ』、貴様。なんで止められる?」
「何だと聞かれたら答えないと礼儀じゃないですかね」
名乗る前に殴りかかるのは礼儀じゃないと思うが突っ込まないでおく。取り出したのは、二つ折りのケースに入った一枚の免状。あからさまな銃を携行してるのもこれのお陰だ。
「改正祓魔法執行官、
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