3ー(5)
戦闘開始から5分後 同地
「……痛、ったぁ……」
次に感じたのは体の不自由さ。手を後ろで回され、足も縛られた状態では身動ぎするのもひと苦労だ。必死に動かして、なんとか周囲を確認することができた。
「礼拝堂……?」
視界に飛び込んだステンドグラス、周囲の厳かな雰囲気から、教会の礼拝堂なのはわかった。だが、昼に居た場所ではない。
月明かりでもあれば最高だったが、そういえば『明日』は新月だし、『今日』も月はほぼ見えないのだった。
「――!!」
「…………」
だが、何事か叫ぶ声と応じる声、そして周囲の破壊音が響いているのは分かる。それがおじさんとコルラードさんのものだ、というのも。でも状況がわからない。見えないのだ。長椅子が次々と倒され、或いは破砕されているのは朧気にだが確認できた。戦っている――おじさんが。それは珍しいことではなかったが、周囲の破壊を伴う激しさはスマートじゃない。
『レイ、ちょっとこれ……まずいんじゃないの?』
『見えるの、グリマルキン?』
『アンタよりはね。マコト、あれ押されてるわよ。明らかに動きが鈍い。っていうか、視線の動きが凄くめまぐるしいからアンタ探してるんじゃないかしら?』
『嘘っ?!』
グリマルキンの言葉に、アタシは思わず体をあげようとしたがみっともなく跳ねるだけだった。このままだと、きっとおじさんはアタシに気を取られて何も出来ずに……
「アタシのことは気にしないで、おじさん!!」
腹に力を入れ、あらん限りの声で叫んだ。どの程度、この広い礼拝堂に響いたものか。けど、「動くな!」と大きな声は聞こえた。届いたという安心感、助けてくれるという信頼感が体を包んだ。そして、今意識を失ってはいけない、と自分の体に喝を入れた。自分の為に傷ついたあの人を、知らなければと。
●―Ⅱ―
「動くな!」
レイは無事、意識がある。声を張り上げるだけの元気がある……すぐ巻き込まれる場所にはいない。その事実だけで、マコトに気遣う必要がないと理解した。今助ける、と軽々しくは言えない。何しろコルラードが厄介すぎる。
「起きたか……当面は起きられないように手を尽くしたつもりなのに、やはり悪魔憑きはしぶとい」
「テメェも悪魔憑きだろうが。面倒臭ぇ奴憑けやがって……」
平然と語っているその外見は、殴ったほどに傷ついた様子がない。カソックは擦れた跡があるが激しい傷や汚れは感じられない。顔面にわずかに擦れた傷がみえるがそれくらいか。
こっちはスーツの傷が増えたし骨や肉に傷はないにしろ痛いものは痛い。業腹だが、
「だが、貴方はそれが限界かな、『第2態』。ケルベロスが三態がうち、最も荒事に特化した憑依状態。織絵真琴が
「『黒石』とかいう優男との睦言に割り込んできた必死さの割に、今は随分話すじゃねえか。勝てると思って舌の滑りがよくなったか? 残念だがレイが見つかった時点でお前の負けだよ。気兼ねなくぶっ飛ばせるんだからな」
「なら、試してみることです……ねっ!」
コルラードが言葉を切り、足を踏み出す。石畳が割れるほどの推力に憑依体が絡んでいるなら、マコトの動体視力では捉えきれない。
なら、見る必要はない。
『兄貴!』
意思の手綱をオレが握ったまま、
左半身、前に出した左鉄槌でコルラードの手刀を下から打つ。次の瞬間、僅かに空いた喉元目掛けて右手に構えた拳で以て喉を打ち、砕く。単純な押し合いに絶対の自信を持つ奴なら、簡単に乗って、そして吹っ飛ぶ……そう、思っていた。
左鉄槌での払いはうまく行った。
だが、右拳は。あろうことか、喉をすり抜けた。
それが意味するところは、拳を突き上げた無防備な姿勢のオレに、首から下の体重と踏み込みの推進力を載せてコルラードがぶつかってくる……そんな、悪夢のような光景だった。
