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2022/5/30 朔の夜 某教会 『旧』礼拝堂
「コルラード・マニャーニ。アンタが今何をしているのか、何をしでかしたのか、懇切丁寧に教えてやろうか」
雨上がり、そして一年の4割強が過ぎた夜は、いつになく熱を帯びているように思えた。空は晴れ渡っているが、月はない。朔の日――。一般的に「新月の夜」とされるこの日に向け、コルラードはあろうことか麗を襲撃し、私を呼び出す囮に使った。彼女はあれでも特憑依体、しかも10年程度のキャリアを持つ悪魔憑きだ。軽々に何かされるなどとは微塵も考えていなかった。その考えの甘さと己への過信が、そういえばDPⅡで何度かPMCにしてやられた要因だったなと思う。だが、仮にも彼女は義理とはいえ姪である。万が一があれば、義兄に詫びて済むものではない。だが、それ以上に……。
「何を? 何をとは、異なことを。私は
「ああ、とても。アンタが、悪魔憑きでも堕聖者に成り果てても、無理だろうが――グリマルキンを本気で祓おうってんならまだ擁護できた。20年も経つんだ、聖徒が人殺しを甘受し続ける理由がない」
「死なせないなら殺さないでおいてやる、と? 聞き及んでいますよ。貴方が人を殺したことはない、あろうことか
狂っている、と直感的に感じた。
私が麗を傷つけられた程度で、コルラードを殺せないのは間違いない。昔ならいざ知らず、今手を汚す訳にはいかない。仮に麗が助かっても、彼女がどこへも行けなくなる。
コルラードを殺す訳にはいかない。ジェルトルデを完膚なきまでに打ち据え、その後も恥知らずに神の名を手に立ちはだかった彼女をあしらった、要らんことしいの
何より、コルラード自身の演技がかった物言いがただただ気に食わない。
「それを言うならアンタも変わらないだろ、コルラード。混乱期にあった聖徒の立て直しを担った三代目。融和と対話を志した神の徒。人への情を分け与え、自分の死をも厭わぬ姿勢であった懐の深さ……どれをとっても、アンタを調べればいい話しか聞こえてこねえ。なのになんだそのザマは。何で神を裏切った?」
「主の御心に背いてでも、主の威光をあまねく人々に届けなければならない。そのためには、後継を育てる前に病などで倒れるなど以ての外。主の悲しみが地を濡らそうとも、審判の日に向けてより多くの悪魔を地上から放逐することこそが我が使命。悪魔を祓う聖徒の姿は、異教徒をも主の下へと侍らせるでしょう。助けるために死ぬならいい。自らの裡の不徳で死ぬなど、聖たる者として生き恥に他なりますまい」
「ジェルトルデじゃ、駄目だったのか?」
「人の妻、そして
思いがけぬ言葉に僅かにたじろいだが、しかしやはり、この男の根幹には神への信仰が根付いている。病死もまた定めだろうに、それを裏切ってまで神に
「……その慈悲を、他の堕聖者や悪魔憑きに与えてやれなかったのか」
「当然です! 私は悪魔憑きを祓う為なら手段を択ばぬために在り、そして堕聖者とて……と、て……?」
そこで、唐突にコルラードの言葉が途切れた。何かを思い出そうとして、しかしそれを拒否するような表情。
「私は、死が怖かった。主に背いてまで生きたかった。だが信仰を忘れてはいけないと、悪魔憑きを殺した。たくさん殺した。命が欲しかった、この体は、この悪魔が」
「……だから過剰な殺傷から離れた聖徒からすればとびきりの堕聖者だったワケか。誰だよ、アンタに悪魔を与えたのは。どいつだ、アンタに憑いた悪魔は」
「答える必要はないでしょう、コルラード殿。直ぐに明らかになることだ。あなたはただ、ケルベロスとグリマルキンが一体を魔界に送り返し、聖徒が余計な邪魔をされないよう粉骨砕身、努力すればよろしい」
問いに答えたのは、コルラードではなかった。カソックを着たその男は、如何にも特徴の薄い顔、作り笑い、大仰な身振り――どこをとっても怪しいとしか言いようのない男だった。それ『だけ』の男に見えた。しかし本能が、そして
『相棒、あれは悪魔憑きじゃない、悪魔憑きと呼んじゃいけない。分からないけど、あれはだめだ』
『卜部を殺そうとした奴か』
『間違いない、でもあいつが、
「おや、随分警戒されてます? そんなに後ずさりされては傷つきますねェ。卜部さんはあの後どうです? ちゃんと死にましたか?」
「生きてるよ。アンタのせいでもう碌に頭回ってねえけどな」
一の強い警戒をよそに、男は久々に親しい相手に会ったかのように声をかけてくる。不愉快な声だ、と思う。敢えてそんな声を出しているんじゃないか、と思える程度には。卜部を殺すために手を打った、と言い切る程度には悪意に満ちていることも、腹立たしい要素だ。
「
「ああ、彼は残念でしたねぇ。長らく我々の役に立ってくれたのに。
「そうか」
私は、この男とこれ以上話す必要を感じなかった。
さりとて、逃がしてやる義理もなかった。二の主導で、喉を潰す。それから何もさせぬうちに手足をへし折る。それで終わらせ
「おっと、あなたの相手は私ではないでしょう?」
――それを考える間も与えられず、横合いから衝撃が来た。
打撃に合わせて跳んでいなければ厳しかった。
「テメェ!」
「残念ながら私はこれにて。……私のことは『黒石』とでもお呼びください」
男、『黒石』はそう告げると闇に溶けるように消えていく。だが追う余裕はもうない。全身から殺意と憑依体を纏ったコルラードの目が、こちらを射抜いていたのだから。
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