第8話 鉛の矢
~1組目~
「ほぁ・・・・」
クリスマスイブの12月24日。
仕事が忙しいのだろうか、それとも今日の準備の為にあまり寝ていないのだろうか。
南塚の目の下には、隠しきれないクマができてしまっている。
それでも、幾与の姿を目にするなり、南塚は疲れなど微塵も見せず、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そして今。
夕食にと南塚が予約してくれたレストランの入り口を前に、幾与の口から思わず感嘆とも溜息ともつかない声が漏れ出てしまった。
それは、幾与が今まで見た事もないほどのオシャレなレストラン。
思わず我が身を確認し、ドレスコードは大丈夫なのかとオロオロしている幾与に、南塚は優しい笑顔を浮かべて右手を差し伸べる。
「さ、入ろう、幾ちゃん」
「・・・・は、はい」
嬉しさよりも不安と緊張で高鳴る胸の鼓動を全身で感じながら、幾与は南塚に手を取られ、レストランの中へと足を踏み入れた。
一方。
どこか心細そうな幾与の姿に、今すぐにでも抱きしめたい程の愛おしさを感じ、南塚の胸も期待と不安で高鳴っていた。
今日、この日。
南塚は幾与に、結婚を前提とした真剣交際を申し込むつもりだった。
拒絶されてはいないし、嫌われてもいないだろう。
けれどどこか、南塚は幾与との間に僅かな距離を感じていた。
それは、控えめな幾与だからこその、距離なのか。
それとも。
他に理由があるのか。
南塚には、分からなかった。
分からないからこそ、前者であると信じて、その距離を埋めるべく交際を申し込む事を決めた。
案内されたテーブルに付き、運ばれてきたシャンパンで乾杯をする。
シャンパンも料理も、どれも文句の付けようの無いほどの美味しさだ。
しかし。
残念なことに南塚も幾与も、その味の半分も、味わえてはいなかった。
今。
この金の矢を幾与に向けて射れば、1組目のカップルは無事成立し、ノアの課題の1つはクリアとなる。
ノアの弓の実力をもってすれば、それは至極簡単なことであったし、それに今年はサンタ・クロースから貰った『絶対に当たる弓』もある。
今ここで間違いなく、簡単にカップルを1組成立させることができるだろう。
けれども。
ノアは、金の矢ではなく、鉛の矢を手に取った。
そして、南塚に向けてその矢を放つ。
矢は見事に、南塚の
~2組目~
「これとね、これも・・・・あっ、これもだ。どうかな?気に入って貰えた?」
「うんっ、ありがとう、譲くん」
サンタクロースもびっくりなほど、両手に抱えきれないほどのたくさんの土産を手に、
譲が旅行から帰って来てから数週間が過ぎていたが、お互いのスケジュールが合わず-主に、譲の週末のスケジュールがほぼ埋まっていたために-、『この日だけは絶対に時間を作って欲しい』との北宮の強い要望に押し切られる形で、譲が予定を調整したのだった。
「あれっ・・・・なんか、今日すごくない?」
テーブルの上に準備された料理を見て、譲は目を丸くする。
そこには、北宮が朝から時間をかけて作った料理が、所狭しと並べられている。
「当たりまえじゃない。だって今日、クリスマス・イブよ?」
ふふふっと照れたように笑う北宮に、譲は嬉しい気持ちよりも罪悪感の方が大きい事に気づいてしまった。
もしかしたら今日、北宮は自分に告白するつもりではないだろうか。
北宮の事が、嫌いな訳ではない。むしろ、気の置けない大事な友人であることは間違いのないことだ。
けれども。
自分はそんなつもりで今日ここへ来た訳ではないのに、と。
一方。
どこか困惑した表情を浮かべる譲に、北宮は譲には気づかれないよう、小さく気合を入れた。
男性の気持ちを掴むにはまず胃袋を掴め、というのは恋愛における常套手段。
今日のために北宮は、会えない時間にもマメに連絡を取っては譲の食の好みをそれとなくリサーチしていた。
だから、料理についての自信はバッチリだ。
譲が困った顔をしているのはきっと、はっきりとした彼女という立場でもない自分が譲のためにこんなことをしているからだと、北宮は自分に言い聞かせた。
だから今日、その立場をはっきりさせるべく、譲へ自分の正直な気持ちを打ち明ける。
北宮はそう、決めていた。
今。
この金の矢を譲に向けて射れば、1組目のカップルは無事成立し、ノアの課題の1つはクリアとなる。
1組目のターゲットは、成立させることをノアの心がどうしても拒んでいた。だから敢えて、金の矢ではなく鉛の矢を放って、2人の恋の成就を阻んだ。
だから、せてめ1組だけでもカップルを成立させるとすれば、今この瞬間はノアにとってのまたとないチャンス。
けれども。
ノアはまたしても、金の矢ではなく、鉛の矢を手に取った。
そして、北宮に向けてその矢を放つ。
矢は見事に、北宮の
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