序2 2012/12/10

 その日、玄関を開けたら目の前には少女が立っていた。スーツケースを手に、年齢不相応な発達を果たした少女は多分に私が最後に見た姿とは大きく異なっている。身長は私を超えようかという高さになり、しかし色々と慎ましい姿はスレンダーな美女といっていいのかもしれない。これでランドセル背負ってるんだから軽い犯罪だと思う。

 12歳の少女、要は私の義姪なのだが、彼女もまた悪魔憑きになったことを機に義両親から私のもとへ送られてきたのだという。彼女の両親は幸いにして健在だし彼女も一応自由の身だが、今後の社会勉強のために送り込まれた、のだという。そしてこの少女に憑いている悪魔がまた厄介で。

『アンタのこと、アタイ嫌いよ。犬ッコロ』

『相棒、このドラ猫スッ転がしていいやつ?』

 魔猫グリマルキン。ケルベロスとの相性は最悪といって差し支えない、人を化かすのが生き甲斐みたいな糞猫(ケルベロス曰く)だ。

「駄目に決まってんだろ。義理とはいえ姪だろ」

「おじさん、憑依歴13年ってマ?」

「マ」

「マぁじかぁ~~~~!! 生まれたときから先輩じゃ~~~~ん!!」

 ケルベロスを嗜める私などお構いなしに問いかけてくる彼女の姿は、本当になんというか時代を感じる。今どきの子、Z世代というのだろうか? 彼女らはまったく無敵にすぎる、と思った。


 終末論者は箸が転がっても世界終焉を見出すに違いない。

 それが、歴史の教科書に『第一次 憑魔大染ひょうまたいせん(デモニッシュ・パンデミック、若しくはDPⅠとも)』と呼ばれた大混乱に陥って7年後の私の感想だった。

 ノストラダムスの大予言の次はどうやら2012年に関する聖書の記述らしい。何でもアリだな、あいつら。

 こちとら故郷が大地震に見舞われ、東からの県内疎開者やら雨後の筍のように湧いて出る風評被害やらでしっちゃかめっちゃかだというのに基督ベースの宗教観を持つ糞悪魔と悪魔崇拝者共にかまっている暇はないのだ。それでなくとも最下層悪魔グレムリン共が文明社会特攻であったがために、この国の機械文明の進歩がやや遅れているというのが腹立たしいのだ。見ろ、米国のインテリハゲが出した次世代機なんて日本じゃガラクタ同然じゃねえか。対グレムリン用の技術開発だけ進んでいくのが腹立たしい。

 ……話がそれた。

 DPⅠ前後に絡み、臨時立法だった祓魔法に改正が加えられ正規の法律として制定された。悪魔憑きには汎ゆる検査と措置が義務化され、原則としてGPSロガーの皮下移植を行われることとなった。

 まあそれはそれとして。彼女、『白織しらおり れい』はそんな認可済み悪魔憑きの一人であり、その動向次第では将来、国家機関への就職も有り得るのだという。待遇が私の時代と違いすぎる。

 先述の通り、彼女に憑いたのはグリマルキン。どうということのない低級悪魔の一種としてよく知られているのだが、彼女の場合は2000年代中頃に研究が進んだ『特憑依体マルトク』のひとりで、要するに悪魔との適合率が高く、猫としての能力や人間界の猫との親和性が高く発露する。特憑依体は、特性に引っ張られて犯罪に走る者4割、悪魔憑きになった事自体に絶望して世を儚む者3割、そして状況に即応できる者3割に別れるのだという。麗は最後の3割にあたるそうだ。そうじゃなかったら『祓魔新法』での許諾対象にならないだろうから、偶然にしろ幸運であった。

「ところでおじさん、アタシここになんで連れてこられたのか分かってないんだけど。祓魔新法シンポーってそんなに厳しいん?」

「まず『おじさん』呼びをやめろ、私はまだ22だぞ。っつーかな、『新法』はまー緩いぞ。『旧祓魔法むかしの』なんて世にドバって悪魔が入ってきた直後だからな、私みたいな特例除いて次々と牢屋にブチ込まれてから人間性の確認やらなんやらとGPSと誓約書の山を通してやっと釈放だったんだ。それが今じゃ国内全域に設置された憑依レーダーに引っかかった新規の悪魔憑きが『特別許諾者』の下での数ヶ月の研修と素行調査、その上で誓約書ピラ紙一枚で放免と来た。グリマルキン、お前の同類含めてサタン閣下に従順だったのと私のDPⅠでの働きでこうなったんだからな。泣いて喜べ」

『押し付けがましー』

「おじさん話ながーい」

 ……こいつらマジで審査書類で落としてやろうか。許諾者であるところの私は胸三寸でこいつらを拘置所送りにできるのだが、それをやると『権利濫用による人権侵害』でこっちが疑われるので勘弁願いたい。

「取り敢えずだ。お前達が社会生活をちゃんと送って、悪魔憑きであることを極力隠しながら事件にかかわらずに、且つ社会の役に立ちますよって説明できればそれでいい。何事もなければ卒業式には前の学校に戻れるぞ」

「いやー……あそこはいいかなあ」

「そうか。ならこっちで進学するのか?」

「うん……えっ、おじさん聞かないの?」

 てっきり学友と離されて寂しいだろうと思ったんだが、そうでもないらしい。ので、こっちとしては心配が減って助かる。『聞いてよ』オーラがダダ漏れだが、どうせ悪魔憑きへの偏見、よくある話なんだろう。敢えて聞く必要もない。

「聞かない。『お兄さん』は只でさえ探偵とお前の監察で忙しいんです。新しい厄介事なんて」

「えっと、アタシの友達」

「なんだよ話すのかよ」

 こういうとき、女の子ってのは面倒くさい。結局話すのが本題で、聞いてほしいタチなのだ。

「『悪魔解放同盟デビルサンクチュアリ』の孤児で。アタシ、そいつらにけられちゃって」

「ストップストップストップ」

「それで――友達、違法憑魔者イリーガルのまま逃げちゃっ」

「あー……親と特捜には?」

「伝えたんだけどまだ捕まってないって……」

 はい。

 『悪魔解放同盟』ですか。そうですね、5年前くらいに私含めサタン側の悪魔憑きが壊滅させました。

 違法憑魔者かあ。このご時世にまだ新規で生まれてるんだね。あいつら本当に隠すの上手いな。

「それ多分、麗を狙ってくるよな?」

「どうだろ。お父さん達はほかの許諾者に送るよりはおじさんのほうが安全だろうって」

(ガラスの破砕音)(UAVのプロペラ音)(銃撃音)

 麗が全部言いかける前に、いきなり小型UAVが事務所の窓を携行火器でぶち破ってきた。

 そして、窓枠を蹴破って転がり入ってきたのは多分、そのお友達だろう。

「ッシャア手前ェら賠償金ふんだくってやるからなゴルルルァ!」

『相棒がブチ切れてる。暴れ放題だ や っ た ぜ 』

「性格変わってない……?」

 そんなわけで。

 一人の女の子を引き取ったらDPⅡが始まっちゃったのが今から10年前の出来事です。解せねえ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る