第三話

 家宅捜査失敗から二日が経過した今、黒服集団について分かったことは、彼らは神光創道教の人間ではないということ。そもそも神光創道教は既にあのアジト自体放棄しており、次の契約者に譲っていた。俺らは偽の情報に踊らされたというわけだ。全くもって無様だ。マスコミにはボロクソに言われ、SNSでは無能コールの嵐。警察本部のお偉いさんは記者会見を開き、カメラに向かって頭を下げた。

 

 一方俺は容疑者死亡により捜査されることになってしまったのだ。あの時なにがあったのか。殺したのは自己防衛なのか、それとも殺意なのか…そんな質問を何度もされた。しつこいほどに何度も何度も。

 結果、何にもなかった。ふざけるな。心の底からそう思った。あの黒服集団は現在、他の班が取り調べをしている。まだ何かを隠しているはずだ。何を吐くのか結果が待ち遠しい。


 二週間後、別に拠点を置いていた神光創道教のガサ入れが行われた。証拠は今自分の手元にある資料がその一つだ。

 この本を読むと希望の道を進めるというインチキ極まりない聖書や、霊感商法を行うためのマニュアルなど、殺人だけではなく詐欺罪や脅迫罪など様々な罪で塗り重ねられていた。だが、今回の本命はそれじゃない。殺人を企てた証拠が必要なのだ。

 教団へのガサ入れから一ヶ月後、組対は大宮おおみや光彦みつひこをはじめとする教団幹部三名を詐欺、脅迫の罪で逮捕した。そう殺人の証拠は何も出てこなかったのだ。だが代わりに幹部の三人を逮捕することに成功した。色々吐いてもらおう。


 取調室にて井上は担当の刑事に許可をもらい、取り調べをすることになった。まずは一人目の男に机を挟み向かい合って座り、小さな反応を見逃さないよう相手の目を鋭い目で見つめた。


「…」


 一分間の沈黙の末、相手からは話す気がないとみなし、こちらから声をかけた。


「いくつかお尋ねしたいことはあるが、まずはこれから」


 そう言い、とある写真を提示する。


「この二人を知ってるか?およそ二ヶ月前に発生した殺人事件の被害者、田島隆吾と——」


 人差し指を左の写真から右の写真へと動かした。


「——四年前のアパート殺人事件の被害者、原達史だ」


「…」


 井上は相手の顔を伺った。

 男は瞬きを一回し、口を動かした。


「知らないです」


「そうか」


 続いて次の質問に移った。

 

「じゃあ、何故俺らの作戦が分かった?あの黒服集団とはどんな関係だ?」


 それは襲撃を仕掛けてきた黒服集団についてだ。あの時、こちらの情報が漏れてなければ抜け殻のアジトなんかにガサなんか入れていなかったはずだ。あの建物の主は黒服集団とは関係がなく、車で建物を囲まれていることはもちろん知らなかった。ならば誰かが攻撃を仕掛けるように指示しなければこんなことは起こらなかったはずだ。

 だが、男は「知らない」と首を横に振った。

 この後も続けていくつか質問をするが男は依然として首を横に振り続けるばかりだった。しかし、ある一つの質問がこの男の表情を変えることになる。


「じゃあ次。なぜ、あんたは四年前にこの二人と会っていた?」


 再び二枚の写真を指した。

 すると男の瞳孔がわずかに動いた。それとともに口が少し開き、瞬きも数を増してきた。この男、やはりなにか隠している。


「どうした?そんなに焦って。ほらダンマリしてないで早く口を動かしなよ」


 井上は一瞬の隙を突き、男を問い詰める。


「この二人とどんな関係があった?友達?仕事仲間?それとも——」


「——強盗仲間か?」


 そう口にすると男は目を先ほどよりも開き、額からは冷や汗が滲み出てきた。


「あんたは昔、強盗殺人事件を起こしたな?この二人はその強盗メンバーの一員だった」


 井上は笑みを浮かべながら淡々と話す。


「だが、ある日仲間割れをした。お金の取り合いでな。そこで——」


「証拠は何だ?」


 男は話を遮りそう尋ねた。


「証拠?そんなの決まってるだろ」


 とカバンの中から携帯のようなものを取り出した。


「これはな、ボイスレコーダーだ。お前らのアジトから出てきたな」


 そう言い、カバンから一つのUSBメモリを取り出し、机の上に置いてあったノートパソコンにぶっ刺した。


「聞け」


 再生ボタンを押した。

 流れてきたのは三人の男の会話。しかも何か揉めているような内容だ。


『お前ら俺のおかげだろ!?なのに何故こんなに俺の方が少ないんだ!』


 この声は今目の前にいる男だ。


『確かにそうだが、作戦を考えたのは俺たちだ。しかも殺せとまで言っていない。二人だけじゃ足りないと思ってお前を呼んだだけだが、どうやらハズレだったようだな。金をくれているだけでも感謝しろ』


 もう一人図太い声が聞こえた。これは当時の年齢から考えるに四年前のアパート殺人事件の被害者、原達史だ。

 そして、もう一人の声が聞こえた。


『お前はどうなんだよ!』


『…すまない』


 今謝った声が公園で見つかった遺体である田島隆吾。当時まだ高校生だった。なぜかこの男の声は二人に比べて大きく聞こえる。


「どうだ?この音声を聞く限り、あの二人を殺したのはお前だ。お前しかいない」


 さらに問い詰めた。


「…そもそもそのボイスレコーダーはどこから持ってきたってんだよ…!どうせお前らが捏造した証拠だろ!?」


 男は怒鳴った声でそう言った。

 はぁ…こいつはどんなけ救いようがないんだ…。井上はため息をついた。


「このボイスレコーダーの元の持ち主は誰か知ってるか?」


 今度はこちらから問う。


「お前らが殺した被害者のものだよ」


 そう伝えると男は絶句した。そして小声で「あの時壊したはずなのに…」と呟いた。

 俺はそれを聞き逃さなかった。


「お前は気づいているか知らないが、もう一度言う。これはお前らのアジトから出てきたものだ。おそらく田島隆吾が持ち帰ったのだろう」


 声が他二人よりも大きく聞こえるのは田島が罪悪感からか壊されたボイスレコーダーをポケットか何かに隠し、録音状態でアジトに持ち帰ったからだ。そう、ボイスレコーダーは壊れてなどいなかった。


「どうだ?これで認めるか?」


「…確かに強盗したのも事実、その上殺したのも事実だ」


 男はついに口を割った。だが、そのまま話を続けた。


「だけど田島と原を殺したのは俺じゃない!」


「お前まだ言うか」


「本当だ‼︎」


 取調室内に沈黙が流れる。強く否定することから嘘はついていないように思えた。では一体誰が…?


 井上は頭を抱えた。すると取調室のドアが突然開いた。入ってきたのは班長だ。


「どうかしましたか?」


「井上、港区マンションで遺体が発見された。遺体には刺し傷が数箇所あり、手足を縛られているそうだ」


 何だと…!?井上は驚きのあまり席を立った。

 こいつは本当に関与していないのか…!?井上は男の方へと顔を向けた。

 すると男は力のない笑みを浮かべ

「次は…俺の番だ……!」そう呟いた。


        × × ×

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