(2)
『相棒』
と、そこで唐突に思考に声が割り込んだ。瑞々しく若い、がやや気弱そうな声は私に憑いたケルベロスで間違いない。こういう時、思考の速度で会話できるのはでかい。発声のラグがなく思考を読まれない――
『なんだよ藪から棒に。今の今まで何も反応しなかったくせに。
で、これはちょっとした秘密だが――ケルベロスには頭部が3つあるので、当たり前のように人格が3つ存在する。真ん中に相当する主人格が、今の声だ。一が一番話がわかるし、なにかと器用なのだ。他の
『この婦人、臭い』
『失礼な事言うなよ。クライアントっぽいだろ』
『でもよう相棒。こいつなんていうか……悪魔の匂いがゴチャゴチャしてる感じが』
「ようこそ、織絵個人探偵事務所へ。ご紹介ですか?」
ここまで考えて大体1秒足らず。脳内では一との会話を続けているが、体は正直に客を迎え入れる所長として動いていた。相手に不審な点があるというが、さりとて只の客人にいきなり詰問する訳にはいかないのだ。
何より。俗的な話ではあるが、この
「いえ、飛び込みです。この辺りでは興信所なんてここぐらいしかないでしょう? それに、探し事ならこちらがいいって噂に聞いて」
女性の年齢は40半ばから50前半。短く整えた髪はビジネスパーソン然とし、薄手のコートにフラットシューズ、実益重視という趣だ。そして、そのどれもがミドルハイのブランド感がある。
仕事ができる、そして儲かっている。普通ならこんな場末の興信所には来ないタイプだと言えるだろう。
「なるほど。失敬、紹介が遅れました。私が所長を務めております織絵です」
「こちらこそ、気付きませんで。私はこういう者です」
そう言って交換した名刺には『イベント企画・運営総合 ホットエピック(同)業務執行社員
「業務執行社員……通常職、ということでよろしいので?」
「え、ええ。強いて言うなら社長秘書となりますが」
社長秘書か。これはまた……。
「ところで、探し事とおっしゃいましたか。何を?」
「はい。結論から申し上げますと、私どもから逃げた猫の捜索依頼です」
猫又探しをしている最中に猫探しの依頼が重なるのか。何か運命的なものを感じるな、と思ったが置いておこう。卜部氏は話を続ける。
「私どもは猫の保護と譲渡を主に行い、それに付随するサービスをサブスクリプションで行うことで利益を得ている企業です。ええと、街宣車を見ませんでしたか? あのイベントがその譲渡会です」
「あー……先程通りましたね。なかなかの音量でアピールなさっているようだ。オークション、と銘打っておりましたが」
自社の事業に自信を持っているのか、氏は
「ねこちゃん?! ねこちゃん探しなられいおねーちゃんが得意だよ! ミケも探してくれてるもん! ね、おねーちゃん!」
「え? あ、ああ……ハイ」
嫌味を極力表に出さないように頷くと、唐突に綺羅々ちゃんが話に割って入った。麗がなだめていたようだが、我慢ならず、か。いきなり話を振られた麗は、卜部氏に失礼ないようカタコトになってしまっている。
「……失礼、こちらの子は? 隣の方も」
「そちらの少女は私を得意にしてくれている依頼人です。現在も依頼中でしてね。そちらは助手の白織。ちょっとした猫探しに滅法強いので、彼女がその件は担当致しましょう。で、写真、名前、あとは写真に映らない特徴などがあれば伺いたい」
怪訝な顔で問うてきた卜部氏を躱しつつ、依頼に必要な情報を受け取る。写真を見た限りかなり高そうな猫種に見えるが、ミックスなのだという。詳しくないが。気位が高い振る舞いをし、腹部に特徴的な模様を持っているとか。名前は「マリー」。一通り話を聞くと、麗は「では」と綺羅々ちゃんを連れて出ていってくれた。助かった、もうそろそろ彼女の門限だったんだよな……。
「依頼、承りました。手付金とは随分、私どもを買っておいでだ」
「いえ、そんなことはありませんよ。これくらいは当然です。なにしろ3日後のイベントのメインを張る猫ですので、それくらいは」
それでは、と話を切り上げると、卜部氏はそそくさと事務所を出ていった。タクシーを呼ぶか問うと、車を待たせているから良いという。滞在先のホテルと猫達の管理用のレンタルルームの場所も聞いた。当日のイベント会場は大々的に宣伝しているので調べる必要はない。
「3日後か」
腕時計を見て、カレンダーを確認して、それからため息を吐く。
『相棒、そういうわけなんだけど』
『そうだな、実に厄介だ』
一の問いかけに、私は呆れ気味に相槌を打った。こいつは探知もできるし鼻も利くが、兎に角喋りたがりなので始まると色々と話題を探して伝えてくる。そして今は、その情報が重要だったので止められなかった。二重会話なんて面倒臭いことをさせるものだ。
依頼はこなす。マリーは麗に何としても見つけさせる。
だが、卜部氏にはどうしても渡せない理由ができた。それと、足で稼ぐ必要も。これから夜だというのに、本当に面倒なことになった。
接客用として用意していたコーヒーは冷めきっているが、気付けには十分だ。自分のカップを一息で飲み干すと、卜部氏のもの共々流しの水につけて事務所を出ることにした。
明日か明後日か。
長い夜が訪れそうな
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