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2022/5/29 14:20 F市市内カトリック教会 執務室
ジェルトルデさんが依頼に訪れてから4日が経つ。
「あら、レイさん……だったかしら? 所長が来るものと思っていましたが」
「はい、無理を言って私が此方に。今日は中間報告と……あと、私がジェルトルデさんに折り入って聞きたいことがあって」
頭を下げて用件を告げた私を見て、ジェルトルデさんの表情が緩んだ。まるで部屋に入った時から、すべて見透かされているような錯覚。相手の底知れなさをどことなく感じ取れるほどの圧を、肌身で感じた。「先に、報告を聞こうかしら」と話を切り出されるまで、二の句を告げるのを躊躇ったほどに。その目には矢の如くまっすぐで鏃のごとく冷徹な質感を覚えた。
「はい……コルラード氏は郊外の教会に顔と身分を隠し潜入し、そちらで司祭として振る舞っています。その外見は兎も角として、司祭としての立ち振る舞いと身なりはしっかりしていることから、不審に思う人間は少ないようですね。ほぼウラは取れておりますので、近日中におじ……所長が直接、祓魔を実行するそうです。あとは、今回の依頼。個人依頼とはいえ国内での祓魔事例となるため、当事務所は対策課との連携を取っています。最悪のことも想定し、所長のバックアップに袴田警視と黒田警部補、ほか数名が控える予定です」
「ありがとう。対策課の兼は業腹だけど受け入れるしかないわね。『ローマではローマ人のようにしなさい』、ということね」
「ご理解頂けて痛み入ります」
「気にしなくていいのよ。ある程度読めていた事態だし……私達が手を下さない以上、他人のやり方に文句をつける資格はないわ。……それで? 私に聞きたいことって何かしら?」
顔にわずかに浮き出ている嫌悪の色を理性で拭い、ジェルトルデさんは笑顔を向けてくる。この切り替えの速さは驚異的と言わざるを得ず、アタシは思わず息を呑んだ。
「ジェルトルデさんは……所長についてどこまでご存知ですか? 身の上話とかそういう上っ面の話ではなく……その、性格とか、DPⅠの頃のあの人とか」
「傍若無人な破壊魔――それが、聖徒の間での『ケルベロス』の当初の見解だったわ。この破壊魔っていうのは、決して我々に対してだけではなく。まだ2桁に届いたばかりの少年の肉体と精神でかなり無理な戦いを続ける破滅的な性格、ってこと」
「…………破滅的?」
「驚くかもしれないわね。
「え」
「貴女が知っている通り、中級以上の悪魔憑きがその性質を表に出す時、個々の体は悪魔による『
正直な話、全く知らない訳では無い。悪魔学の教科書でも、『魔界王派の憑魔者の粉骨砕身の献身と幾度かの尊い犠牲を経て平定された』と触れていたのは見たし、聖徒を始めとしたキリスト系組織との仲はすこぶる悪かった、と聞いている。まさか粉骨砕身が言葉通りとは恐れ入った。
「私達はカトリックという立場上、主の怨敵たりうるのであればたとえそれが信徒だったとしても、聖職者だったとしても、『可能性』を許さない。マコトはそういう切り捨てる態度をずっと嫌っていた。だからこそ彼には何度もしてやられたわね」
「ええと、DPⅠが終わったのが17年前、おじさんが中学生の時……ジェルトルデさんは」
「当時で17歳位だったかしら。何度か悪魔憑きの処遇で衝突しつつ、関係は劣悪ではなかったわね。……でも堕聖者『討伐』に向かった先で私と彼が衝突した際、その亀裂は決定的になった。マコトはね、その時に私を心からの嫌悪で切り捨てたのよね」
怨敵、してやられた、切り捨てた――それらの言葉と今のこの人の話を総合すると、おじさんはやっぱりジェルトルデさんに
「……悪魔憑きは、他人と愛を育まないとよく言われます。アタシもそれを実感しています、グリマルキンがいますので。所長も、そう……なんでしょうか」
「少なくとも、19年前に彼はそういう感情を持つべきではない、と結論付けたと私は思っているわ。
……ジェルトルデさんは、夫がいる。カトリックに身を置きながら。それはアタシでも意味が理解できる……彼女はもう、司祭でも、助祭ですらもなく、神のために働く従属者であることを拒絶された身なのだと。そこに至ったのが何時かは分からないし、聖徒であることを自ら否定した理由がわからないわけではない。
聖徒、という肩書を捨て、神に捧げる
それら全てに意味があるとするなら?
