第11話 卒業

「おめでとう、ノア」


 アリアが優しく、ノアの体を抱きしめる。


「ありがとうございます、アリア先生」


 ノアの淡いブルーの目からは、喜びの涙が溢れだしている。


「もう、泣き虫さんね、ノアは。これじゃあ心配で、卒業できないじゃない」

「えっ?」


 キョトンとした顔を向けるノアに、アリアは優しく微笑む。


「私ね、キューピッドを卒業するの」

「・・・・ええぇぇっ?!」

「そんなに驚かないでよ。どのキューピッドだって、いずれは卒業するでしょう?」

「でもっ」

「あなただけが、心残りだったのよ。でも、ちゃんと見習いを卒業してくれたし、これで私も心置きなく、キューピッドを卒業できるわ」


 アリアの言葉に、ノアは思い出した。

 アリアはとっくに、キューピッドとしての使命を果たし終えていることを。

 そしてそのアリアが何故、未だキューピッドとして留まっているかということについて知る者は、誰も居ないということを。


「もしかしてアリア先生は、僕が見習いから卒業するまで、キューピッドの卒業を待っていてくださったのですか?」

「卒業、というよりは・・・・」


 苦笑を浮かべて、アリアはノアの持つ弓を愛おしむように優しく撫でる。


「私の後を引き継いでくれるキューピッドのを、見届けたかったから、かな」

「え?」

「あなたのことよ、ノア」

「僕がっ?!」

「それ、私が使っていた弓なの。大切に使ってね」

「えぇぇっ?!」


 呆然とするノアの前に、トナカイに引かれたソリが音もなくやって来た。

 ソリに乗っていたのは、ノアに弓をプレゼントしてくれた、サンタ・クロース。


「無事、見習いを卒業できたようじゃな。おめでとう、ノア」

「は・・・・はい。ありがとうございます・・・・でも、なんで」

「ノア、実はね」


 突然のサンタ・クロースの登場に戸惑うノアに、アリアは悪戯っぽい笑みを浮かべて告げる。


「このサンタ・クロースはね、元はキューピッドで、私の先輩なのよ」

「・・・・はっ?」

「そしてね。ずっと私が好きだった人。今日からは、私の恋人」

「・・・・え・・・・えっ?!はっ?!」


 アリアの言葉に大混乱しているノアの目の前で、サンタ・クロースの姿が青年の姿へと変わる。


「ははは、驚いたよね。僕はね、アリアの言うとおり、元キューピッドでクリスと言うんだ。キューピッドは卒業したら、自分で自由に道を選べるだろう?だから僕は、子供たちに夢を届けるサンタ・クロースになる道を選んだんだ。世界中の子供たちが幸せになってくれれば、幸せな大人が増えるだろうし。幸せな大人が増えれば、現役のキューピッド達が幸せな縁を結んで、そして生まれた子供たちは幸せな子供たちになる。いわば、幸せの連鎖だ。素敵だとは思わないかい?」

「・・・・はぁ」

「そういう訳で」


 アリアはノアの元を離れてクリスの元へと向かう。

 そして。


「ノア。あなたとは、ここでお別れ。あなたと出会えて、あなたが私の後を引き継いでくれて、本当に良かった。ありがとう、ノア」


 今までにノアが見た事もないような幸せに満ちた笑顔で、アリアはクリスの-サンタ・クロースの-ソリに乗りこんだ。


「わしらはいつでも、ノアを見守っておる。がんばるのじゃよ、ノア」


 いつの間にか、白髭白髪しらひげはくはつのサンタ・クロース姿に戻っていたクリスも、アリアに続いてソリに乗りこむ。


 いつまでもいい子でおるのじゃよ~!フォッフォッフォッ


 温かい笑い声を響かせながら、ソリは天高く登り、遠くへと消えていった。


「アリア先生・・・・」


 チクリとした痛みを胸に感じ、ノアは思わず胸に小さな手を当てる。


「もしかして、お別れする人間って、みんなこんな風に胸が痛くなるのかな・・・・」


 ノアの淡いブルーの目に、透明な涙が浮かび上がったが。


「じゃあ、僕が頑張らないとね!お別れして胸が痛くなる人間が、1人でも少なくなるように!」


 日付が変わった12月25日。クリスマス当日。

 ノアは晴れて見習いキューピッドを卒業し、キューピッドへの昇格を果たした。


 泣き虫で気が弱い、けれども誰よりも心優しいキューピッド・ノア。

 ノアがこの先、金の矢を使って縁を結んだ人間たちは、奇跡の離別率0%を叩き出すこととなる。

 彼が伝説のキューピッドとなることを知る者は、まだ誰もいない。

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