●― ―
視界が空転する。
「首から下の全てが肋骨にぶち当たる」、という不気味にして最悪な一撃は、ともすれば右肋骨12本を一斉に砕かれる可能性すらあった。それを防いだのは偏に
「アンタ、何だ今の……相当なインチキかましやがって……!」
「おや、憑依体が解けましたか。聖徒の不倶戴天の敵なのだから、
「……出来んのかよ」
首の感覚の消失。どころか、
「ええ勿論。ですが、それも不要でしょう? 今の曲芸があなたの切り札なら、此方の手の内が分からない貴方に使う必要も」
「いいや? アンタに憑いてる悪魔、もう割れてるぜ? 一が知らない『東の悪魔』だったから割るのに手間取ったがな。そうだろ
「……驚いた。あの一合で見抜いたのですか」
「大分手間取らされたがな。一はアンタを見ただけじゃ見抜けねえ、二が殴り合っても分が悪い、おまけに三がアンタの弱点を狙おうにも不死じゃあ見えねえ。ない頭絞って悪魔について隅々覚えておくもんだな、アンタの小細工が丸裸になっちまった」
コルラードは調子にのっている。此方が位置を変えながら話していても、自分の悪魔の種がバレても、絶対に勝てるという自信があるからだ。私が麗を助けようとしているのも織り込み済みで、余裕を見せているのかと疑ったが、砕けた長椅子の破片を投げつけて来たのだからそうでもないらしい。一の憑依した腕に守りを任せ、私は麗の元へと歩みを進めた。
「待たせたな、麗。お前が捕まってまる一日以上、あいつが直々に果たし状なんて送りつけてきたもんでな。驚いてぶん殴りにきてこのザマだ」
「おじさん、ボロボロじゃん……! 何で!? アタシを気遣ったからそんなになってんの? ラーフってそんなに強いアスラじゃ、……え。今、おじさん、まる一日ってそれじゃ今日は」
「物わかりのいい姪で大変結構。お前も知ってるだろ? ラーフは
助け起こした麗の物わかりのよさには感服するばかりだ。
ラーフはアムリタを口にし不死になった際、ヴィシュヌに首を落とされた。だから、首がなくても生きていられる。彼は告口した太陽と月を呑む悪星「
「講釈の時間は終わりですか? それとも、ケルベロス回復までの時間稼ぎでしたか? 面白い趣向ではありましたが、もう終わりでいいでしょう。ラーフの力を小細工と罵るなら、その増上慢を極聖体にてすり潰して差し上げましょう!」
「……と、いうことです袴田さん。『極聖体使用可能な上級堕聖者』、こいつを放っておいたら『3回目』もあり得ますよ」
高らかに宣言したコルラードの表情が、平然と第三者と話す私の姿に呆れたように崩れた。
「――は?」
「おじさん、袴田さんって……そんな急に」
『了解、一部始終聞こえていたよ。織絵君、君と私はDPⅡの時に話したのだったね』
耳元のBluetoothイヤホンを叩き、スピーカーモードに切り替える。その場の人間に聞こえるように。売った喧嘩の重みを思い知らせるために。そして決意を伝えるために。
「ええ。
『そうだね、君たちはいつもそうだ。世界が終わる前に君たちの人生ばかりが侵されてきた。最初に奪われるのは君たちばかりだ』
「そういう訳なんで、袴田さん」
『ああ、いいだろう織絵君。――神殺限定解除「
『「世界は三度も終わらせやしない」』
「獣合魔体使用マイナス10からカウントスタート。60秒以内に対象祓魔を完了し解除」
――10、9、8
「ナベリウス!? ゲーティアの悪魔か!」
「おじさん、何する気なの? あの時もあの時も、
――7、6、5、4
「御託はいい。極聖体で受けろ、コルラード。麗は、逃げろ。巻き込まれるぞ」
――3、2、1
「ナベリウス、来い」
――ゼロ。
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