息を呑んだアタシを見て、彼女は笑った。「酷い顔よ」と言われたその時、アタシは自分がどんな顔をしていたのか知る勇気も、自覚する余裕すらもなかった。
だってその後、教会を出るまでの記憶がなくて。
だってそれから、アタシは――。
2022/5/30 13:45
麗がかなり強引に「こちらから会いたい」と言い、ジェルトルデが滞在する教会に向かったのが日曜昼。そして今に至るまで、その足取りが掴めていない――この事実が何を意味しているのか、何が起こっているのかを、理解できぬ私と悠さんではなかった。此方が足取りをつかんだ
「……連絡なし、か。中間報告に行ったのは昨日昼、教会を出たのは15時半。そこまでは連絡が取れてる。そこから今まで、定時連絡なし。おまけに電話は圏外」
「所長、これは間違いなく麗さんがなにかの事件に巻き込まれたってことじゃないんですか? 対策課の方と連絡を取れば、GPSから足取りを辿ることや、そうでなくてもレーダーログを漁れる筈で」
「既に対策課に連絡しています。此方でも監督者権限でGPSは辿れますが、麗は年頃の女性ですからね、あれでも。だから普段は切っていましたが――くそ、こういう時に限って!」
私は思わず、悠さんの前で声を荒らげてしまった。それがよくないことだとは分かってるが、さりとてGPSを切ったことで再起動が出来なくなるとは、バカみたいなポカである。犯人は分かっているし、場所も……何割か読めてる。
「で、では対策課を待ちましょう。若しくは、ええとマリーさんでしたっけ猫又の。『彼女』に通訳してもらって麗さんの足取りをたどるというのは?」
「――悠さん、あなたを雇ったのは正解だった気がします。その手は使える筈だ」
悠さんの提案は、この状況で天啓だった。最善の選択肢だった。それに気づかないほど、私は消耗していたということも言えるだろう。同時に、麗が危害を加えられる可能性について、余りに考えが甘すぎた。
……麗は特憑依体として、そしてグリマルキンの宿主として長い時を生きた。人生の半分である。友達に裏切られて悪魔憑きになるなんて不幸を誰が受け入れられるだろうか? だが、彼女は受け入れた。
幸せになる権利も、不幸へ転がり落ちる権利も蹴り飛ばして、でも人並みよりも異端に進む道を選んだ女だ。あんな奴が義理とはいえ姪だなんて考えたくもない。あんまりにも自分に似ている、似すぎている。
自分には使命がある、と言っていいのは勅命を受けた者か神託を受けた者、そして無敵の人になりそうな類の人間が自分に言い聞かせる為に使う常套句だ。選ぶ道を自ら切り捨てた人間が言うものではない。
ともあれ、まずはマリーさんを回収して町中の猫の集会所や溜り場を虱潰しに探すしかない。
それで話を聞けば、少しは状況がつかめるだろう。麗の使っていた飛び道具だが、こんな形で再現することになるとは……。
と、その時だった。
「まことおじちゃん! ミケがおじちゃんに会いたいって! 話したいことがあるって!」
『その通りだ、だから嬢ちゃんはもう少し抱きしめる力を……弱く……』
「綺羅々ちゃん? 学校は終わったんだね。で、ミケを離してもらえないかな」
綺羅々ちゃんが、ミケを一緒に連れてきたのである。腕の中で締め上げられたミケは、放っておくと命にかかわるので開放してあげた。しかし珍しい。ミケが脱走ではなく、自分から来るとは。
「で、ミケはどうした? 麗なら生憎と今出払ってて……」
『違ェよ旦那。そのグリマルキンのお嬢さんな、昨日連れ去られたのを見た
「あ、あとおじちゃん、これ! お手紙!」
ミケが今、とんでもないことを口走った。そして綺羅々ちゃんが、宛名も消印もない手紙を差し出してきたことでもう、完全に確定した。
「……袴田さん、織絵です。……ええはい、今夜ですね。」
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