第5話 見習いキューピッドの悩み

 ヒュンッ


 ノアが放った矢は、見事に的に命中した。

 ノアは、練習の時だけは、随一の的中率を誇っている。

 けれども。

 毎年の課題になると、決まって外してしまうのだ。

 時には、悪戯好きの先輩に金の矢と金色に塗られたなまりの矢を入れ替えられてしまい、せっかく命中させた矢で成立するはずだったカップルを破局させてしまったこともあった。

 悪戯をした先輩は、どうせまた外すに違いないと、悪気があったわけではなかった。むしろ、『あれは実は鉛の矢だったんだ。外れて良かったじゃないか』と、励ますつもりだったらしい。


 キューピッドが扱う金の矢は、恋に落ちる矢。そして、鉛の矢は、恋を拒絶する矢。

 鉛の矢を打ち込まれた人間は、目の前の人間との恋を拒絶するようになる。

 幸せな縁を結ぶために、時にキューピッドはカップルの中を割く事も、不幸につながる結びつきを阻む事もある。

 鉛の矢は、そんな時に使用する矢だ。


「サンタ・クロースは、僕みたいな落ちこぼれにも、プレゼントをくれるのかな・・・・」


 今年。

 ノアは指導員のアリアに勧められて初めて、サンタ・クロースに手紙を書いた。

 ノアがサンタ・クロースにお願いしたのは、『絶対に当たる弓』。

 聞けば、アリアも昔、サンタ・クロースに同じように『絶対に当たる弓』をお願いして、プレゼントしてもらったのだと言う。


「サンタ・クロースはいつ来てくれるのかな。24日かな。25日かな」

「24日の日没から25日の日没にかけて、かしらね」

「アリア先生!」


 気づくと、アリアがノアの少し後ろに立っていた。


「また、練習してたのね」


 柔らかなブラウンの瞳を細めて苦笑を浮かべながら、アリアはノアへと歩み寄る。


「だって僕、肝心なところでいつも外しちゃうから」


 そう答えるノアの淡いブルーの目は、今にも泣き出しそうだ。


「ノア、本当にそうかしら?」

「えっ?」

「あなたが矢を外してしまうのは、本当に結びつけたいと思う人間に、まだ出会ってないからじゃないかしら?」


 クルクルとした栗毛色の巻き毛のノアの頭を優しく撫でながら、アリアは続ける。


「でもほら。今年はきっと、大丈夫よ。サンタ・クロースが、あなたの望むプレゼントを持ってきてくれるのだから」

「本当に?僕にも?」

「ええ、本当よ。だから、あなたは焦らずに、ターゲットの人間をよく見なさい。そして、考えるの。どうしたら、最高に幸せなカップルを成立させることができるのか」

「はいっ、アリア先生っ!」


 ノアにようやく笑顔が戻ったことにアリアは安堵し、そっとノアの体を抱きしめる。

 遠い昔に独り泣いていた、自分の影を抱きしめるようにして。

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