2-(5)

「もしもし、袴田課長。本庁に連絡とれますか」

『いきなりだね織絵君。今依頼中なんだろう? 個人情報が大事だから多くは聞かないけど』

「ご高配に感謝します。さっきのヤバいブツ、河浜さんに回してください。ベルフェゴール氏ならあれを結晶化出来る筈です。それで証拠は十分、調書取れますよ」

『ベルフェゴールかい? ということは……いや、それこそ君が合流した方がよくないかい? 君、に割と恨み言が絶えない筈じゃあ』

「目の前の依頼人を救えないなら、元凶ぶん殴っても意味ないんですよ。それにあいつはケルベロスの匂いも私の顔も覚えてます。理解してても逃げられない上位悪魔ベルフェゴールの方が都合がいい」

 おそらく袴田課長は、ここ数ヶ月最大級に怪訝な顔をして話を聞いているに違いない。ペイルライダーの憑魔者と私は確かに因縁がある。あるが、そんな下らないものを優先してこの街に麗を残すのも、悠さんと邦彦さんの間に最悪の断絶を生むのも、主義に反する。

「あと、ええと……そう、メールでいいです、祓魔証書」

『誰を祓うつもりだい』

「憑魔者00719563相良邦彦、例外B」

『2分で送る』

 話が早くて助かる。邦彦氏の足は真っ直ぐ手近な宅配ボックスに向かっている。ほどなくして彼は荷物を受け取る筈だ。もう躊躇や待ちに徹する必要はなくなった。一歩、二歩、距離を詰める。

「こんにちは、相良邦彦さんですね?」

「ええ、はい……何か?」

「今手に取られたお荷物ですが、これではありませんか?」

 荷物を手にした邦彦さんの手首を掴み、問いかける。只事ではない様子を感じ取ったのか、身を固くする彼にスマートフォンに写った『サプリ』の包袋を見せた。明らかな焦りを見せた彼に、手首を離して自分のジャケットを持ち上げ徽章を見せる。同類である、と伝える意味で。

「私はこういう者です。相良邦彦さん、あなたがこのサプリを定期的に飲用しているのは承知しています。その理由と背景事情について、私が知るところではありませんが……それの作用は憑いている悪魔の抑制ではなく、別の悪魔で以て発生している状態です」

 何を言っているのか、という顔だ。私だって、そんなことを言われてはいそうですかとは言えまい。だが、彼に起きている症状――悪魔との対話が出来ず、意識を食い荒らされるような錯覚、疫病が流行る未来の悪夢。

「あと、そうですね。喇叭らっぱのような耳鳴りがしている……違いますか?」

「そん、な、まさか……妻のために、私はただ」

 ほとんど確定していたようなものだが、これではっきりした。彼は、ペイルライダーの眷属に憑かれている。サプリを表示していた画面をスワイプし、礼状を表示した。

「憑魔者00719563号、例外B。改正祓魔法執行官として、あなたに憑いている侵食憑依体を祓います」

 一では本体の悪魔ごと祓いかねない。三の意識を片手に集中させ、邦彦さんの右肩から袈裟懸けに振り下ろす。

 指先を通し悲鳴が折り重なって響く。不愉快な触覚を残し、ぐらついた邦彦さんを抱きかかえた。

「あとは任せましたよ、河浜さん」


 2022/5/13 24:20 Bar「アウトオブエデン」別室


 邦彦さんは、ペイルライダーの眷属を祓われたうえで病院に搬送され、そのまま参考人兼被害者の一人として警察のご厄介になった。

 彼自身は特に何もしていないので病床にて聴取を受けるだけだが、ことが大きくなって悠さんもだいぶ気をもんだだろう。とはいえ、原因となったサプリの製造販売を纏めていた企業体は本庁で突き止め、河浜さんを含む対憑魔機動班レギオンが突入したと聞いている。なお、入念に調査したうえでペイルライダーの憑魔者も祓魔を完了させ、今は塀の向こうへ行く準備中だ。ざまあみろ。

「……はい、ご馳走様。この間はかなり空いたのに、今回は早かったね? だからって純度が薄まってるわけじゃないし、私は歓迎するけど」

 ママとつまらない軽口を叩き、奥に通された俺を待っていたのは古い知り合いの一人……名は敢えて伏せるが、女淫魔サキュバスの悪魔憑きだ。大流入以降、淫魔を宿した人間はかなりの数になるが、ニンフォマニアに至った者は驚くほど少ない。サキュバス自体が下級の範疇に収まる者が多く、さらに大抵が『憑いても問題ない』職業だったりするからだ。

 それもこれも、『彼女』のような第一世代のサキュバス憑魔者が『精力が必須なのは事実だが、軽微な経皮摂取が可能』という事実を検証の上白日に晒した事が大きい。偏見が横行しがちなDPⅠ前後に於いて、その身の保護が課題になったのは間違いない。

「増えたんだよ、従業員が。経理なんだけど」

「おめでとう、でいいの? 一人で全部回すのよりはだいぶ負担が減るんじゃない?」

「年下の人妻なんだよ。しかもそこそこいいとこのお嬢さんだ」

「……ああ、真琴サンが好きそうな」

「誤解を招く言い方やめろや」

 そう。

 私が憑魔者01号になって22年ほどを理性的に生き延びられたのは、彼女に定期的に精力を提供しているからだ。とはいえ、深い関係でもない男女が往来で首を触って……というのは憚られる為、保護してもらうついでにアウトオブエデンの従業員として働いてもらっている。彼女もまた、勘違いする連中よりは事情を知る人間のほうが気易いというわけだ。

 従業員といえば。悠さんが探偵事務所の経理として入ることとなった。パートであるが、邦彦さんと一緒に結果を聞きに来た際に両者からの申し出によるものである。

 つまり? 今勘付かれた通りというか、勘違いされがちだが私もまだ現役の男性なのだ。妻を信じて送り出した邦彦さんの手前、そして10も離れた義姪の身元引受人として私を指名した麗の両親のためにも、それよりなによりケルベロス達に変に煽られないためにも、彼女と私は共生関係と言う名の共依存であることは否定できない。それでも浮いた話にならないのは、現金ながらなのだろう。

「まあいいや、助かった。また来る」

「うん、有難うね、真琴サン」

 今日もまた、心の平穏は保たれた。

 明日以降もきっと、経理が雑だったことを悠さんにどやされる日々が待って

「……おじさん?」

 いる前に、バーカウンターに麗がいた。

 え? 麗? 麗ナンデ?!

「あんたがずーーーーっと話さないのが悪いのよ? 流石に薄々勘付く時期から6年は長いわよ」

「詳しく話してくれるよね? ママから聞いたけど、おじさんの口からも聞かないとね」

 奥の扉から覗き込む『彼女』と麗の目があったが、お互い穏やかに挨拶を交わす。ああ、よかった修羅場にはなってな

「おじさん?」

「……勘弁してくれよ……」

 その後、たっぷり2時間かけて色々伏せつつ事情を吐かされることとなりました。


  2話 憑魔症候群と偽薬効果のこと完

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