10:50~11:30
10:50 面談(ノンアポ)
「織絵、課長が折り入って調査してほしいって事案が」
「…………」
午後の依頼人との待ち合わせまで時間があるが、こういう時は決まって良いことが起きない、所長はそう言っていた。噂をそれば影が差すとはまさにこのことだろうか? 訪れたのは県警の祓魔対策課……の、確か黒田警部補だったか。邦彦さんが病院に入った折に少し顔を合わせている。経理のパートに入ると言った時、彼に結構厳重に考え直しを迫られた気がする。
「なんだその苦虫を噛み潰した顔は。大丈夫ですか相良さん? このバカにコナかけられてませんか?」
「大丈夫です、私は邦彦さん一筋なので」
「ですってよ黒田先輩。私にそんな事する余裕があるなら是非教えて欲しいですけどね。今日は何のご用向きで?」
「ちょっと棘があるなお前。まあいい、先月の事件あったろ? あの時言ってなかったけどニセ警官の格好の出処、ウチの交番勤務だわ。完全に不意打ち食らってガチガチに縛られてるのが見つかってる。生きてるだけマシだろうけど懲戒処分になったわ」
「それは御愁傷様で。2年目の巡査でしょう、人の心とかなかったんですか?」
「拳銃まで奪われといて
「……所長、私早めにお昼摂ってきましょうか?」
割と聞いててヤバ気な話を堂々としているあたり、情報リテラシー面は大丈夫なのだろうかと思った。思ったが、それを言うと所長が執行官なこととか悪魔憑きという単純な括りで話せないこととか、特大級の地雷原でタップダンスしているこの仕事に震えを覚えた。覚えたのだが、日夜死にそうな顔でグチャグチャの経理書類をなんとか纏めようとしている所長の姿を想像すると涙を禁じえないので手を貸したい気持ちもある。あと辞めるには収入額が余りに魅力的すぎた。
「そうですね、特に聞かれて困る話じゃ……ないとは言えませんが、なんでしたら13時まで休んでこられても大丈夫ですよ」
「承知しました。所長もお昼くらいは休んでくださいね?」
「俺も昼潰してまで働きたくねえから大丈夫だよ、悪いね相良さん」
ちくりと釘を刺した悠の視界には、曖昧な笑みを返す真琴と、やれやれと首を振る黒田警部補の姿があった。
あの調子だと、多分言うほどには休めないんだろうな……。
11:30 雑居ビル地下一階 個人食堂「
「いらっしゃい……早かったね。その調子だと、仕事は順調かい?」
「こんにちは、お陰様で」
「今日はどうする?」
「昨日と同じものを」
「待っといで。いいのを出したげるよ」
ビジネス街と住宅街、この2つの間というのは食事処を探すのが困難だ。少なくはないが、ビジネスパーソンで埋まる場所や家族連れに適した場所は避けねば、食事時に疲弊するという事態に陥ってしまう。その点で、この店はバーなどが併設するビルのためか開拓する者も多くなく、店内も静かな雰囲気でカウンターか2人テーブル席のみのため家族連れには極めて不向き。店主は趣味で開けてると嘯き、開店予定も不定期。ただ、悠は店主に気に入られたのか開店予定をメッセージアプリで教えてもらえるのだ。持つべきは愛嬌と人徳である。
「そういえばアンタ、あの探偵事務所で働いてるんだって? あそこの所長、扱い辛くない? 書類とか大丈夫?」
「え、ええ、はい。店長、よくご存知ですね」
鍋を振る店主から唐突に話を振られ、悠はいささか驚きとともに顔を上げた。隠しているわけではないが、やはり顔が割れているものなのだろうか?
「……噂でね、あそこに所長より若いコが入ったって聞いたのよ。ホラ、あんな事務所じゃない? 依頼か従業員かビルメンテしか出入りしないのに、定期的に出入りする若いコが増えれば噂にもなるわよ。あそこで預かってる、あの若い娘なんてこの間――」
「この間?」
唐突に言葉を切った店主の様子に不思議なものを覚えたが、バツが悪そうに口を結んだ姿を見れば追求はやめよう、と思う。誰だってそうだ。この調子だと、恐らく麗とは知り合いなのだろうと分かる。
「なんでもないわ。あそこの所長は姪相手にも信用してないわね、ってコト。食うに困らない学歴なのに、しかも別に親とも不仲でもないのに残ってるんだから、だいぶよあの娘も」
「はあ……だいぶ、ですか。お詳しいんですね?」
「あの娘があの所長のところに転がり込んでから色々あったのは知ってるからね。あのもその辺喋りたがらないからねえ」
ということは、最低でも10年ちょっとはあの二人の、というか真琴のことを知っていることになる。麗についても、然り。やはり外から見ていてもあの二人は親戚同士とだけ表現するには色々含むものがあるのだな、と悠は察した。それが色恋ではなく、親戚なりの信頼ではない。もっと面倒くさい仲なのだろうな……と。
「ま、アンタはアレでしょ? 何かあってスカウトされて努めてるんでしょうから放っといていいのよあの二人は。はい、海鮮あんかけ野菜炒め。新鮮なの入ってるわよ」
「ありがとうございます、こんなお店があったと知れたのはあの事務所に入って最大の収穫でしたね」
「言うじゃない……」
少し驚いたような顔の店主に、「だって美味しいですから」と麗は返した。
悠自身は気づいていないが、彼女は彼女で割と図太いのかもしれない。
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