第10話 金の矢
~1組目~
「なんで、なんだろうな」
南塚剛志は、つい先ほどまで共に楽しい時間を過ごしていた西川幾与を思い、深いため息を吐いた。
食事が済んだタイミングで、交際を申し込もうと固く心に決めていたはずが、気づけば食事を済ませてそのままレストラン前で別れていたのだ。
次の約束を取り付けることすらせずに。
あれほど募っていたはずの幾与への想いも、いつの間にか『気の合う友人』の位置づけへと変わってしまっている。
ただ。
帰り際に見せた、どこかホッとしたような幾与の笑顔だけが、南塚の心を慰めていた。
「どうしてなんだろう」
ふと、そんな小さな呟きが、南塚の耳に入り込んできた。
見れば、女性が1人、少し離れたベンチに腰かけている。
今日はクリスマスイブ。
どこもかしこもカップルばかりが目立つ中、1人ポツンと寒空の下のベンチに腰掛ける女性の姿がどうにも気になり。
南塚はそっと、その女性の方へと歩き出した。
どうして今自分は1人でこんな所にいるのだろうと、北宮和美は不思議な気持ちでいっぱいだった。そこには確かに、悲しいという気持ちも含まれてはいたけれども。
自分の予定では今ごろ、北宮は東海林譲に正直な気持ちを伝え、自宅で二人だけのラブラブなクリスマスイブを過ごしているはずだった。
それなのに。
所狭しと譲の為に作った料理を目にした譲の困ったような顔を見たとたん。
譲への想いが、自分の中で突然変わってしまったのだ。
もちろん、北宮にとって今でも譲は大切な人であることに変わりはない。
けれどもそこにはもう、『恋』という要素は、どこを探しても見当たらないのだ。
あれほど焦がれていたというのに。
二人で料理を食べ終えて、今、譲を近くまで見送っては来たものの、来週の譲の予定を尋ねる事すら、北宮はしていなかった。
いつもであれば、別れ際には必ず、次の予定を確認するというのに。
それでも。
何も尋ねない北宮に向けた、久しぶりに見せてくれた譲の晴れ晴れとした開放感溢れる笑顔は、北宮の心を温めてくれていた。
「星、綺麗ですね」
「えっ?」
突然視界に入り込んできた人影に、北宮は驚いて少しだけ飛び上がってしまった。
その姿に、声を掛けた人物がクスリと笑う。
「すみません、驚かせてしまって」
「あっ、いえっ・・・・」
「隣、よろしいですか?」
「・・・・はい」
北宮の隣に腰を下ろした声の主は、優しそうな笑顔の男性。
けれども、その笑顔には、寂しさが混じっているようにも見えた。
「星、お好きなんですか?」
「そういう訳でも無いんですけど。実は今日、自分でも分からない内に失恋してしまったみたいで」
「えっ」
男性の発した「えっ」があまりに大きな声だったため、北宮は驚いて男性を見た。
すると、男性は驚いた顔のまま、こう言った。
「実は俺も同じような感じで・・・・」
「は?」
「今日絶対に交際を申し込もうと思っていたはずなのに、なぜかその気持ちがすっかり無くなっていたというか」
「えぇっ?!」
北宮と男性がお互いに無言で見つめ合った時。
ヒュンッ
ヒュンッ
ノアの放った金の矢が、二人の
~2組目~
夜空を見上げていた西川幾与の目じりから、一筋涙が零れ落ちた。
つい先ほどまで一緒にいた南塚剛志は、いつもと何ら変わることなく優しく接してくれた。
もしかしたら今日、南塚は自分に交際を申し込んでくるつもりかもしれない、などと幾与は感じていた。
もし、そんなことになってしまったら、自分はどう答えればよいだろうかと。
けれども。
食事を終えると南塚は、レストラン前であっさりと幾与に別れを告げたのだ。
いつもであれば、必ず近くの駅まで送ってくれていたのに。
そんな南塚に、幾与は正直ホッとしていた。
ただ、どこか寂しさを感じていたのも事実だ。
そんな幾与の呟きに重なるように。
「よかった・・・・の、かな」
「よかった・・・・んだよ、な」
少し離れた場所から男性の小さな呟きが聞こえた。
幾与が驚いて声のする方角に顔を向けると、同じように驚きの表情を浮かべている男性と、目が合った。
北宮和美に近くまで送って貰った東海林譲は、何故だかそのまま駅まで向かう気にはならず、北宮の姿が見えなくなったのを確認するとその場に立ち止まって星を見上げた。
冬の空気は澄んでいるからか、きらびやかなイルミネーションに負けるとも劣らない美しい星々が、夜空を彩っている。
北宮に、絶対にクリスマスイブの日の夜は予定を開けておいて欲しいとお願いされた時から、譲は憂鬱な気持ちを抱えていた。
そして今日。
北宮のアパートに赴き、彼女の作った手料理を目にしたとたんに、確信したのだった。
今日、彼女は自分に告白をする気でいるのだろうと。
だが。
意外にも彼女は、告白をするどころか、いつもの好きアピールすらせずに、食事が終わると同時に譲を解放したのだ。
どこか肩透かしを食らった気もしたものの、譲は心の底からホッとしていた。
ただそこには、確かに『寂しい』という気持ちがあったのは事実だ。
思わず漏れた言葉に重なるように聞こえた、女性の小さな呟き。
譲は驚いて、その声の主を探した。
その声の主は、少し離れた場所に立っていた女性で。
頬には一筋の涙の筋が光っていた。
「大丈夫?」
思わずハンカチを手に、譲は女性の元へ向かっていた。
「えっ?」
「今、泣いてたでしょ?」
「えっ・・・・あっ」
「良かったら、これ使って」
「あ、ありがとうございます」
おずおずと譲のハンカチを受け取り、恥ずかしそうに涙を拭う女性の姿に、譲は好感を持った。
「ねぇ。何があったか話してみない?どこの誰とも知らない人にだって、話すだけでもラクになれるかもしれないよ?」
「それが・・・・良く分からないんです。良く分からないんですけど、失恋、したのかなって。でもちょっと、ホッとしている部分もあって」
「ウソっ、僕も全く同じ状況なんだけど」
「えっ?」
「別に、ナンパしてる訳じゃないよ?でも、ホントなんだ。何この偶然・・・・」
お互いに顔を見合わせ、見つめ合ったその瞬間。
ヒュンッ
ヒュンッ
ノアの放った金の矢が、二人の
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